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-作られた命、自然の村- Part 26

「“鋼鉄の天使級”だと?

 こんなこいつが?」


 グンジョウが屋根の下から恐る恐る指差した。天使級の母体となっている鹿の獣人はクスクスと笑いながら少しだけ首を傾げ、空中から地面にストンと降りてくる。背中から生えていた翼とブースターが邪魔にならないよう綺麗に折りたたまれ、背中の兵装が前向きから背負い式に格納される。どう見ても背中の兵装や設備の方が重そうに見えるのだが鹿の獣人は余裕そうにポケットに手を突っ込んでいた。上空から降ってきていた雪は“鋼鉄の天使級”が地面に降りた瞬間にぴたりと止み、また晴れやかな青空模様が戻ってくる。


「ははは……。

 戦闘用アンドロイドかロボットじゃないのか?

 こいつが本当に噂に聞く“大野田重工”の“鋼鉄の天使級”か?」


 グンジョウは遠慮なく鹿の獣人に近寄るとジロジロと至近距離から眺めた。鹿の獣人は困ったように眉を顰め、二歩ほどグンジョウから離れる。その間にラプトクィリはカタカタと震えながら出来るだけ階段の下の方へと向かおうとするし、ハルサはハルサで動かないエクロレキュールが気になって仕方がない。かなりの汚染物質を含んだ雪が彼女の体に降りかかっていたが、彼女はじっとまだ動かずに“鋼鉄の天使級”の方を見ている。


「おっさんとおねーさん達に用事はないんだ~。

 ただ僕はそこの龍に用事があるだけなんだよ~。

 邪魔しないなら何もしないからさぁ~。

 安心してよ~」


まるで危機感無く、のんびりと話す“鋼鉄の天使級”にハルサは気張っていた肩の力が抜けたようだった。


「じゃあなんでさっき死ぬ時間がどうのこうのって言ったんスか?」


しかし警戒は解かず、ハルサはアメミットの対物ライフルの銃口を“鋼鉄の天使級”に向ける。“鋼鉄の天使級”は両手を上にあげて勘弁して欲しそうに目を背ける。


「やだな~そういう物騒なの向けないでよ~。

 僕は争うつもりは本当に無いんだよ~。

 つい勢いで言っちゃう事ってあるじゃん~?

 それだよ、それ~」


「ははは。

 全くふざけた野郎だぜ。

 本当にこれが“鋼鉄の天使級”なのか?

 ラプトクィリが敏感になりすぎてるだけじゃねーのか?」


“鋼鉄の天使級”の態度に少し苛立ったグンジョウが彼の肩を押した。すると鹿の獣人は大きなため息を一つつき、グンジョウの腕を掴むと真正面から睨みつけた。


「あのさぁ。

 おじさん、やめた方がいいよ~?

 僕こう見えてもすっごい強いからさぁ」


「そんなのやってみねぇと分からないだろ?」


 グンジョウはそういうと思いっきり“鋼鉄の天使級”に向かって拳を振り上げ、顔面目掛けて振り下ろそうとした。グンジョウが振りかぶった時には既に“鋼鉄の天使級”はすっとグンジョウに近づいて彼の左胸に人差し指をとん、と当てていた。次の瞬間、グンジョウの機械の体は何かに弾かれたように大きく吹き飛び、後ろに建っていた廃墟に叩きつけられた。


「ぐっ…!?」


「グンジョウ!」


「ほら~。

 僕からしたら君なんて指一本の話なんだよ~」


 ハルサは倒れたグンジョウの近くに駆け寄ろうとしたがラプトクィリがぐっとハルサの裾を掴み、地面を見るように言う。冷静になろうとする頭で地面を見るとキラキラとした美しい小さな水色の粒子が地面に当たって跳ね返り、そして砕けていた。砕けた水色の粒子はそのまま地面の色を変え、周辺に生えていた植物が徐々に萎れていく。グンジョウを射貫いたビームレーザーの片鱗だ。


「超濃度の高い汚染物質があるにゃから行っちゃダメなのにゃ!

 死にたいのにゃ!?!?」


「で、でもグンジョウが!」


 何とか助けに行こうとするハルサを必死に止めるラプトクィリ。“鋼鉄の天使級”はにやぁっと笑うと今なおアメミットの銃口を向け続けるハルサに対しても人差し指を立てて見せる。すると彼の背中に畳まれていた砲身が、同じく背中に畳まれていたブースターの上半分と結合して放熱板を展開し、ハルサとラプトクィリ達の方を向いた。その口径は三十ミリにもなり、軽くハルサ達を肉片に変え、戦車すら穿てそうな弾丸を放つ程の大きさだ。


「あはは~。

 あのさ。

 おねーさん達には出来るだけ手を出すなって“上”から言われてるんだけどさぁ~。

 もし邪魔するんだったら当然僕としては排除せざるをえないんだよね~…」


隙を見て一撃を叩き込もうとしているハルサの意思をラプトクィリは見透かしていた。アメミットを握る手をぐっと抑え、ラプトクィリは静かにハルサの耳元で囁く。


「ハルにゃん、何とか堪えるのにゃ。

 このままこいつが帰ってくれれば少なくともボク達はこの場は生きて帰れるのにゃ」


「でもエクロが!

 それに任務だって…」


じっと動かないエクロレキュールに、倒れてぴくりともしないグンジョウ。廃墟に打ち付けられた彼の機械の体からは白い煙が上がっており、その胴体には人差し指程の大きさの穴が開いているのが見えた。あの位置はハルサが仕留め損なったグンジョウの機械の心臓がある所だ。


「今回は相手が悪かったと思って諦めるのにゃ。

 “ギャランティ”も“重工”が相手だと知ったら分かってくれるのにゃ!」


「…………」


“鋼鉄の天使級”は銃口を二匹に向けたまま顎に人差し指を当て首を傾げて少し考える素振りをする。頭の上の水色に発光する輪がくるりと一周回り、鈍く鹿の角が光りを反射する。


「うーん……。

 ねぇ、おねーさん達。

 今さ、僕は手を出さないって言ったけどさ。

 よ~く考えたら僕の存在ってすっっごい機密事項なんだよね~。

 とすると…やっぱおねーさん達にもそこのおっさんと同じように一応消えてもらったがいいんじゃないかなって思ったんだ~。

 どう思う?」


「は?」


ラプトクィリが理解できないという様に声を漏らしたが、“鋼鉄の天使級”は知ったことではないように銃口の狙いを二匹に定めると頭を小さく一瞬だけ下げて謝った。


「ごめんね~」


 銃口から青色のビームレーザーが二匹目掛けて個別に吐き出される。銃口とハルサ達の距離は約八メートルにも満たない短い距離。青いビームレーザ―光は確実にハルサとラプトクィリを即死させる為に額を目掛けて迫ってきており、残された猶予はゼロコンマ一秒にも満たない極々わずかな時間だった。

 死が明確に光となって迫ってきているその瞬間はハルサにとってもかなりゆっくりに見えた。これが走馬灯か、と一匹は噂に聞いた言葉をおぼろげに思い出し、景色がゆっくりと紅く染まるのを眺めていた。そう、紅く。視界全てが真っ暗に塗りこめられ、聴覚が消え、自らの死が訪れる瞬間を待った。……のだが、その時は来なかった。紅く塗られた視界が晴れる頃にはハルサはまるで何も起こっていない自分の体に魂がまだ入っている事を自覚した。


「あれ?

 なんで…?」


「こんの死に損ないの龍め~!

 僕の攻撃を打ち消したんだな~!?

 このキクスイ様の攻撃を~!」


「にゃ…!?」


 “鋼鉄の天使級”――キクスイと名乗った鹿の獣人が放ったビームレーザーはエクロレキュールが放った雷に簡単に追いつかれていた。紅い雷はビームレーザーを追い抜くと防御壁をハルサ達の前に形成したのだった。実体を伴っていない銃弾は防御壁に当たって砕けて消えたのだった。


「今にゃ!」


ハルサはラプトクィリの言葉に自分の無事を再確認し、アメミットの引き金を引いた。アメミットから放たれた対物ライフルの銃弾は“鋼鉄の天使級”の胴体を狙って飛翔する。その一撃を避ける為に体を捻ったキクスイだったがその瞬間をハルサは待っていた。


「食らえっス!」


たかが八メートルの距離は近接に特化しているハルサからしたら無いにも等しい距離だった。足に力を込めて一気に走って近寄ったハルサは、キクスイが銃弾に気を取られている間にアメミットの一撃をお見舞いするつもりだったのだ。


「こいつら~!」


しかし“鋼鉄の天使級”も油断していなかったわけではない。アメミットの一撃が来る前にブースターを点火し、その身は一瞬にして六メートルもの上空に移動していた。


「くそっ!

 降りてこいっスこいつ!」


肝心の一撃を外してしまったハルサ。大きく肩で息をし、動揺しているのを隠し切れない様子のキクスイだったがハルサ達が遠距離の術を持っていないことを確認すると平然とした態度に戻る。


「危なかったよ~、おねーさん達中々やるじゃん。

 でも僕に敵わないよね。

 なんて言ったって僕は強いんだからさぁ~?」


「へー、そうっスか。

 じゃあ後ろでも見てみたらいいんじゃないっスか?」


「おねーさん?

 一体何を言って…?」


「油断大敵…ってやつ……です」




                -作られた命、自然の村- Part 26 End

いつもありがとうございます~!!

またよろしくお願いいたします~!!

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