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-作られた命、自然の村- Part 25

 赤い粒子はキラキラと輝きながら四脚歩行戦車やライグモ級のいるこの辺り一帯をすぐに包み込む。そうしてもう一度彼女が空に向かって吠えると大きな紅い雷が彼女の体内から迸った。

 その瞬間、ハルサは風が、大気が、空が、音が、時間すら一瞬止まったような気がした。一瞬この空間を歪ませる程の高エネルギーがエクロレキュールから放たれたのだ。彼女を中心とした紅い雷は四脚戦車に纏わりつくと、まるで生物のように鋼鉄の体の表面を這いまわった。雷は可動部から内部に潜り込むとセンサーや駆動系を誤作動させた。四脚戦車は横に立って攻撃していた残り少ない機械兵を銃機関砲でなぎ倒し、その後敵を探してぐるぐると砲塔を回転させる。しかしその不可解な行動も設計時の想定を超えた電圧によって配線が焼き切れると活動を停止した。

 誤作動は四脚戦車だけなく当然ライグモ級にも区別なく襲い掛かった。分厚い装甲の内側にまで紅い雷は伝わると操作系統と兵装管理を自らの脳と直結していた操縦者と獣人の脳を焼く。そうして機関部にまで伝わった紅い雷は簡単にジェネレーターを暴走させ、耐え切れなくなった予備も含めたオルタネーターが弾けると兵装や駆動系の電源が落ちた。

 電流に覆われたライグモ級の装甲の隙間にいたハルサだったが、紅い雷は明確に自らの意思を持っていたようにハルサを避けてライグモ級の活動を停止させた。


「なんスか今の…。

 雷が意志を持って私を避けたっス…」


 雷が這った後に塗料が焦げた装甲の隙間から折れた腕を庇いながらよちよちと這い出たハルサが見たのは壊れて動かなくなった四脚戦車と機械兵の姿だった。機械化されていないトラックや装甲車の中に乗っていた人間や獣人は全員が雷によって焼かれて黒く焦げ、死んでいた。思い出したように再び吹き始めた風がハルサの髪の毛をサラリと揺らす。


『マ、マジですげぇ力持ってるのにゃ…。

 あの“重工”の兵器を一瞬で全部撃破したのにゃ…』


『お、俺生きてる…よな?

 エクロレキュールは俺を生かしてくれた…んだよな?』


『どう考えても生きてるにゃ。

 おめー、普通に喋ってるにゃ…』


 電源が切れてそのままもたれ掛かってくるライグモ級を押し退け、エクロレキュールはその巨体をだるそうに地面にどっしりと横たえた。彼女は大きなため息を一度つくと、傷を癒す為に目を瞑ってじっと動かなくなる。ハルサはライグモ級の上からジャンプして降りるとエクロレキュールの側に走って行き、荒く呼吸しているエクロレキュールの頬を右手で撫でてやった。


「お疲れ様っス、エクロ」


 嬉しそうにエクロレキュールは鼻を鳴らす。そのままハルサはぐるりとエクロレキュールの周りを回って傷の具合を確かめてやった。ボロボロだった白い龍の血が滴っていた傷口はゆっくりとだが既に塞がり始めており、装甲の役割を果たす鱗も生成され始めている。


「なんスかこの再生力…。

 羨ましい…。

 私にも分けてほしいぐらいっス」


ハルサはおそるおそるエクロレキュールの顔色を伺いつつ生成されたばかりの鱗を触ってみた。


「いてっス!」


鱗は少し熱を持っており、静電気を携えていた。ようやく戦いが終わってようやく傷を癒していたエクロレキュールをとんとんと叩いて、ハルサはだらりと垂れている自分の左腕を改めて確認する。


「痛み止めが効いてるっスけど見たらなんか痛くなるっスよねこういうの」


 エクロレキュールは返事のつもりなのか尻尾を三度左右に小さく振るとまたじっと動かなくなった。彼女の体力回復の邪魔になると思ったハルサはエクロレキュールを背もたれにして自分自身も地面に座り込んだ。


「はぁー……疲れたっス……」


 流石に今回の連戦は体力の少ないハルサには酷だった。大きく息を吐いて湿った地面の匂いと、焦げ臭い何かが燃えている匂いの混じった空気を吸い込む。悪くはない。すぐにエクロレキュールを連れて“ギャランティ”に向かわなければならないと言うのに疲れがどっと出てきたハルサは目を閉じる。しかし、背もたれにしているエクロレキュールが急に首をもたげた事で背もたれがなくなったハルサは地べたに寝そべる事になった。


「きゃん!

 え、エクロ?」


頭をごつんと地面の石に軽くぶつけ、その部分を擦りながらもエクロレキュールが見る方をハルサも見てみる。しかし、そこには何も無い。


「おい!お前ら!

 さっさとここを離れるぞ!

 いつ次の部隊が来てもおかしくないんだからな!」


 グンジョウがラプトクィリを連れてハルサとエクロレキュールの前に現れる。しかしエクロレキュールは一人と一匹の方を見ずに、目を細めただけだ。戦闘モードでもある龍の姿もまるで解こうとしない。


「にゃ?

 どうしたのにゃ?」


流石にその行動に不信感を抱いたラプトクィリが側にいたハルサに何があったのかを聞き出そうとする。


「分からないんスよ。

 急に起きて空を眺め始めたんス」


ラプトクィリもグンジョウも不思議そうにエクロレキュールが凝視している方へと視線を映す。そんなグンジョウの目の前に白いキラキラとした何かがゆっくりと降ってきた。


「なんだこれ?

 雪か?

 別に今日は寒くないのにな。

 不思議なこともあるもんだぜ」


思わず手を出して雪を受け止めたグンジョウ。雪のようなものはグンジョウの機械の手の上でじゅわりと溶けて水になる。水になった瞬間キラキラと美しい粒子を一粒、一瞬だけ放出すると水はすぐに蒸発して消えていった。物理法則を無視したような水の動きにラプトクィリは一瞬その正体について考え込むが、直ぐに何か思いついたらしい。慌てて一人と二匹に対して声を荒げた。


「まずいにゃ!!

 雪なんかじゃないのにゃ!

 早く全員でジオフロント内に帰るにゃ!

 エクロも早く元の姿に戻るのにゃ!

 グンジョウ!

 船なんて放っておくのにゃ!!

 もし死にたくないなら雪にも出来るだけ触っちゃダメなのにゃ!」


「な、なんなんだ!?

 おい、どういうことだよ!」


 ハルサは疲労からぼんやりとしていたのだが、ラプトクィリの様子とフラッシュバックしてきた記憶に弾かれて立ち上がるとコートを頭から被ってまばらに降り始めた雪を触らないようにしてジオフロント内部に通じる入口まで走り出す。


「エクロも早く来るのにゃ!」


しかしエクロレキュールは動かず、じっと空を睨み続けている。ハルサがその視線を辿ると、いつの間にか青く光る流星がぐるぐるとハルサ達の上空を飛んでいた。


「おい何なんだよ!

 俺にも説明してくれ!」


「説明なんて後にゃ!

 はやく逃げないと…!」


「ラプト!

 危ないっス!」


一人と二匹が慌てて向かうジオフロントへの入り口に青色のレーザーのようなものが命中すると入口を形成していた金属が融解し、次いで爆発が起こった。ジオフロント内部へと続く階段も爆発の威力によって崩れ、入口は完全に防がれてしまう。


「そんな!」


「にゃ~…遅かったのにゃ…。

 来ちゃったにゃ…」


ラプトクィリはそのまま入口の残った屋根の下に避難してへなへなと座り込んでしまった。ハルサも屋根の下に何とか自分の小さな体を押し込んで雪から体を守れる場所からゆっくりと流星の姿を見た。。


「な、なんだよあの流れ星は…。

 それに何だってんだよこの雪も…!

 薄気味悪いったらありゃしねぇ…!」


機械の体のグンジョウは汚染の心配が無いため、屋根から出てその身を雪の下に晒している。エクロレキュールは降り続ける雪が自らの体に付着しようが知ったことではないのだろう。無視して流星を目で追い続けている。流星はしばらく飛んでいたがやがてエクロレキュールの目の前でぴたりと止まる。


「なんだありゃ?

 獣人じゃねぇのか!?」


 流星が消えた後、そこに浮いていたのは背中から機械の翼のようなものを生やした一匹の鹿の獣人だった。頭部には丸と三角を組み合わせたような水色に光るヘイローが浮かんでおり、天高く伸びた角が窮屈そうにそのヘイローの輪の中に入っている。身長は余り高いようには見えず、ハルサが着ているものと同じようなデザインのコートを着ていた。眠そうな眼に茶色の髪の毛がくるくると回りに跳ね回っている。そんな鹿の獣人はエクロレキュールを見た後屋根の下で小さくなっているハルサ達二匹に向かってにこりと微笑んだ。


「おねーさん達こんにちは〜。

 逃げなくていいのに〜。

 少しだけ死ぬ時間が変わるだけよ~?」


ラプトクィリがへなへなと座り込んで、めそめそと嘆き始めた。


「“鋼鉄の天使級”…。

 もう終わりなのにゃ…」




      -作られた命、自然の村- Part 25 End

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