-作られた命、自然の村- Part 24
シナチクは「ほぅ」と声を漏らし、鼻から大きく息を吐き出して画面内の白い龍を見つめた。ライグモ級の主砲を三発正面から受け、血まみれながらもその体は形を保っており紅い雷を纏っている。防御力は皆無に等しい、とアイリサ主任は分析したがそもそもあの主砲を無効化できる事がちゃんちゃら可笑しい話だ。むしろ三発耐えているのだから防御力はあるほうなのではないか。胸の中にそういった意見を抱えつつも、シナチクはアイリサが言っていた白い龍の持つ能力に興味が揺れ動いていた。
「もし汚染除去能力が彼女にあるのだとしたら今現在我々が置かれている状況は一変しますよ、主任。
万が一“反企業連盟”にでもこの兵器が渡ったら難儀です」
「ええ、分かってるわよ」
「汚染除去が出来る…即ち人々は防御壁の外に住むことが出来るという事ですよね。
今は我々大企業の作ったゆりかごでしか生活出来ない人々が企業の庇護無しで暮らせるようになると――」
アイリサは言葉を続けようとするシナチクの口に人差し指を立てて続けようとしていた意見を押し留めると窓際まで歩き、ブラインドの隙間から外を見た。
天に届くほど高いビルと天守閣のようなものが無数に立ち並び、大野田重工の製品を宣伝する空中投影ディスプレイが付いている魚や龍の形をした気球が浮かぶ巨大都市が眼前に広がる。ビルの屋上にはネオンで飾られた五重塔や電光掲示板がこれでもかというぐらい貼り付けられた鳥居が立ち、バイオ桜の花弁が風に乗って舞い散るいつもと変わらぬ平和な景色が広がっていた。
「企業が支配する今の社会構造を壊す存在になるかもしれないわね、あの娘。
あくまでも私の仮説なんだけど白い龍は“大崩壊”時代よりも更に前の存在なのかもしれないわ。
それこそ私達の先祖が星の海を渡っていた時代の技術かも」
ロマンチックでしょ?、と言いながらアイリサはようやく煎餅を全て食べ終え、人差し指をぺろりと舐め、着物の裾で手を拭く。
「星の海ですか…?
主任、それは流石に馬鹿げていますよ」
「あら、そうかしら?
現に中央シフォン砂漠の“遺跡”からは先祖が星の海を渡っていた時代の片鱗が発掘されているじゃない?
恐らくあの子は攻撃用の兵器じゃない。
“ドロフスキー”がそういう風に作っただけ。
ご先祖様達にとってあの子は“開拓用機材”だったんじゃないかしら?
じゃないとあの紅い雷の説明が付かないもの。
それにジオフロントの周辺…。
生態系がかなり回復していたわ。
木々が生え、鳥が飛び、湖には魚もいるらしいじゃない。
そんなことあり得る?
たった十五年しか経ってないのよ?」
得意げにそういったアイリサはもう一つ煎餅を取り出し、封を開けた。
「私には…。
私には分かりかねます、主任。
ですがそれならば尚の事あの兵器を捕獲するべきではないですか?
“ギャランティ”経由でハルサ達に命令は出されていましたよね?
ならば攻撃は速攻中止して、保護するのが妥当では?」
「んー違う。
違うのよ、シナチク」
シナチクの説得をアイリサは簡単に却下して、窓の外から部屋の中に目線を戻すと自分の椅子に座り直した。
「え?」
「私はただ“知りたい”の。
それだけよ」
そういうとアイリサは机の上に置いてあった自らの端末をちょいっと弄る。そこに書かれていた兵器の名前を見てシナチクは激しく動揺した。
「主任!
まさか!?
ハルサ達も死にますよ!?」
「ええ。
後は成り行きを見守りましょ?」
「……………」
※ ※ ※
「うりぁあっス!!」
ライグモ級の上に昇ったハルサは自慢の大鎌でその分厚い装甲に傷をつけていく。邪魔者が乗っかったのを検知したガトリング砲がハルサの方を機敏に見据えその砲身を回転させる。射線上から逃げるために横に大きく飛んだハルサはアメミットを正面に構え、迫りくる弾幕に備えたがガトリング砲は急にその回転を止めた。
『そのデカ物の防衛兵器を一時的に使えなくしたのにゃ!
ハルにゃん、今にゃ!
そいつの主砲をぶった切るのにゃ!』
小さな狼は巨大な大鎌を持ってそのままライグモ級の上をまるで猿が木登りをするように機敏に動き回る。何とか降り落そうとその巨大な図体は左右に揺れ動くが、グンジョウとの戦いで体幹をも鍛えたハルサには通じない。
「任せろっス!
もうこれ以上、エクロにダメージは与えないっス!」
ハルサの視界の隅にはライグモ級の主砲を三発食らってもなおその背後にあるジオフロントの入口を守る白い血だらけの龍が映っていた。目は虚ろになり、息をするたびに苦しそうに口から血を零しながらも彼女はハルサが主砲を無力化してくれることを祈って他の四脚歩行戦車の攻撃から盾になるようにハルサを守ってくれている。
「あぶねっス!」
しかし、エクロレキュールの隙を突いて四脚歩行戦車の主砲がハルサを目掛けて撃ち込まれた。砲弾はライグモ級の分厚い装甲に当たり爆発するとハルサの軽い体は爆風に吹き飛ばされそうになる。
「いよいよもって自爆覚悟の手段で私を排除しに来たっスか!
ラプト!
あの四脚の方はどうにもならないっスか!?」
エクロレキュールの背中や腕、胴体に次々と爆発の花が咲く。四脚戦車の主砲による攻撃は地道ではあるが確実にエクロレキュールの体力を削っており、時折エクロレキュールは痛そうに呻く。しかし彼女は四脚戦車に反撃しない。翼がへし折られ、紅くて宝石のような角にもヒビが入っている。ボロボロになりながらもほとんど最後の力を振り絞ってライグモ級がジオフロントの入口を壊さないようにあの鉄の塊を押し留めているのだ。
『ライグモ級の防衛兵器を止めるだけで精一杯なのにゃ~!!!
ごめんにゃ~!!』
「じゃあライグモ級の機関部を教えろっス!
何とかしてこいつを止めないと…!」
『先に主砲を切るのにゃ!!』
「そんなこと言ったって…!」
『俺に任せろ!』
二匹の通信に突然グンジョウが割り込んでくると四脚戦車の一台の砲身に誰かが取り付いた。
『グンジョウ!?
何やってるのにゃ!?』
『ははは!
ここを超えないと帰れないんだろ。
一時的に協力してやるよ』
グンジョウの割り込みにより少し攻撃が減る。それでも意識が朦朧としてきているエクロレキュールの隙を突くのはさぞかし簡単なのだろう。
『ライグモ級も傷つくのにゃ!こんなん!』
「こいつの装甲ならダメージ受けないって分かり切ってるんスよ!
くそっ!
主砲は直ぐそこなのに動けねえっス!!」
ライグモ級の装甲の隙間に潜り込んだハルサはだったが、四脚戦車の攻撃によってすっかり動けなくなってしまっていた。そうやってぐずぐずしている間にまた主砲に弾丸が装填されたようでライグモ級の主砲が組みついているエクロレキュールに向き始める。
『主砲のクラッキングも試みてるにゃけど…!
くっそ複雑な上にオフラインモードで起動してやがるにゃから…!』
『くそっ!
なんて頑丈なんだこいつら!』
「でもこのままじゃエクロが!」
その時、エクロレキュールが吠えた。まるで星座のような模様が刻まれた折れた翼を無理やり大きく広げ、エクロレキュールを中心に赤い粒子のような物が散る。幻想的なシーンだったがこの場合は一人と二匹に不安を与えた。
『な、何が起こるのにゃ!?』
ラプトクィリと同じく不安に駆られてエクロレキュールを見たハルサだったが、彼女の優しい瞳は「大丈夫」とハルサに語りかけていた。
「大丈夫っスよ、ラプト、グンジョウ。
エクロは私達には絶対に当てないっス」
『にゃ、にゃ~…。
わ、分かってても怖いにゃ…』
『信頼出来るんだろうな?』
-作られた命、自然の村- Part 24 End
いつも読んでいただきありがとうございます!
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