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-作られた命、自然の村- Part 22

「ハルにゃん!エクロ!

 さっさと逃げるのにゃ!

 もうそこまで重工の部隊が迫ってるのにゃ!」


勝負がついたのを見届けたラプトクィリがジオフロントの入口から出てくる。焦りながら彼女はボロボロになったドリル搭載艦のコックピットへと猫獣人の跳躍力で飛び乗った。


「了解っスよ。

 グンジョウ、まだ“それ”動くんスよね?」


ハルサはアメミットの電源を確認しながらくいっと顎でドリル搭載艦の方を示す。グンジョウは一瞬ちらりとドリル搭載艦の状況を確かめると頷いた。


「あ、ああ……。

 損傷個所を切り離せばのろまな重工の戦車から逃げる速度ぐらいは出るはずだ」


「ならさっさと逃げるのにゃ

 捕まったらエクロもボク達も終わりにゃ~!」


 ラプトクィリは早く乗って発進しろと言わんばかりにハルサとグンジョウに手を振る。戦車のエンジン音や駆動音はゆっくりと強くなってきて“大野田重工”の部隊がどんどん近づいてくるのをハルサは嫌でも感じ取る。グンジョウの仲間の部隊と一戦交えたとは言いつつも、舞い上がっている砂埃から考えるに中隊規模はいるだろう。


「エクロを捕まえるのに必死っスね、“重工”も」


「ははは……。

 彼女の体は正に神秘だからね。

 “ドロフスキー”の技術を“重工”だって手に入れたいだろうさ」


砂埃を見ながらグンジョウはそうぼやいていたがそんなグンジョウの腰をハルサは蹴った。


「喋ってないでさっさと乗り込めっス!」


「……理不尽だなぁ」


 ハルサはフラフラと歩くグンジョウの尻を蹴とばすようにしてコックピットの中に押し込むと自分も乗り込んで扉を閉める。狭いコックピットの中にぎゅうぎゅう詰めになりつつも何とか乗り込んだ一匹と三匹は固唾を飲んでグンジョウの操る計器を見つめた。


「動いてくれよ……!」


「お得意の神に祈ったら動くんじゃないっスか?」


「いいから早く出せにゃ!」


 エクロレキュール相手に戦い、既にあちらこちらから火花を噴く程ガタの来ているドリル搭載艦の操縦席にグンジョウは何とか座り、右にずらりと並んだアナログのボタンを覆っているアクリル製の蓋を割って次々と押していく。操縦席を固定していたハンドアームガコンと開くと結合が外れてコックピットを包括している部分だけが少し浮いて分離する。全長四メートル、幅三メートル程の乗り物になった船の窓からラプトクィリは外を恐る恐る確認する。


「どれぐらいの高度まで上がるのにゃ?」


「予備ジェネレーターしか残ってないからな。

 おそらく二メートルも浮けば御の字だ」


「二メートルって!」


「仕方がないだろう。

 高度を上げすぎると無差別対空システムに撃たれるんだぞ」


 緊急医療キットで折れた左腕をエクロレキュールに包帯で包んでもらいながらハルサは土埃の立つ方を凝視する。巨大な六脚の戦車が一台…ライグモ型と呼ばれるものとそれに追従する通常四脚戦車が六台。あとは装甲車や兵員輸送用トラックが五台程見える。それだけの大軍、当然ハルサは見たことが無く、きっと敵が何人いるのかネットに潜り込んで探ったラプトクィリがあれだけ焦っている事からものすごい戦力なのは確かだろう。距離にしてもう十キロもない。


「早く発進するにゃ!!」


「分かってるよ!」


発進するためにグンジョウが操縦桿を前に倒す。予備のジェネレーターが何とも貧相な音を立てて稼働し、噴射口から光が吐き出される。しかし、一人と三匹が乗ったコックピットは動かない。


「おい、なんだってんだ!?」


警告音と共に重量オーバーを示す赤いランプが光る。ドンドン、と外から叩かれる音がコックピット内部に響き渡り、ハルサは下を見る。


「待って!

 私達も乗せて!!」


「俺達も!!」


「子供もいるの!

 お願い!!」


「エクロ!

 また私たちを守って!」


 ジオフロントの入口から次々と住んでいた獣人が出てきていた。そしてハルサやエクロレキュールの姿を見て艦に縋りついてきたのだ。そしてわずかなでっぱりや揚力を生み出す為の小さな翼の上に乗ったり、側面に付いた梯子にしがみついている。


「ハルサ……」


エクロレキュールはそういうとハルサの顔を見つめて来た。


「えっと……」


「くそっ、ダメだ!

 こんなに乗られたらこのジェネレーターじゃ動けないぞ!」


重量オーバーを示すランプが光り、船のお腹が地面を擦る。辛うじて前進しているのだが、全力で走ってくる獣人よりは遅い。何十匹もの助けを求めてくる獣人の群れの中にはハルサがこの一ヶ月で何度も通ったカフェを経営していた獣人だったり、お菓子をいつもくれた隣人が含まれていた。


「くそっ、今すぐにこいつらをどけるぞ!

 じゃないと俺達までやられちまう!」


グンジョウはダッシュボードを開き中から拳銃を取り出す。コックピットを開くとグンジョウは船を掴む獣人達に銃口を向け、引き金を引いた。


「ダメ……!」


グンジョウが何をするのか一瞬で理解したエクロレキュールがグンジョウの手を掴む。銃口から発射された銃弾はエクロレキュールの頬ギリギリを掠めて虚空へと消えていく。


「何しやがる!」


必死で手を抑えるエクロレキュールをグンジョウは睨みつけた。


「殺すのはダメ…です…!

 みんなを…守る……です……!」


しかしエクロレキュールも一歩も引かない。その瞳の凄みは思わずグンジョウの背筋を寒くする程に冷たく、大崩壊時代の片鱗を垣間見せる程に恐ろしい物だった。


「ははは…!

 あの部隊相手にどうやって!?

 俺達までやられちまうぞ!」


「………ッ!」


エクロレキュールは唇を噛み締め、決意を固めたように顔を上げると開いているコックピットから一気に飛び降りた。


「エクロ!?」


「にゃにゃ!?」


「バカ野郎が!」


そのまま少女は船の進行方向とは真逆に走って行く。そして“重工”の兵隊の前に一匹で立つと胸に手を当てた。


「帰ってこいっス!

 エクロ!」


「ハルにゃん、連れ戻すのにゃ!」


「そんな傷ついた体でどうするつもりなんだ!」


ギャーギャーと騒ぐ一行の事など気にせず、一瞬だけ彼女はハルサ達の方を見て寂しそうに笑い小さく口を動かした。


「逃げて」


たった三文字、そう呟いた少女の姿は天から降り注ぐ紅い雷に包まれる。眩い光に思わず目を瞑る一人と大勢の獣人達。再び目を開けた彼らの眼前に飛び込んできたのは、かつて迫害され行き場を無くしていた自らを助け、この地まで導いてくれた真っ白な“龍”の後ろ姿だ。何とか胴体部分の傷は癒えてはいたが大きな翼は既に折れ、二歩、三歩と彼女が歩くと地面には血溜まりが出来る程大量の血が零れ落ちていた。


「エクロ!

 何をするつもりなんスか!?」


叫ぶハルサ。グンジョウは開いているコックピットを閉じようと躍起になっている。


「俺達の盾になるんだろ!

 この隙に逃げるぞ!」


 彼女は何も答えずハルサ達の盾になるように立っている。エクロレキュールの姿を見た獣人達は自らの守り神の神々しさにため息を漏らしたが、その神聖な姿も突然起こった爆発によって汚される。


「にゃー!?

 攻撃が始まったのにゃー!」


 “大野田重工”の主力戦車が放った榴弾がエクロレキュールの胴体部に命中し爆発したのだ。爆風の勢いはエクロレキュールの鱗を何枚か剥ぎ取る。榴弾の熱と、肉体に撃ち込まれる衝撃で痛みに声にならない声を上げて蠢くエクロレキュール。しかし彼女は倒れず、それどころか反撃と言わんばかりに手に紅い雷をまるで剣のように持つと戦車相手に投げつけた。四脚歩行戦車はその一撃を避けることが出来ずにエクロレキュールの雷を真正面から受ける。質量を伴う紅い雷は装甲版を引き剥がし、貫通すると内部に眠っている爆薬に火をつけた。荒れ狂う爆発の爆風は火柱となり、上に乗せて軽く固定しただけの砲塔を吹き飛ばす。軽く二十メートル以上真上に吹き飛んだ砲塔が地面に突き刺さるころには四脚歩行戦車はその場で炎上し、停止していた。


「ハルにゃん……!」


「そうっスよね…」


その光景を見たラプトクィリがハルサに目配せをする。


「何を考えてるんだお前らまで!?」


「ここで倒して全員で帰ればいいんスよ。

 そうでしょ、グンジョウ?」


ハルサはそういうとアメミットを持ち、コックピットから飛び降りる。まだ船の周辺に群がっている獣人達に、ジオフロントに戻って隠れるように言いつける。獣人達は船の近辺をジオフロントへと再び戻っていく。


「ボクもあのでっかい戦車のレーダーぐらいもぎ取ってみせるのにゃ!

 あ、物理的にじゃなくて…」


「ラプト、早くしろっス!」


「はいにゃ!

 グンジョウも手伝えなのにゃ!

 もうボク達は覚悟を決めたのにゃ。

 あとはお前だけなのにゃ」


グンジョウは大きくため息をつき、天を仰ぐ。コックピットのバインダーに挟まっている家族の写真を眺め、一瞬考えるように目を瞑る。


「……あーもう分かった、分かったよ!

 最後の手段で残しておいた奴使うからな!

 獣人のお前らはジオフロント内に戻って隠れてろ!

 絶対に静かになるまで出てくるんじゃねぇぞ分かったな!!」




            -作られた命、自然の村- Part 22 End

今年も大変お世話になりました。

来年もハルサとラプトクィリ、ルフトジウムとサイントの四匹を何卒よろしくお願いいたします。


あ、エクロレキュールちゃんも

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