-作られた命、自然の村- Part 21
ハルサは痛みと衝撃で左手のアメミットを手離しそうになるが慌てて大鎌を左手から右手に持ち替える。アメミットと引き換えに手放した小刀が刃を下にして落ちていく。それに一瞬気を取られたグンジョウの隙に差し込むようにハルサは、重いグンジョウの胴体を蹴り飛ばした。
多脚戦車の切り落とした脚すら蹴り飛ばす獣人の本気の蹴りはグンジョウの鋼鉄製の胴体を意図も容易く浮かせ、ハルサは蹴った反動を利用して距離を取った。アメミットの柄を地面に深く突き刺して、改めて右手に持ち直したハルサはズキズキと脳髄に差し込まれてくる痛みに悪態をついた。
「くそっ!
マジでめっちゃ痛ぇっス!!
腹の傷、治ったばかりなんスよ!?」
骨が折れ、思うように動かなくなった左腕をぶらぶらとさせながらも、小さな狼はグンジョウへと負わせたダメージを見測る。
彼の機械で出来た胴体中央部に開いた穴の直径は約十センチ。機械化されていない普通の人間なら胴体が引きちぎれて即死する程の威力の弾を受けても、グンジョウは痛みなど感じない。ぽっかりと開いた穴からは内部のシリンダーや電子部品、可動部のモーターの配線が見え、人工心臓が元気にドクドクと脈を打っていた。脳と人工皮膚に栄養を送るためのブルーブラッドが銃創の穴からポタポタと滴り落ちていたが、サイボーグ基準での致命傷には程遠い。
「ははは……。
痛いのは俺も一緒だよ」
「嘘つけっス!」
あともう五センチ。五センチだけでもハルサが開けた穴が左だったらグンジョウの人工心臓は破壊され彼は即死していただろう。しかし経験豊富なグンジョウはハルサが心臓の位置をケモミミから拾う音で計測し、ある程度の位置を予想して的確に心臓に弾を撃ち込んでくるという動きを読み切っていた。致命傷にならない位に体を少し滑らせて対物ライフルによる致命傷を避けたのだ。
地面に落ちた小刀をハルサはグンジョウを牽制しつつ拾い、それを太もものベルトに大人しく挟む。
「ははは…。
痛いのは本当さ。
損傷は信号となってちゃんと伝わっている。
損傷に応じた痛みがちゃんと脳みそに送られてるんだ。
こういう痛みが無いと戦闘時に自分のダメージが分からないからな。
……本当に痛いんだぜ?」
片方の眉を吊り上げ、グンジョウは付け足すように愚痴った。
「へぇ、痛みをあえて受けるなんてまた酔狂っスね。
サイボーグになるメリットは痛みから解放されることじゃないんスか?」
ハルサはグンジョウとは反対に骨折の痛みで脂汗をかきながらポケットから痛み止めを引っ張り出す。アメミットを体で支えながらザラザラと口の中に直接入れて、ガリガリと嚙み砕いて飲み込む。
「あー話したら段々痛くなってきた……」
「す、少しは効いたって事っスかね?
それならざまぁ見ろっス…!」
痛み止めが効くまでの少しの時間、骨折の激痛に付き合わされるハルサは皮肉気味に返す。
「ははは……!」
グンジョウは自分の体に開いた穴の淵を一周くるりと撫で、ハルサの顔を見てすっと背筋を伸ばした。そして直立不動の姿勢から少し前屈みになると脚のバネを利用して一瞬にしてハルサとの距離を詰める。ハルサは片腕が使えない今、距離を詰められるのは得策ではない。だから防衛の為に振ったアメミットの刃部分以外を、グンジョウは安全な下から蹴り上げた。
「ッ!」
ハルサはアメミットに引っ張られて細い胴体ががら空きになるのを防ぐために咄嗟に右手をアメミットから離し、代わりにグンジョウの脚をしっかりと掴む。
「おっとマズったな」
「その石頭ぶつけろっス!」
ハルサは掴んだグンジョウの脚を引っ張り、思いっきり固い地面を蹴った。一人と一匹の宙に浮いた体を強く回転を付ける様にして捻り、まるで巻かれたゼンマイのように勢いを付けたハルサはグンジョウの体をドリル搭載艦の装甲にブチ当てる。鉄と鉄がぶつかり合う鈍い打撃音が響き渡り、特に強い衝撃は打ち付けられたグンジョウの頭部に響いた。グンジョウの頭蓋骨は当然鋼鉄製になっていたが、衝撃で揺れた内部の脳は到底無事では済まない。
「うぉお……」
ぐるぐると視点が回り、揺れた脳はグンジョウの意識を一瞬飛ばす。そうして防御が薄くなったグンジョウの首を目掛けハルサは、再び掴み直したアメミットの刃を向ける。しかし一瞬早く意識を取り戻したグンジョウはハルサの振り下ろしたアメミットの背を再び掴むと、そのままハルサの体ごと持ち上げ逆にドリル搭載艦の装甲へと振り下ろした。
「きゃん!」
骨折の痛みとはまた別に叩きつけられた痛みと衝撃に思わず悲鳴を上げるハルサ。胃の中の物がひっくり返り、強い吐き気が込み上げる。しかし装甲板の上でいつまでも仰向けでじっとしているわけには行かない。グンジョウの太い拳がハルサの顔面目掛けて振り下ろされる。咄嗟にハルサは体を転がしてそのパンチを躱す。最初は右、次は左へ。立て続けに振り下ろされるパンチを躱すように動きつつ、ハルサは脚を曲げ、グンジョウの顔面に蹴りを叩き込んだ。ボキリと、グンジョウの鼻のプラスチック骨が折れる音が脚の裏から伝わる。
「ぐおっ!?
ははは…ははは!
痛いじゃないか、畜生…。
全く、お前は俺の最高傑作の一匹だよ…!」
一歩、二歩、よろめきながら鼻から出たブルーブラッドを拭いグンジョウは高笑いする。
「そりゃどうもっス!」
背を低くしてもう一度距離を詰めるハルサ。振りかぶるアメミットの刃はグンジョウの上を素通りし、ドリル搭載艦の装甲板を溶断する。
「おいおい、あまり艦壊さないでくれ」
「やかましいっス!」
グンジョウはやれやれというように首を振り、アメミットが溶断した装甲板を拾い上げると、出っ張った部分をトンファーのようにして両手に持つ。
「そろそろ終わりにしねえとな。
わかるだろ、ハルサ?」
そういいながらグンジョウはハルサの顔面目掛けてトンファーを振り下ろした。振り下ろしてきたトンファーをアメミットの背で押し戻しつつ、ハルサは食いしばる歯の隙間から絞り出すように返事をする。
「分からねえっス……!」
「いいか、常に周りの音を聞け。
“大野田重工”の部隊が迫っている。
俺もお前も当然このままだと殺されて終わりだぜ」
お互いがお互いの息を感じる程の距離で一人と一匹は睨みあう。ハルサはケモミミを右へ、左へと動かして周りの音を探る。ドスン、ドスンという鈍い音は間違いなく“大野田重工”の多客戦車の足音だ。
「じゃあ、ここで止めるんスか?」
「まさか。
終わらせるだけさ」
「やってみろっス……」
「……………」
そうして先に動いたのは時間制限のあるグンジョウだった。左手の装甲版をハルサの頭部目掛けて叩きつけてくる。この一撃は間違いなく陽動だと読み切ったハルサはこの時、条件反射でグンジョウから教わった通り受け止め、流すような動きをしていた。
左手の装甲版を右手のアメミットの持ち手で受け止め、するりと滑らせる。切断面が鋭い装甲版はハルサの頬の皮膚を少し削り取り細い切り傷を残したが、その勢いを借りてハルサはアメミットを深く振りかぶっていた。もう一つの装甲板を盾にして攻撃を防ごうとするグンジョウだったがアメミットの高熱は簡単に装甲板を断ち切り、グンジョウの首元へ吸いつくように、正確に、そして無慈悲に近づいていく。
「私の勝ちっス!」
しかし、アメミットの刃はグンジョウを殺さなかった。ハルサがギリギリで十万度にもなる超高熱の刃を止めたのだ。
「……なぜそのまま振り切らないハルサ」
自分の死を覚悟していたグンジョウは不可解なハルサの行動を理解できずに問いかけていた。
「なんでっスかね…。
分からねえっス」
そういうとハルサはアメミットを首元から引く。そして二歩、後ろに下がるとグンジョウに背を向けた。
「ちゃんと最後まで殺せ。
そうしないとそいつはきっとまたお前の前に立ちはだかるぞ」
「別にいいんスよ。
私は…私達はもう二度と会わないと思うっスから」
「ははは……」
グンジョウは力なく笑いながら頬を掻いた。そして胸元で光るペンダントを握る。
「祈ればいいっスよ。
祈れば貴方の神様は助けてくれるんスもんね。
だからたまたま助けてくれただけなんじゃないっスか」
「……………」
ハルサは折れた左手をかばうようにしてアメミットを持ちながらドリル搭載艦の方へと歩き出す。そこで眠っているエクロレキュールの頬を二度、三度程叩くと彼女はうっすらと目を覚ました。
「……ハル……サ…?」
意識が混濁しているのか、なぜそこにハルサがいるのか納得していないような素振りだったエクロレキュールは手を伸ばしてハルサの頬を撫でる。そしてハルサがそこに存在していることをちゃんと確認するとエクロレキュールはほっとしたように胸を撫でおろしていた。
「逃げるっスよ、エクロ。
グンジョウも一緒に。
“大野田重工”の部隊が迫って来てるっス」
エクロレキュールはグンジョウ、という名前を聞いてにこりと微笑む。
「ハルサ…殺さなかった…です…。
人間嫌い……治った……です…?」
「――うるせえっス」
-作られた命、自然の村- Part 21 End
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