-作られた命、自然の村- Part 20
「いきなりそれっスか!?」
グンジョウが話し終わると同時に彼の肩の銃口からエネルギー弾が発射され、ハルサはそれを左へと飛んで躱す。ハルサの大きなケモミミだからこそ事前に肩内部のエネルギー弾装填音を捉えて対策できたものの、普通の人間だったら今の不意打ちで脳天を撃ち抜かれてしまっていただろう。
「最後の授業だからな!
俺の全力を以てして戦わせてもらうぞ!」
「へへ、ここから更に学ばせてもらうっスよ!」
左に飛んだハルサはそのまま体の勢いで身を低く伏せて一気にグンジョウの間合いにまで踏み込んだ。すかさずグンジョウは間合いに入れまいと二本の高周波ブレードを振る。しかしハルサはその動きを完全に読み切っており、大きく上にジャンプしてグンジョウの金属の腕の上に乗る。
「腕を上げたな!」
「“先生”のお陰っスよ!」
ハルサは憎まれ口を叩き、にやりと笑うとアメミットの一振りでグンジョウの背中から生えた金属の腕を一本切り落とした。高周波ブレードごとその一本の腕は地面に落ちる。
「まず一本っス!」
「ははは!
やるなぁ!
けど、いい加減に降りろ!」
グンジョウは左手を伸ばしてハルサの尻尾を掴むとそのまま自分の体の上から引きずり下ろす。ハルサはせっかく格好つけていたというのに地面に無様に腰から落ちた。
「きゃん!
し、尻尾はやめろっス尻尾は!」
「そんなものぶら下げてるのが悪い!
次の行動を考えて攻撃しろとあれほど言っただろう!
まずはそこからだ!」
グンジョウは一定の間合いを維持しながら、地面に落ちた高周波ブレードを拾うと侍のように構えつつ、ハルサの体勢が整うまで何もしないでただ待っていた。
「くっそ…!
尻尾うぜぇっス……!」
「だが逆に尻尾のいい所もあるぞ。
その三本の尻尾のお陰でお前はバランス感覚が他の戦闘用獣人よりも抜きん出ているんだからな」
再びハルサはアメミットと小刀を交差させるように構え、グンジョウの出方を伺う。二人のじりじりとした戦いにラプトクィリが茶々を入れてくる。
『ハルにゃん!
早くグンジョウを戦闘不能にするのにゃ!』
「やりにくいんスよ、ラプト。
私の手の内は全部相手にバレてるっスから」
ハルサは小声でグンジョウに聞こえないぐらいのボリュームでラプトクィリにそう苦言する。
『それなら対応できないぐらいに沢山攻撃を叩き込むしかないのにゃ』
「それはそうっス…ね…!」
ラプトクィリに背中を押されるような形で今回先に動いたのはハルサだった。アメミットをくるくると回しその先についている対物ライフルでグンジョウの動きをけん制する。まず右に一発、もう一度右に一発。すさまじい発砲音と焼けた薬莢がアメミットから排出され、一八〇ミリの貫通力を誇るその二発を躱す為に左に移動したグンジョウの先にハルサは瞬発力を生かして飛び、右手の小刀を彼の喉元へ突き立てようとしていた。
「俺との授業をもう忘れたのか?」
「しまっ――!」
優しく諭してきたグンジョウのその言葉に、ハルサは思わず身を固まらせる。てっきり反応できないだろうと高を括ったグンジョウの動きは、エクロレキュールの庭で特訓を受けていた時と比べ遥かに早かった。ハルサの伸ばした右腕をグンジョウは掴むとくるりと身を捩り、ハルサの軽い体は再び地面に叩きつけられた。
「うっ!」
「我慢比べに負けてどうする。
そんなんじゃルフトジウムには到底勝てないぞ」
「こんの……!」
すかさず跳ね起き上がったハルサはアメミットをグンジョウの首目掛けて振り下ろす。しかしその一撃はグンジョウの高周波ブレードによって弾かれた。アメミットの重量に少なからず引きずられ、がら空きになったハルサの体にグンジョウの鋭い蹴りが飛ぶ。鈍い打撃音と共に猛烈な痛み。ハルサの体はドリル搭載艦の壁に叩きつけられた。
「おいおい、しっかりしろ。
山羊に負ける狼なんてのは童話の世界だけでいいんだよ」
「っぐ…!」
腹部から込み上げてくる痛みと吐き気はハルサの呼吸を大いに乱す。そんなハルサを目掛けてグンジョウは再び肩から銃弾を放つ。ハルサはすかさずダボダボの防弾コートの影に隠れて自分の体力が回復するのを待ってはいるが、何発もの着弾の衝撃はハルサの体に青あざを刻み付ける。ラプトクィリの言葉に耳を貸し、自らの判断を信じなかったことを後悔するかのように。
『なんでやられっぱなしなのにゃ!?
ハルにゃん、反撃するのにゃ!』
「ちょっと静かにしててくれっス!」
まるで全身を針で貫かれるような痛みに耐えながらハルサは呼吸を整える事に集中し、グンジョウの弾切れを待って再び動き出した。今度は慎重に一歩を踏み出しグンジョウの先手を読むように、教えられたことを誠実にこなす。
アメミットを振りかぶった際に出来る隙をついてくるようにわざと大きく動いて見せたハルサだったが、グンジョウは流石に引っ掛からない。アメミットの刃を高周波ブレードで抑えようとしたグンジョウだったが流石の高周波ブレードもアメミットの高熱に耐え切れず溶解していく。
「ははは、なんて高熱だ。
その武器、やはり“遺跡”の技術を使っているんだな?」
「私は細かいことは知らんっス。
けど、死んだご主人様が私に残してくれた武器っス」
溶けた高周波ブレードの柄をハルサに向かって投げ捨て、それをハルサが小刀で弾くのを見たグンジョウは一気にハルサとの間合いを詰める。
「ならばちゃんと使いこなせ。
そのための術はもう学んだのだろう?」
「くっ――!」
距離を詰められることを防ぐためにハルサは仕方なくアメミットを振るうしかない。何か目的を持って振られたその一振りには殺意が乗らずグンジョウは不満そうにハルサの足を払うと彼女の体を再び地面に押し倒す。
「楽しいか、ハルサ。
けど、ここからは俺は本気でお前を殺しにいくぞ」
泥だらけになりながらも起き上がったハルサは舌打ちを一つすると頭をフル回転させて次の一手を練る。その冷静さと情熱によって練られた殺意はハルサの顔つきを変えていく。その目つきは野生の狼に近づいていき、次の一手を計略と本能を交えて繰り出しはじめる。そしてグンジョウは振るわれたアメミットの刃を補強する機材の隙間に肩に残った一本の腕を差し込んでハルサの攻撃を一時的に止めて見せた。
「へっ!?
何をして――!?」
「ただただ楽しいな。
自分の教え子が成長してくのを見ることが出来るのは」
グンジョウはそう言いながらハルサに顔を近づける。
「な、何を言ってるんスか!?」
がっちりと固定されたアメミットを通してのグンジョウの肩デバイスとハルサの力比べは、今回は獣人であるハルサに軍配が上がった。勿論エクロレキュールとの戦いでグンジョウの肩デバイスは既にダメージを追っていたことも勝利の要因の一つだろう。
「ちっ、このオンボロめ」
ハルサの戦闘用獣人のフルパワーはグンジョウの弱くなっている肩デバイスの関節を引きちぎるには十分で、負けると理解した瞬間にグンジョウは肩デバイスをパージした。ハルサは後ろに二、三歩下がると再びアメミットを構えなおす。
「残念だが、もう時間が少ないみたいだ。
遊んでいる時間は終わりだ。
そろそろ決めるぞ」
グンジョウは目を細め大きく息を吸う。胸のネックレスがチリン、と音を立て朝日を鈍く照り返した。
「そんな安っぽい言葉はいらないっスよ。
せっかくの時間を台無しにしないでほしいっス」
ハルサも大きく息を吸ってアメミットと小刀を構える。
「ははは、そうだな…!」
一人と一匹はほぼ同時に動いた。グンジョウは残る一本の高周波ブレードの切っ先をハルサに向かって突き立てる。その動きを待って、ハルサは高周波ブレードの側面に左手の小刀の柄を滑らせ剣先を逸らす。
「風穴開けてやるっスよ!」
勢いを逸らされ、完全にがら空きになったグンジョウの胴体へとハルサはアメミットの銃口を押し付けて引き金を引いた。対物ライフルの太い弾がアメミットの先端部から発射され、機械のグンジョウの胴体に大きな穴を穿つ。しかしグンジョウもタダでやられるわけなかった。その一撃をあえて受けるという覚悟を決めたグンジョウの腕は、大穴のダメージと引き換えにハルサの左腕をフルパワーで掴んでいた。
「痛っ――!」
いくら戦闘用獣人の骨格とはいえ、生物は生物。簡単に車を畳んでしまえる程の力には耐えきれない。ボキリという鈍い音と共にハルサの左腕の骨が綺麗にへし折られた。
「あああっ!!」
「まずは一本、だな?」
-作られた命、自然の村- Part 20 End
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