勘違いする方が悪いのですよ?②
お父様がテーブルを叩くと、その上に置かれていた食器らがガチャッと音を立てる。
「ルーファスが家を出ただとっ⁉」
「はい。この度は勝手なことをしてしまい、大変申し訳ございませんでした」
無断で弟の家出に助力……もとい、わたくしが家出するように促したのだ。悪いものは悪い。食器を置いて頭を下げると、向かいに座るお父様はふーふーと荒い息を隠さない。その隣で、お母様は「あぁ」と涙を拭いながら嘆いている。
まぁ、予想通りの反応である。わたくしは淡々と、ルーファスもそれを望んでくれたこと、わたくしが一番信用できる芸術家に預けたこと、そしてこのまま引きこもっているより前向きだろうと判断した旨を話す。
すると、お父様は当たり前なことを訊いてきた。
「どうして一度、自分らに相談してくれなかったんだ?」
「反対したでしょう?」
「それは……」
言いよどむお父様。「はあ」とため息を吐きながら、つるりとした頭皮をハンカチーフで拭っている。そんな乱暴に拭くと、より頭が光ってしまいますのに……ハンカチーフを胸にしまったお父様はそんなことを気にする様子はなく、テーブルの上で両手を組む。
「跡取りについては、どう考えている? まさかルルーシェが継ぐつもりか?」
「いえ、わたくしはこのまま王家に嫁いだ方が有益でしょう」
このラピシェンタ王国では家督を継ぐのは男児のみ、と法律で決められているわけではない。もちろん当主の大半が男性だが――近頃の新興貴族は、女児が継ぐ家も出てきているとか。特に女性向け商業に力を入れている家では、女児に家督を継がせた事例もある。その女当主は昔から男顔負けに、商いに興味があったとか。
エルクアージュ家は古くからある貴族家系だ。子々孫々と王都の近くであるこの学術領地の統治を任されている。騎士など身体を張る仕事でない以上、女にできないわけでもないけど……わたくしは当主の器ではない。無論、あと数十日でこの世を立つ者が跡継ぎなんて言語道断ですしね。
後者はともかく、お父様も当主の向き不向きがわからぬ愚か者ではない。ルーファスが向いてたわけでもないのが、複雑な所なのでしょうが。
「ならば養子か……伝手がないこともないが……」
エルクアージュ家も、だてに古くから『公』の爵位を賜っていない。叔父上の所にも従兄弟がおりますし、伯母上様の嫁ぎ先の公爵家も三人兄弟で、三男が未婚だったはず。お父様のお気持ちとしては直系が良いのでしょうけど……無くなるかもしれない家督ですし。そこは割り切ってもらいたいものです。そんな悩みでハゲませることはしないつもりですけども。
ふふっ。胸中で失言してしまった詫びに、わたくしは提案する。
「ルーファスの代わりに愛でることができる存在を、新しく作るのはいかがでしょう?」
「まあ!」
愛情を他のもので代用するのは、一概に良いことと言えませんけど。時と場合によります。お父様もお母様も、根は面倒見の良い方ですし、きっと気に入ると思うんです。
……でも、お母様はなんでそんなにお顔を真っ赤にしてますの?
「で、でも……私たちももう年ですし……お父様も、ねぇ?」
「そうだな……最近は足腰の衰えが……」
確かに、お父様もお母様もあまり若いとは言えません。四十代半ばとなれば、やはり十代のわたくしとは違う身体の悩みもあるのでしょう。でも、後ろ向きでは何事も始められません!
「では、鍛えましょう! わたくしも最近トレーニングを始めたのですが、汗をかくのもいいものですよ!」
「だ、だが……」
あらあら。お父様はかなり及び腰ですわね……やはり紳士たる者、お父様に積極的に取り組んでもらいたいのに……。ここは無理やりにでも押すしかないですわ!
「それに、滋養強壮に良い薬についても調べてありますの。今度取り寄せても宜しくて?」
「そ、そんなに勧めるのか……」
「勿論ですわ! わたくしも一緒に頑張りますから! ね? 一緒に前向きに取り組んでみませんか?」
『い、一緒っ⁉』
わたくしの押せ押せ攻撃に、二人して驚愕なされて……。
うーん、らしくなかったかしら? さすがにここまで両親に意見したことはありませんでしたしね……。でも、ゆっくりと説得している時間もありませんし……。
「ダメ、ですか……?」
本来なら両親に使う手立てじゃありませんけども……両目を潤ませて俯きざまに見上げてみせる。すると、二人は仲良く固唾を呑んだ。
「まあ……ルルーシェがそこまでいうのなら……頑張って、みるか?」
「そ、そうね……も、もうっ。ルルーシェったら! もうあなたも子供じゃないのね!」
もうっ! もうっ! と、お母様はお父様の肩を叩いている。心なしか、二人の距離が近づいたような? テーブルの下でモゾモゾしているようですけど、何をしているのかしら?
ともあれ、作戦は順調に進みそうだ。
「では、明日からさっそく頑張りましょうね!」
二人はデレデレとだらしのない顔をしていますけど、わたくしはにっこりと微笑んでおく。
『きみは本当に罪つくりなひとだよね?』
『あら。殿下のことじゃなくて?』
『残酷といってもいいかも』
『まぁ、そんな悪女ですか』
不本意ですわ! でも神様に言われるくらいなのだから、それが真実なのかもしれませんが……。
今宵も夢の中の神様は辛辣ですわ。いくら見た目が麗しくとも、そんなに口が悪いとモテない――と、少し気になったので訊いてみる。
『神様は前世でも神様でしたの?』
『ん? どういうこと?』
『神様はおモテになるのかしら、と思いまして』
『モテる……』
そもそも『モテる』という概念が俗物である。だから神という崇高な存在からしたら、戸惑うのも無理のない質問なのかもしれない。
それなのに、顎に手を当てながら応じてくれた答えは意外と真摯だった。
『残念ながら、異性に好意を寄せられた記憶はあまりないかな。根本的にあまり喋っていいことではないんだけど……余裕のある暮らし、ということをした記憶がなくてね。おそらくきみの考えるような甘い経験はしたことがないと思う』
『なるほど……失礼な質問をしてしまい、申し訳ございません』
『いや、畏まられるのも困るから。まあ、そんなんだから――』
神様の動いていた口が止まる。そしてわたくしをじーっと睨んでは、視線を逸して。片手で口元を隠しながら、ぶつぶつと言う。
『そうか。やっぱりそうなんだ……はあ、まじか。そっか……』
あらいやだ。神様でも『まじ』なんて俗語を使いますのね。
それなら、わたくしももっと自由に言葉を選んでも……いいえ、やめておきましょう。これ以上、お父様やお母様に怪訝に思われるのは危険ですわ。わたくしの余命の件を口にしたが最後……二人に悲しい思い出だけが増えてしまいますもの。
気遣われるだけの余生なんて嫌。わたくしは――皆の記憶の中で、ずっと笑っていたいんですの。
『ふふっ』
『え、いきなり笑ってどうしたの?』
『こういう時は心を読まないんですのね?』
『きみが読むなと言ったんだろう?』
あら、気にしてくれていましたの? お優しいことですわ。
ならば……何をモゴモゴ葛藤していたか気になりますが、わたくしも問いたださないようにしましょう。
『明日も全力で頑張ろうと思いまして』
『……程々でいいと思うよ』
『それは謹んでお断りさせてもらいますわ』
今宵も真白な世界で、わたくしは笑う。






