閑話にできないペテン師の独白
◆ ◆ ◆
――あぁ、気分が悪い。
何が嫌かって? 兄上が嫌だ。ルルーシェが嫌だ。自分が嫌だ。我ながらクソだと思う。クズでしかない。今も、昔も。僕は兄上やルルーシェが楽しそうにしているのを、見ていることしかできないんだ。あれだけ長年、頑張って二人の仲を拗らしたのに、結局元通りの仲良しじゃないか。
あーあ。やってられないよ。結局二人は結ばれる運命でしたって。クソくらえ。こんな世界。どうせこんな自分にとって嫌味でしかない世界を見続けることしかできないなら――。
「あ、そうだ」
それを閃いてしまったのは、ルルーシェを逃した後。ルルーシェ、珍しく怯えていたな。そうだよね……いくらルルーシェとて、男にあんな詰め寄られたら、怖いよね。
「くくっ」
階段の隅の暗がりで、僕は蹲ったままひとり笑う。
本当……なんてクズだ。怖がってくれた。ちゃんと異性だと思ってもらえた。それだけで嬉しいとすら思ってしまうなんて――こんな自分、狂っているだろう? 死んだ方がいいんじゃないか?
だって、僕は永遠のペテン師だから。こんな男なんて、きっとこの世に必要ないだろう?
そうと決まれば話は早い。いつにしようか。どうせなら華々しい場所にしようかな。明後日のダンスパーティーにしよう。でも最後に少しだけ夢を見ていいかな……これが、最後のわがままだから。
僕は立ち上がり、早速準備に取り掛かる。
まず、ルルーシェの小剣を盗ませてもらった。彼女は今頃レミーエ嬢と勉強会しているはずだからね。だから案の定、まだ剣術部の部室に置いてあった。僕はサボってしまったけど、剣術部の連中は今日外部に練習試合に行っているからね。きっとさして迷惑はかからないはずだ。
次にいつも使っている刺客に連絡をとる。ルルーシェを階段から落としてもらった時も、この裏組織を使わせてもらった。いくら平和な世といっても――夜が来ない日はないだろう? 街の酒場で金さえ払えば、この手の奴らは紹介してもらえるものだ。
ねぇ、ルルーシェ。仮に……さ。あくまで仮の話だ。
僕の遺体の隣に、きみの小剣が落ちていたら――どうなるだろうね? ルルーシェ=エルクアージュが第二王子を殺したって大騒ぎになるかな? まぁ、どうせすぐにきみは違うと証明してしまうのかもしれないけど……それでもさ。最後にこんな迷惑をかけたら、少しは僕を罵ってくれるかい? 罵倒してくれる? 兄上じゃなくて――憎しみを込めた目で、僕のことだけを見てくれるかな?
そして、二日後。
今日は僕が死ぬ日だ。この世に悔いはないな。もう嫌なものを見なくて済むなんて、清々しいくらいさ。今朝も兄上は「ルルーシェは今日のダンスパーティーひとりでどうするつもりだ⁉」とルルーシェのことを心配していたよ。やっぱり僕のことなんか眼中なし。……もう邪魔しないからさ、さっさと二人で幸せにでもなんでもなってくれ。
さて、今日の流れをおさらいしておこうか――といっても、難しいことはない。ただダンスパーティー中に僕が僕の手配した暗殺者に殺されるだけ。勿論、凶器はルルーシェの小剣さ。念の為にとびっきりの致死毒も塗っておいてもらうことにした。比較的綺麗に死ねるけど、解毒薬は存在しないらしい。こんな馬鹿なことをして生き残るなんて――生き恥晒すのはごめんだからね。
ちなみに毒の入手経路には、ファブル家の分家が絡んでいる。……まぁ、このくらいしておけば最近うるさい国内派を大人しくさせるきっかけくらいになれるかな?
ルルーシェがどこにいるのかわからないのだけが懸念材料だけど……兄上とレミーエ嬢は別に用意された控室で入場まで待機しているらしい。当然、僕もその場に誘われたんだけどね。相手がいないからと断って――他の生徒らと同じロビーにいた。
あとはその場に悲鳴をあげてくれるひとを用意するだけかな。できることなら、最後に駆けつけた兄上やルルーシェがどんな顔をするのか見てみたいからね。そこまで僕の意識が持つかどうかは賭けだけど。
ルルーシェじゃないけど、僕もエスコートする相手をまるで用意していなかった。ララァ=ファブル嬢が果敢にも前日まで僕にアプローチしてきたのはびっくりだったな。あんな恥を晒したばかりなのにね。ちょっとだけ彼女が羨ましいと思ったよ。そんな度胸があれば、きっと僕も違った未来に立っていたのだろうから……昔、僕と似ていると揶揄してしまってごめんね。彼女を巻き込もうかと思ったけど……お詫びの印にやめておいてあげる。
まぁ、学校の全員が婚約者がいるわけでもないし。余っている可哀想な令嬢の一人や二人、他にもいるだろう。哀れな御令嬢に手を差し伸べるふりをして――適当に利用させてもらおうと――いつもより華やかに装飾された校内で物色していた時、見つけた。大きな桃色の羽根帽子をかぶり、これでもかと桃色を散りばめたドレスの子。あのドレスには見覚えがあった。あれは、ルルーシェに『兄上がレミーエ嬢にドレスを贈った』と嘘をついた時に一緒に絶句していたドレスだ。
あのドレスを借りる予定だったのは、レミーエ嬢ではなく彼女と同じ『トロア』クラスの子爵家の子だと聞いた。ララァ嬢の傘下にいて、ルルーシェが軟禁されていた時に嘘の連絡をしていた子だね。例の作戦が失敗して、ララァ嬢から切り捨てられていた所を兄上とレミーエ嬢が声かけたみたい。どのみち、その子爵家は新しく爵位を受けた家で、まだ派閥も明確に決まっていなかったから――なんてこと、兄上やレミーエ嬢が気にしているとは考えにくいけど。まぁ、件の罰といった形で新規事業の協力を取り付けたらしいよ。やっぱり兄上はお優しいね。
それにしても……すごいな。思わず僕も見惚れてしまう。ドレスだけ見た時は「馬鹿か」と言いたくなるほどケバケバしいだけのドレスだったのに。着る人によって、こんなにも華やかになるのか。おそらく、姿勢がいいからだろう。頭も腰回りもあんなに重そうなのに、立ち振舞いに一分の乱れもない。入場を待つ誰もが彼女に注目し、良い意味で言葉を失くしているほどだ。あのララァ嬢に切り捨てられた女の子がこんな逸材だったとは、さすがの僕も驚きが隠せないや。
そんな子が会堂前のロビーの中心で、堂々とひとりで立っているのだ。相手のいない令息達がこぞって彼女に声をかけるも、呆気なく玉砕していた。
……どうせなら、あの子にしよう。あれだけ目立つ子と消えて、その先で悲鳴があがったらさ。それだけ発見も早くなるよね? 最後にルルーシェたちの顔が見られるチャンスも増えるかもしれない。
「そこの麗しき令嬢。もし宜しければ、この僕にエスコートする名誉を与えてくださいませんか?」
彼女のまわりに取り巻く男どもを押しのけ、僕が彼女の手を取り跪けば。彼女は「宜しくてよ」と扇で顔を隠したまま、一言だけを落とす。……すごいな。女慣れしている僕とはいえ、背筋にゾクゾクしたものが走る。こんな子が子爵家か。この国の先行きが怖いな。まぁ、僕には関係ないけどね。
僕は軽く甲に口づけを落としてから立ち上がり、彼女の腰に手を回した。
「まだ入場まで時間があります。良ければ静かな場所でお話しましょう」
「……案内してくださる?」
本当すごいな、この子。この貫禄で一年生……僕と同じ十五、六か。
世の中最後までこんな驚きがあるんだなぁ、なんて考えながらも「今日は星が綺麗な夜だね」などと適当なことを宣いながら、僕が案内するのはグラウンドの隅――そう、いつも昼休みにルルーシェと訓練していた、あの場所。
あの時間、なんだかんだ言いながら幸せな時間だったな。兄上もいない。剣を構えたルルーシェが、真剣な顔で僕のことを見つめてくるんだ。そう――あの時間だけは。あの時間が永遠に続けばいいのに、と何度願っても。毎日終わりを告げる鐘は、必ず鳴ってしまうから。
だから僕の終わりを迎えるのも、この場所がいいと思ったんだ。
さて、例の作戦実行時刻は、パーティが開場して五分後にしてある。ちょうど高位の者たちが入場を準備し始める時だね。仮にも第二王子である僕の入場も当然最後の方になるから、ちょうど「そろそろ行こうか」と言う頃。だから、あと十分くらいこの場所で彼女と暇を潰せばいいのかな。
まぁ、適当に甘言でも吐いておけばいいだろうと、彼女を座らせるべくベンチにハンカチを敷いていた時だった。
「そんなお気遣いは宜しいから、こちらを向いてくださる?」
「え?」
中腰から振り返った直後――パチンッと頬に鋭い痛みが走った。いっった‼ 音が軽いわりに、めっちゃ痛い。そして彼女はスカート部を両手で持ち上げて、容赦なくヒールで僕の腹を蹴ってくる。思わずベンチに座り込む僕の顎を、閉じた扇でクイッと上げて。
星あかりを背にして口角を上げる彼女は、誰よりも神々しかった。
「少しはぎゃふんと思ってくださいまして? ザフィルド殿下」
彼女が片手で羽根帽子を投げ捨てる。
多少髪を乱しても、夜と同じ色の髪はしなやかに風になびいて。
ルルーシェ=エルクアージュは優美に微笑んでいた。
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