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34.魔王を追う者たち


 金貨の輸送のため護衛をしている勇者一行の馬車隊は商業都市タートランに到着した。

「……なんだ、どうなってんだよこの街」

 勇者ダイルは嵐が通過し、あちこちで風雨により崩れた家屋、水浸しになった街を見回した。

 馬車隊に同行の役人が復旧作業中の衛兵、職人たちに話を聞きに行く。

「先週大嵐になったそうで、今被害状況の確認と復旧作業をしているようですね。死者は奇跡的に出ませんでしたが、家屋が倒壊したり水没したところもあるようで……」

「今夜泊まれるんだろうな!」

 役人を勇者ダイルが怒鳴りつける。

「街一番のホテルは現在営業中止で、宿屋でしたら……」

「ホテルも宿屋もどうでもいい。娼館は?」

「す、すいません、見てきます!」

 そう言って役人は慌てて駆けだした。


「勇者さんよお……、こんなんなってる街に娼館かよ。みんな大変なんだぜ、少しは遠慮してやろうや」

 剣士カイルスもさすがに咎めるのを勇者は憮然として睨み返す。

「お前なあ、こんな護衛なんてクソ仕事した後に何の楽しみもないんじゃやってられんだろ。(カネ)は腐るほどあるんだ。遊ばせてもらわなきゃすぐにでも断ってやるぜこんな仕事」

「いや、その金、国庫の金だから。俺たちが使っていい金じゃねえから」

 金貨の輸送を何か勘違いしているとしか思えない勇者ダイルである。


 しばらくして役人が戻ってきた。

「今それどころじゃなくて、娼館も営業停止して娼婦の皆さんも被害者の救援、炊き出しに参加しているようで」

「くだらねー……。そんなことで営業止めるなよ。ヒマそうな女を連れてこい」

「おい勇者さんよ、街に災害が起これば娼婦たちでさえ進んで街のために働く、救援活動もいっしょにやる、泣けるいい話じゃねえか。ここは我慢して俺たちもなにか役に立てることをやってやろうぜ、な?」

「……カイルス、出過ぎた口を訊くな。そんなの勇者の仕事じゃねえ。やってられっかバカバカしい。おい! どこでもいい、今営業している一番いい宿に案内しろ!」

 そうして勇者はカイルスのことを見もせずに役人の尻を蹴り上げて案内させ、馬車を離れた。

 ふうー……とカイルスは頭を振って、自分も街の復旧を手伝うために被害の大きそうな町に向かって歩き出す。



 勇者一行は数日の足止めを余儀なくされた。

 災害義援金として国庫からいくらかがこの街に支給される。支給される金貨に少し上乗せしてやるわけだ。その連絡待ちのため王都からの使者を商業都市タートランで待つことになった。連絡担当は教会である。

 酒場もギャンブル場も娼館もみんな営業停止中。並の宿屋に宿泊中の勇者の機嫌は悪くなる一方だ。

 そんな中、単独で魔王一家を追っていた神官メイザールがようやくタートランに追いついた。

 街の惨状を眺めながら勇者の居場所を復旧作業中の役人に聞いて、勇者がいる宿に向かう。


「よお! メイザール、追いついたか! よかった」

 夕暮れの宿で出迎えたのは剣士カイルス。今日の市街の復旧作業を終え宿に帰ってきたところであった。

「遅れて申し訳ありません。魔王城からいなくなった魔王の足取りを調べていました。勇者殿は?」

「この宿でふてくされてるよ。俺は毎日復旧作業の手伝い。お前も回復魔法で負傷者や病人を手当てしてもらいたいがどうだ?」

「急を要することですので……まずはご一緒に勇者様にご挨拶を」

「ああ」


 そうして二人宿の二階に上がり、勇者の部屋をノックした。

「うるせえ!」

 すさんだ勇者の返事にメイザールは肩をすくめ、ドアに向き直る。


「遅れて申し訳ありませんでした。ただいま到着したメイザールです。道すがら魔王の情報を集めてきましたのでご報告をと思いまして」

 しばらく無言の後、「入れ」と勇者の声がした。

 ドアが開けられ、申し訳なさそうに今あわてて服を着たといった様子の女がドアから出てきて、頭を下げてそそくさと走り去る。

 また女かとメイザールは頭を押さえてため息し、それを見て苦笑しながらカイルスも部屋に入る。

「おせえよ、なにやってた!」

 半裸でベッドから起き上がり勇者が二人をにらみつけた。

「おいおい、メイザールを教会に置いてきぼりにしといてそれは無いだろう……」

 カイルスもそれなりに苦労して来たメイザールに助け船を出す。

「で、魔王? いまさらなんだ。居場所でもわかったのか?」


 そこでメイザールは、これまで掴んだ魔王らしき一派の動向を報告する。

 魔王城の最前線、開拓村パーソルに現れた荷車を引くくたびれた中年男と女たち。これがやたら強く、プルートルの領兵団を二人でぶちのめしたこと。

 その領兵団を出したプルートルでギルド倉庫の火事があり、それを火消して救助を行った強力な魔法使いたちがいたこと。それも中年男と大女がいる一団だったこと。

 次には中年男と四人の女たちが荷車を引いて金鉱山の街に現れ、そこで何らかの金稼ぎをして次の街に向かったこと。

 

「それだけ? そんなこと調べるのにお前今までかかってたの?」

「この商業都市に入った時も、門でおかしな話を聞きましたよ。荷車を引いた男とそれに乗った四人の女が通らなかったかと聞くと、門番の一人が覚えていましたね。街道に盗賊たちの死体が転がってて首が次々に運ばれてくるのを不審に思って、それがどうやら荷車を引いた男がやったんじゃないかと。そんな話がまさかあるわけないと、その門番も隊長も信じてなかったようですが」

「……なんで魔王が野盗退治なんかやるんだよ。そいつら、野盗やったって報告したか? 野盗倒したら賞金出るだろ? 金受け取らずにいっちまうとかあるかあ?」

「そんな話は無いんですよね……。結構な稼ぎになるはずなんですけど」

「だったら関係ないだろそいつら」

「申し訳ありません……」

 メイザールは自分でも信じられることではないので、頭を下げるしかなかった。


「領兵団をぶちのめすぐらい強かったってやつとも、同じ奴だと言えるか?」

「そりゃそうですが」

「そいつが魔法使いとか剣士とかってならまだ話は分かるが」

「いえ、棍棒でぶん殴るだけだったようですが、でも次の街では魔法で火事の救助活動を……」

「話にならねえ。あんな外れ街の領兵団ぶちのめすぐらいちょっと腕があれば楽勝でできるだろ」

「いや、それが五十人以上いた領兵団を……」

「火事場の話だってたまたまいた上級ハンター連中で別人だろ。その火事場の男、荷車引いてたのか?」

「いえ、火事の件ではそれは聞いていません」

 ダイルはあきれたようにメイザールに言い聞かせた。


「だいたいどうして魔王がそんな村守るために闘ってやるんだ? 逃げ出すためだったら開拓村の一つも滅ぼして全部略奪して逃げりゃあいいじゃねえか! 火事だってそれ魔王が火つけたってのなら話は分かるが、魔王がそこで火消しとかそんなことやるか? 野盗退治だって、頼まれてもいないのにやることか? お前が言うことは矛盾だらけだよ。自分で言ってておかしいと思わねえ?」

 そう言われてはメイザールも返事に困る。魔王は人間に仇なすもの。そう教えられてきた勇者たちは魔王が人間を助けるなどありえないというイメージに凝り固まっていてどうしても信じられない。


「魔王かどうかは知らねえが、俺もこの街でおかしな話をあちこちで聞いた」

 剣士カイルスも復興作業で現場仕事しながら伝え聞いた噂話を言う。


「嵐の前に教会の尖塔に女神様が現れて、竜巻から街を守ってくれたとか」

「あ?」

「嵐が来るのを予告して街にビラがまかれてたとか、鬼のような大女が貧民街に現れて、嵐で吹き飛んだ屋根や木材に魔法をぶつけて破壊してたとか、運河でおぼれた年寄りが、美人の人魚に助けられて岸に上げてもらったとか……」


 運河の横に立ちつくす老人に声をかけたとき、「わしが嵐の時、船の様子を見に行って風に飛ばされて荒れる運河に落ちてしまっての。そのときえらいべっぴんさんの人魚様に助けられたのじゃ。綺麗な方での、柔らかなおっぱいがまた素晴らしくて……。わしはそのお礼がどうしても言いたくての、こうして毎日運河に寄っておるのじゃが、会えなんだ……」と言って涙ぐむのをカイルスは思い出した。

 しかし人魚とは。海やせいぜい川にぐらいしか出るはずがない人魚がなんで魔王一派に加わって山を越えたりしてるんだ。女神だの鬼女だの人魚だの、絶対それ魔王に関係ないだろとカイルスは自分でも思う。


 ふっとメイザールは手を叩く。

「その飛んだ屋根を魔法で吹き飛ばしていた大女、赤髪で背が高いマッチョなレディーだったのでは!?」

「そうそう、そんな感じ」

「そんな人助けやってる連中、魔王な訳がねえだろ! なんでそんなこともわかんねえんだよお前らは!」

 勇者ダイルが怒鳴り声をあげる。


「確かに……。本来なら勇者パーティーが引き受けなきゃいけないような仕事ばかりです。謝礼を受け取るわけでもなく立ち去ったようですし」

「それだけ実力がありゃあがっぽり金儲けられるだろうが。別人だよ。だいたい勇者パーティーは魔王を倒すためにある。なんで人助けなんかして回らなきゃいけねえんだ。くだらねえ」

「しかし……、そいつらが何者かわからない以上、追ってみる価値はあるかと」


「メイザール」

「はい」

 勇者ダイルは冷たい視線で神官メイザールを見る。

「おまえクビな」

「はあ?」

 突然の勇者の申し出にメイザールは驚いた。


「お前、いつもいつも勇者の仕事だとか言って面倒な仕事ばっかり持ち込んでくる。いいかげんウンザリなんだよ! そんなことは勇者の仕事じゃねえ。勘違いすんな! もう魔王は倒したし魔王は死んだか行方不明。どうでもいいわ! 魔王城は廃墟になった。勇者にパーティーはもう必要ねえんだよ。国王にだってそう言われてクビになったわ。もう勇者は俺一人いれば十分だ!」

「……」

「なんだよその目。俺はお前のその人を馬鹿にしたような目つきがずっと前から気に入らなかったよ。何様なんだよ? 聖人君子様か? そんなくだらねー話持ち込んでまでまだ勇者パーティーやりてえのか? やるんだったらお前一人でやれや。もう出ていけ。俺の取り分を横取りしていくんじゃねーよ!」


「わかりました……」

 神官メイザールは顔を伏せ、あきらめたように首を振る。

 剣士カイルスもさすがにこれは看過できない。


「おい勇者様よう! メイザールがいなかったら防御魔法は? 補助魔法は? 回復は? 頭使う仕事はどうすんだ? 教会からの支援だってなくなるぜ!? 今まで散々役立ってくれてたのにここで放り出すのかよ! それはねえんじゃねえの?」

「必要なくなったから必要ねえって言ってるだけだ。魔王を倒した今、もうあんな奴との戦闘はこの先ねえ。俺一人でかーるく勝てるやつしかもうこの国にはいねえんだよ。防御だの回復だの今後出番があると思うか?」

「そりゃそうだが……。俺も必要ねえってか?」

「お前は俺の言うこときいてりゃいいんだよ!」

 剣士カイルスはさすがにこれには頭にきたが、表情は変えない。元は国の騎士団として、勇者随行の任を解かれるまではそばを離れるわけにいかなかった。


「今までお世話になりました。勇者様の活躍をこれからも期待しています」

 そう言い残してメイザールは扉を開けて出て行った。

「おい!」

 あわててカイルスがその後を追う。


 とにかくカイルスはメイザールを連れて近場の酒場に入って話をした。

「なあ、早まるなって。勇者、今はあんなんだが、この先きっと困って行き詰まる。パーティーの知恵袋のあんたがついててやらなきゃ破滅しちまうぜ?」

「その時はあなたが支えてあげて下さい。元、勇者に私はもう手を貸す理由がありません」

 二人で酒をあおり、復興中の物資が不足した中、酒場の粗末な食事に手をつける。

「どうすんだこれから……。教会に戻るのか?」

「あの魔法も使えて領兵を五十人叩き潰せる荷馬車を引いた連中、どうしても気になります。魔王城が陥落したタイミングと近すぎる。なんとしても会って確認しておかねばならないと思っています」


 メイザールの決意を聞いてカイルスはその中年男、そこまでのやつなのかと思う。

「足取りはつかめているのか?」

「南に向かっていることは間違いありません。魔王城から離れるべく逃走するとすれば誰でもそのルートを選びます。どうせ街道は一度王都に集中しています。王都を避けて進むのか、通り過ぎるのか、それはわかりませんが、急いで追えば追いつけるはず」

 カイルスは首を振る。

「それでも雲をつかむような話だな」

「荷車を引いているんですよ? 絶対に街道を通るに決まっているんだから簡単に追いつけますし、山や森に逃げ込んだりはしませんよ」


 メイザールは首に下げたペンダントを頭をくぐらせて、カイルスに渡す。

「なんだ?」

「まあ連絡用と言いますか、私の生存証明と言いますか」

「これで? これでお前と連絡できんの?」

「いえ」

 カイルスの手のペンダントの宝玉を指さして言う。

「私が死ねば、この赤い宝玉の色が黒に変わります。それだけですね」

「おいおいおい! お前一人で魔王と戦うつもりなのかよ!」

「まあ必要があればそうなることもあるでしょう」

「危険だろ!」


 メイザールは手をふって苦笑する。

「魔王との戦闘は何回も同行しました。楽勝ですよあの程度。奴の魔法は私の防御結界で全部無傷で防げますし、他の魔物同様、私の聖魔法で簡単に消し去ることができます。消すとレベル上げにならないって、今までやってませんでしたけど」

「勇者もそう言って怒ってたな。パーティー組んで最初にお前が魔物を消した時の話だが……」

「教会の命令もあって魔王は殺すわけにもいかず、勇者様に花を持たせるために魔王戦で私は攻撃に参加していませんでしたけどね。別に怖い相手ってわけじゃないんです」

「……まあ確かにアイツは俺でも簡単に勝てるけどよ……」

 いかに魔王が見下されているかが分かる勇者パーティーの会話である。


「あなたがそれを持っていてくれたら、私にはあなたたちの居場所がわかりますので、また合流できることもあるでしょう。持っていてもらいたいのはむしろそっちのためです」

「なんだよ、お目付け役かい……。楽勝っつったって、俺ら三人でかかればの話だ。お前一人でも楽勝ってのは、いくらなんでも魔王をバカにし過ぎだと思うねえ」

「御心配には及びません。私がバカにしているのは勇者殿です。あんな奴でも勝てる魔王など、私の敵じゃあありませんね」


 ニヤリと黒く笑うメイザールに、こいつ今までこの本性を隠していたのかと背筋が寒くなる思いがするカイルス。

「……そうすると俺はお前よりもっと弱いってことにならね? いや、異議は無いが」

「私と一緒にいて痛い思いをした事がありますか?」

「……言われてみりゃあ一度もねえな」

 メイザールの張る防御結界は完璧だ。それは最前列で闘う剣士の自分が一番よく知っていることだ。こいつ、完全に実力を隠していやがったなと今更ながら震えが来る。


「とにかく私は奴らを追います。先に行かせていただきますよ」




次回「35.魔王、神官と闘う」

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[気になる点] 勇者は自分で勇者の存在意義を否定している事に気付いてるんだか気付いていて認めたく無いんだか… なんだか残念というか、もはやかわいそう。
[良い点] 僧侶ボコられ回楽しみだなぁ
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