25.魔王、御前会議を開く
「まずこれだ。聖剣。初代『真の』勇者、シャリーテスが魔王城から奪還したものだと聖書にも書かれている」
大部屋の中央のテーブルを囲み、魔王が聖書を広げる。工房都市のエディスンで購入しておいたものだ。忙しくて、というかどうせ腹が立つことしか書いてないだろうと読むのを敬遠していた。
「当時の魔王が所有していた魔剣とかなんでしょうかね」
「ベル、当時の勢力差でそんなもの、人間の女が魔王から簡単に奪えると思うか?」
サーパスとスワンはうんうんと納得顔である。
「『処女受胎』ってのがまず怪しすぎますわ。どうせその時の魔王に取り入ってうまいこと閨で盗み出したに決まってますわ」
「シャリーテス像、やたら美人でグラマーだったもんねえ。とんだビッチな勇者様もいたもんだね」
「ああ、こんな女に当時の魔王がやられたとは思えん。『一人魔王城に潜入して魔王の首を討ち取り、聖剣を奪還した』とのこの下り、かなり怪しいと思わなければ」
「っていうかよく信じたねえ人間は、その話」
「千年も昔のことだとそういうこともあるだろうさファリア……。当時の王か、教会か、何かの勢力争いで都合よく利用されでもしたんだろう」
「魔王様も、剣を使っていましたよね」とベルが聞く。
「ああ、ずいぶん昔に負けた時に持って帰られてしまったから、もう魔王城にはたいした剣は残ってないが」
「自分で剣に魔法をかけていましたよね」
「……まあな。折れたら困るから武器強化ぐらいだから大した魔法ではない。戦闘の時にまとわせるのでザコ兵士の剣と何も変わらんよ。あんなのは別に盗まれて困るようなものではないさ」
ふーむとベルが考え込む。
「私、魔王城のシステム管理していて気が付いたんですけど、昔、魔王城の地脈エネルギーが豊富で魔力にあふれていた時は、魔王城の魔力エネルギーで剣を精製していたはずなんです。魔剣です。ほら今はもう使ってない魔高炉がありましたよね」
「ああ、あったなそんなの」
「あそこで精製された魔具は魔力を帯びるんです。地脈エネルギーを使った炉ですから、魔界最強の剣になります。当時の魔王が魔族や魔物を統べるために作らせたものですから、魔法技術も練りこまれて魔族や魔物にはめっぽう強い無敵の剣になったはずですね」
「あー、それなら聖剣で魔物を絶滅させるほど勇者が暴れられる理由になるな!」
「だったら魔王様もイチコロじゃないの?」
ファリアの言葉にスワンが首をかしげる。
「魔王の剣で魔王は斬れないようにぐらいはしておくでしょう。付加した魔法の安全装置ですね」
「……それで勇者、なにやっても魔王様の首は斬れなかったんですのね」
「いや確かに斬られはしなかったが、あの馬鹿力でぶん殴られてみろサーパス。いくら魔王でも死にかけるわ!」
「魔物や魔族ならなんでも斬れる最高の対魔族兵器。それを過信して魔王様だけ斬れないことに疑問も持たず、『魔王は不死の存在』ってことにされちゃったのかもしれません」
ベル、なかなかの名推理である。
「俺だって歳とりゃ死ぬけどな。そこは先代魔王と変わらんさ」
「いやいやいやいや、魔王様って実際、マジで不死身だけどね。ホントなにやっても死なないし」
「ファリア、お前相当やらかしてきたからな。俺、お前のせいで本当に死ぬかと思ったこと何度もあるからな?」
「ごめん。アレはごめん。もう許してよ魔王様……」
「なにがあったのよ……」
「なにがあったんですの……」
「いいから忘れろ」
ファリアに稽古をつけてやった時のことを思い出して不機嫌になる魔王である。こっちは手加減してやってたのに調子に乗って……、いや、それはもういい。
「で、その聖剣は今でも折れず、朽ちず、当時の強さのまま、今も勇者の手にあるということになるか」
「それはわかりませんねえ」
そう言ってベルがニヤリと笑う。
「魔王城を出るときに、魔王様の命令で城のシステムを全部ダウンさせてきました。今後人間に利用されることも無いように、地脈も完全に遮断してゲートも破壊しました。今魔王城はエネルギー供給が完全にゼロになった、本当にただの廃墟なんです」
「当然の措置だ。しかし、それがどうした」
「世界中に散らばった、魔王城や魔族から持ち去られた魔具、魔剣のたぐいも、その魔力を維持できず、だんだん無力化するかもしれません」
「えええええ!」
「それいい手じゃないの! なんで今まで使わなかったの!」
「それ最初にやっておけば勇者にだって勝てたかもしれないでしょうに!」
四天王一同、驚愕である。
「いや、それは俺が止めたんだ。そんなことで勝てるほど勇者は甘くない。力の差が決定的なぐらい魔王と勇者の実力差は広がってしまっている。そんなことより魔王城の防衛、監視システムが止まってしまうことのほうがはるかにダメージだ。枯渇しているとはいえ、一度地脈を切ってしまうと二度と復活できなくなるからな。第一、それをやってしまっては魔王城でポットのお湯一つ沸かせない。お前たちの生活にも支障が出てたぞ」
「魔王様……」
「魔王様、わたしたちのことを想って……」
全員、ガックリである。
魔王が勇者に負けっぱなしだったのは、結局、自分たちが足かせになっていたのではないか、そんな気がした。
「それはもう良い」
あっさりと魔王が話を切り上げる。
「でも、本当に聖剣が元々魔王の佩刀の魔剣で、散逸した魔具もすべて無力化されるなら、今後勇者にも魔王様、勝てる可能性が出てきたんじゃないですか?」
「いまさらだベル。俺にはもうそんな野心は無い。みんなどうだ。ここまでの旅で多くの人間に触れてきただろう。悪い者もいるが、良い者のほうがずっと多かった。こうしておいしいお茶もお菓子も作ってくれる。今更人間に復讐して滅ぼしたいか?」
「……いえ」
「……」
「人間を助けて、よかったと思ったことは? それぞれが願う小さな幸せを、守ってやれて満足したことは無かったか? 人間の優しさ、人間の賢さに触れて、感謝したり尊敬の念を持ったことは無かったか。どうだ?」
「あったよ……」
そう言ってファリアが頷く。
「……勇者のことはたしかに悔しいけど、相手にしなけりゃいい話だしねえ」
四天王、納得の結論である。
「それよりもさあ、ひとつ気になってることがあるんだけど」
「うん?」
「そのシャリーテスってやつ、なんで女神なの?」
スワンの疑問ももっともだ。
「最初に魔王を倒したことで聖女扱いされて神格化されたということになるか」
「でもさあちゃっかり魔王に子種をもらってるよね、明らかに」
「その後生まれた子供も、子孫も、勇者としてめちゃめちゃ強くなっちゃってますもんね。明らかにおかしいって言うか、魔族の血入っているとしてもおかしくありませんよね勇者って」
ベルも頷く。
「……わたしも魔王様の子種が欲しいですわ……」
サーパスのつぶやきを全員無視する。
「こほん、さて聖書によれば、勇者の力は一子相伝、その資質はたった一人にしか現れない。よって世界に勇者は必ず一人、ということになっているようだな」
「なるほど、いくらヤッても勇者は一人しか生まれないのね! さすがは雑種」
「そりゃあよかった。あんな野蛮なのが子孫を増やしていっぱいいたら大変なことになってたよ」
スワンとファリアの毒舌にベルももっともだと言う顔で言う。
「大変なことにはもうなってますよ。勇者ってのはたいてい女に手を出すのが早くてヤリ捨てですから、教会に赤ん坊を抱えた女の列ができてますってば」
「教会で? なんで教会で?」
「教会で見れば勇者の資質を受け継いでいるかどうかはわかるそうで」
「勇者は女の面倒見ないのかしら?」
「見ませんね。子種を欲しがって勇者と寝る女はいくらでもいます。キリがありません。別の男との子を勇者の子だという虚偽申請も多いので女のほうは自己責任です。宝くじみたいなもんですね。いや、『子宝くじ』か。ハズレだったら悲惨ですよ? ていのいい父無し子です」
「なんたるハーレム……最低ですわ」
サーパスが憤るが、(私らがそれ言えるか)と、今最低な貧乏ハーレムの四天王全員が心の中でツッコんだ。
さっさと魔王に正妻を決めてもらえればすっきりするというものであるが、魔王はそんなことは四天王には求めない。家族のように接しながらも公私はしっかり分ける魔王なのだ。
「……勇者には寿命がある。そこは人間と同じだ。結局勇者が子を成さず死んでしまえば一番いいが」
「私たち長生きだもんねえ、勇者が死ぬまでの我慢かしらね」とスワン。
「このまま子孫が途絶えてしまえば魔族だって同じですよ。魔王様も少しは励んでもらえませんかねえ」
ベルいいこと言った! いいこと言ったよベル! という目で四天王がいっせいに魔王を見る!
「勇者の系統を絶つ、か……」
魔王が考え込む。
「勇者の子供とやらを皆殺しに」 物騒なベル。
「アレを切り落とすか」 直接的過ぎるファリア。
「勇者を不能にしてやる魔法とか?」 無慈悲なスワン。
「勇者が殿方にしか興味が持てないようにするなんてどうかしら?」 腐るサーパス。
「…………」 居眠りしてるマッディー。
「そんな魔法あるか。まあ、魔王がついに倒されたと今教会は騒いでいる。勇者はこれで失業だ。魔族も魔物もほとんど滅んだ今、もう勇者たちがレベルアップする方法も無い。急に女にモテなくなるってのはあるかもしれん。どうでもいい、時々は情報を集めながら、放っておこう」
「そうしたら、私たちも魔王様と子作りできますわね!」
「……世が真に平和になって、我らに安住の地でも見つかればな……」
サーパスの言葉に、魔王が遠い目をする。
……そういうことだったのか。それで魔王様は今まで……。
なんだか切なくて、泣きたくなってしまう四天王たちであった……。
次回「26.魔王を追う者たち」




