22.魔王、とぼける
魔法の研究で徹夜して眠いらしいスワンをサーパスとマッディーの足元に毛布を重ねて寝かせてやって、新しく取り付けたサスペンションに柔らかく揺られて魔王の荷車は街道を進む。横を歩くのはファリアである。目的地の商業都市タートランは商人が集まるにぎやかで景気のいい街らしく、街道の途中途中で野盗が出るが、片っ端から始末して何事も無かったかのように荷車は進む。
街道ですれ違う普通の商人たちの馬車はちゃんと護衛を従えていてなかなか手ごわそうだ。そういう馬車隊には野盗たちも手を出さないのだろう。それに対していかにもチョロそうなカモネギが魔王の荷車ということになるのだろうか。護衛に反撃されたり、馬車に全力疾走で逃げられたりするのに比べれば、さえない中年男が引く美女付きの荷車など簡単に襲えそうに見えるわけだ。
魔王たちにしてみれば野盗のほうがカモネギかもしれない。懐を探ればけっこう金を持っていることもある……。
逆らう奴は殺す野蛮な野盗たち。減らしておくのも人助け、人命救助になるだろう。コツコツやっていこうと魔王は思う。塵も積もれば山なわけで、そのチリである野盗たちの死体がゴロゴロと、魔王の荷車が進む道に転がることになるのだが。
街も近くなってくると、今度は野盗に襲われてまさに今チャンバラ中の商人の馬車隊がいた。野盗たちと、護衛の者たちが剣を打ち合い、斬り合っている。白熱する攻防戦はほぼ、互角のようだ。普通は避けるだろう護衛付きの荷馬車隊を襲うとは、ずいぶん大きな盗賊団である。
面倒なので特に足を止めることも無く、その修羅場をきわめる戦闘の横を何事もないかのように通り過ぎる魔王たち。それだけでバタバタと野盗たちが倒れていく。
野盗は汚い。それに臭い。どっちが護衛でどっちが野盗か、そこは見間違えるわけがない。魔王の電撃やファリアのファイアボールに人体発火は見た目が派手なのでそれは使わず、もっぱらサーパスとマッディーにスワンが荷車の中から即死魔法を展開しているわけだ。容赦ない……。
転がる野盗の死体をよけながら馬車隊の横を通り過ぎようとする荷車の男とでっかい赤髪の女。それをたった今戦闘していた男たちが口をぽかんと開けて呆然と見送る。
「まて! 待ってくれ!」
あわてて馬車隊から身なりの良い男が降りてきて追いかけてくる。
「い、い、今、こいつらをやっつけたのはあんたたちかい!」
「……そんなわけありませんよ。皆さん忙しそうだったので、私らはただ横を通らせてもらっただけですし」
「こっちがそんなわけあるかだ! だいたいあんたたち護衛も無しでここまで来てるってことがもう、野盗どもをやっつけながら来てるってことになるんじゃないか?」
……言われてみればそうかと思う。自分以外は女ばかりの荷車の旅人、こう街道に野盗が出るのでは不自然すぎるのは認めなければなるまい。
「さあ、こちらに来るまでに野盗の死体がゴロゴロしているのは見ましたが……。あれ、あなたたちがやってくれたんじゃないんですか?」
そうとぼけると、護衛の者たちがぶんぶんと首を振る。覚えが無いのだ。
見た通り魔王たちとこの商隊は方向が同じ、商業都市タートランに向かっているわけなので、なかなかうまい言い訳……と魔王は自分では思ったのが、そういうわけにもいかないようだ。
「先行していた誰かが倒してくれたものだとばっかり思っていましたけどね。そんなお強い方たちなら横を通らせてもらっても大丈夫かと思いまして」
「……いや普通は前で野盗とやりあってるのを見たら逃げるか、隠れるかするだろう。護衛も無しならなおさらだ。アンタたち実は腕が立つんじゃないのか?」
「買いかぶりです。先を急ぎますので失礼」
そう言い捨ててガラガラと荷車を引く魔王。
商隊としてはすぐにでも魔王一家を追いたいところであるが、彼らは野盗どもの死体の後始末があるので今はその場は離れられない。野盗に襲われてそれを撃退したとなれば後で報告しなきゃならないことが山ほどある。
「……君、あいつらを尾行してくれないか。いくらなんでも怪しすぎる。妙なことやってないか見逃さないで報告してくれたまえ」
先ほどの商隊の男が護衛のリーダーに命令すると、護衛隊の一人がこっそり魔王たちの荷車を追いはじめた。
……野盗の始末が終わって進んだ商隊が、街道上で大の字になって寝ている男を見つけたのはその後のこと。どうしたのか聞かれても、「いや! 俺寝てた? いやありえないんだけど!」としか答えられない。体にケガや打撲があるわけでもなく、殴られて昏倒したわけでもない。
もちろん、人間には見えてない、妖精メイドのベルの睡眠魔法である。
城塞都市の周りに、都市への食糧供給に農村が広がる光景はどこの街でも同じだ。ここまで来ればさすがにもう野盗強盗物盗りの心配も無いだろう。
「魔王様ってなにげに言い訳うまいよね。ウソが上手というかさあ」
ファリアにそんなこと褒められても、魔王としては自慢になることじゃない。
「魔王らしいとは言えないがな」
「あら、私はいつも感心しておりますわよ」
サーパスはそう言うが、いろいろ面倒な気がするのは確かである。
「今度あんなことがあったら、後ろで眺めてて事が収まるのを待つとするかい?」
「いやファリア、それだと護衛の連中が負けるかもしれないだろ」
「ベルに飛んでってもらって、片っ端から睡眠かければいいんじゃないの?」
「あんな大勢、一度に面倒見切れませんってば!」
スワンの怠けた発言にベルが抗議する。
「スワン、ベルに睡眠魔法教えてもらったらどうだ。お前だったら風の魔法も使ってかなり遠距離の相手まで眠らせることができるようになるんじゃないか?」
うーんとスワンが考え込んで微笑む。
「それ、いいわねえ。私も出番が増えるし、なにもいちいち殺さなくてもいい場合も今後いっぱいあると思うしね」
確かに即死魔法が便利すぎて使い過ぎていたきらいはある。ベルは混乱、睡眠、認識阻害と様々な状態異常魔法のエキスパートでもある。魔力が小さいので一人や二人を相手にするのがせいぜいなのだが、魔王城にいた時は莫大な魔王城の魔力を動員して、城そのものを巨大兵器にして人間の軍団から城を防衛していた。まだ魔王城に地脈のエネルギーが豊富に湧き出ていた昔の話だが……。
「私の存在意義がどんどん……」
「なによういつも怠けて遊びたがっているくせに。仕事減らしたかったら、ケチケチしないで教えなさいよ」
「わかった、わかりましたよう! えーとですね、人間が、いやみなさんもそうですけど眠くなるって言うのはですね、体内時計がコントロールしていまして、夜眠くなるのもそのせいなんですが、要するにその体内時計の時間をずらしてやるのが睡眠魔法の要となってまして……」
種を明かせば案外簡単な魔法なようで、タートランの正門につくころには、ファリア以外全員ができるようになっていた。
実験台にされたファリアは荷車でガーガーいびきをかいており、全員が歩き。サーパスの車椅子をスワンが押す羽目になったのだが。
商業都市、タートランは驚くべきことに入領は無税である。莫大な資材、商品、交易品が持ち込まれるここでは、そんなこといちいちチェックして関税をかけるなどとてもやってられない。列を待つ商人たちの街がもう一つ外にできてしまう。そんなことよりもじゃんじゃん商売をしてもらってその金を領に落としてもらったほうがいいし、無税とすることでより多くの商人たちを呼び込めるというものらしい。
好景気が続いているので人手不足でもあり、新しく入ってくるものも拒まない。一人で荷車を引いてくるような屈強な魔王や、若くてきれいな娘さんたちである四天王はぜひ街で働いてもらいたい人材ということらしい。ウエイトレスでも娼婦でも、彼女たちがいてくれるだけで街が潤うと言うもの、若くて綺麗な女性は貴重だ。そのため、入領チェックは犯罪歴があるかどうかだけ。武器の持ち込みは禁止と、それぐらいだった。
犯罪歴は、前科があるものは手の甲に入れ墨をされるらしく、それを見るだけだ。そんなものが入っている者は入領禁止、追い返される。
短期滞在の者は税関に武器預けの店があり、そこに金を払って預けておけばよい。もちろん商人はライセンスを見せるから、武器商人も出入りできるし、ハンターや護衛職も資格がちゃんとあるわけでそこは区別されている。
なぜか武器というやつを全く持っていない魔王一家は、「仕事を探しに来た平民」というところで、簡単な質疑だけで荷車を調べられることも無くフリーパスである。無造作に載せられたテントの支柱の丸棒が、実は恐るべき武器であることはわかるやつがいるわけないが……。
さて魔王一家の財政状況であるが、ここまでいろいろタダにしてもらったり、安くしてもらったりしていても、贅沢を覚え舌が肥えた四天王のおかげで今まで金貨二百枚ぐらい消費している。マッディーのルビー・サファイアに期待してしまう所だ。
「俺が夜までには宿を探しておく。みんなはそれまで自由行動だ。初日なので小遣いは一人銀貨十二枚。金貨一枚じゃ使いにくいからな」
「はーい」
「別に遊んで回ってても構わんが、市内の情報収集にも努めてくれ。情報は何でもいい。役に立つと思うことがあればなんでもだ。あと欲しいもの、役立つものがあって金が足りなかったら後で買ってやる。よく考えて選ぶように」
「わかったー」
「なにかあったらベルを呼んで連絡して」
「えーえーえー」
これはベルが抗議する。まあこのメンバーが物盗りに遭ったり、誘拐されたりなんて心配はまるでする必要は無いのだが。
「……まあそれも何だな。ベルは買い物ができないから、俺がなんでも買ってやるよ……。欲しいものがあったらあとで教えてくれ。金額は気にするな」
「はい! 楽しみにしてますよそれ!」
ま、身長二十五センチのベルの欲しい物なんてたかが知れてると言う物である。
「魔王様とデートしたいですわ……」
「私も」
「アタシも」
「……うん」
「今日俺が回る所はつまらないぞ? 本当に商売と情報収集しかしないからな」
「魔王様が商売?」
「うまくいくのお? それ?」
「やかましいわ」
サーパスとスワンに魔王がムキになって言い返す。
「せっかくマッディーが集めてくれた宝石だ。慎重にやるさ」
そして、スワンがサーパスの車椅子を押し、ファリアはマッディーをひょいと肩車して、まるでお祭りのように賑やかな街路を歩き出した。
城壁の正門では大騒ぎになっている。
衛兵の詰所に盗賊団の首が次々に持ち込まれるのだ。手配されてない新手の者から、この近郊に根付いてなかなか捕まらない有名な盗賊団の首領まで。その数、四十以上!
「いやいやいやいや……一網打尽じゃないか。いったい何があったんだ」
呼ばれてきた衛兵団長が首をひねる。
「野盗には賞金が出ますんでね、見つけた奴が首を持ってくるんです。そんなことできそうにないアホまで持ってきますんで問い詰めたんですが、街道に死体が転がってたそうで」
「こんなことが一日でできる奴がいるとは思えんが」
「ミルズ隊の話では、このバーン盗賊団と戦闘している時に、横を荷車を引いた男が通りがかったとたんに盗賊団がバタバタと倒れたそうで」
「荷車を引いた男?」
「はい、女連れで、娘と子供を乗せて、チャンバラしてる横を平然と歩いて行ったと」
「んなアホな」
「ミルズ!!」
呼ばれてきた護衛のリーダーが衛兵隊長に駆け寄る。
「ミルズ、その、お前が見た荷車を引いた男って、一人なのか?」
「女連れでしたが、男は一人でして」
「どんな男だ?」
「別に普通のおっさんです。平民風の、貧乏そうな」
「馬車じゃなくて、荷車を引いて?」
「荷車です」
「商人でもなく、ハンターでもなく、騎士でもなく?」
「ええ」
「お前らも商人の連中もそいつを見て、それが誰だかわからなかったと」
「はあ」
名の知れた奴や、それなりに実力があるなら見りゃあわかりそうなもんだと団長は考える。
「魔法を使った形跡は?」
「そんなの分かるわけありませんよ」
「なんかそれらしいことをしてた様子は?」
「なにも」
「詠唱したり、杖を振ったり、火の玉出したり……」
「なんにも。ホントに横を通り過ぎただけでして」
「……」
「…………」
「………………」
ミルズと衛兵と衛兵団長が顔を見合わせる。
「だったら関係ないだろ」
次回「23.魔王、商売を学ぶ」




