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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
地の章

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11

 グランが明言したように、翌朝にはアルマの熱は綺麗に下がっていた。

「ええと、ペルル。もう、寝ていなくて大丈夫だと思うのですが」

「いけません」

 おずおずと提案してみるが、一言で却下をくらう。

 この朝、ペルルがプリムラを伴ってアルマの寝室を訪れたのは、本当に夜明け直後だった。彼が目覚めたのはそれからしばらく経ってからで、状況を把握するのにかなり手間取っている。

 現在は少々身体がだるいものの、特に具合は悪くない。そのだるさも、このまま寝台に縛りつけられていては、もっと酷くなりそうだ。

 しかし、ペルルは珍しく頑固に、彼を寝台から出そうとしない。溜め息をついて、アルマは頭を枕に沈みこませた。別の方向からアプローチを試みる。

「ペルルは、人の体調が悪いのを判別できるのでしょう? だったら、俺がもう大丈夫だということぐらいは判るんじゃないですか」

 だが、その言葉に水竜王の姫巫女は困ったような表情を浮かべた。

「ええ、でも、そう簡単なことではないのです。例えば、どこか怪我をしている、というのはすぐに判ります。その部分だけが、身体の他の部分とは全然違うように見えるので。ですが、熱が高いとか病気になっているとか、あと、ご老人のような場合ですね、そのように、身体が全体的に不調だ、というのは、判り辛いところがあるのです。高位の巫子が、怪我の治癒は比較的簡単に行えても、病気の治療は難しい、というのに似ています。尤も、ある一箇所が不調だという病気であれば、まだ判りやすいのですが」

「へぇ」

 アルマは、今まで病気をした覚えがない。風邪すら引いた記憶もなく、グランに治療されたこともなかった。

「じゃあ、プリムラと俺を比べてみたら?」

 半ば好奇心で尋ねる。ペルルは小さく苦笑した

「アルマとプリムラは、別の身体ですからね。比べても、あまり意味はありません。比べるなら、昨夜の貴方と今の貴方でないと。……でも、そうですね、あの時に比べれば遥かによくなっているようです」

「ああ、それじゃ……」

「でも、駄目です。少なくとも今日いっぱいは安静にしていてください」

 助けを求めるようにプリムラに視線を向けるが、責任感の強い彼女は完全にそれを無視した。


 その部屋の扉が叩かれたのは、午後を回った辺りである。

「はぁい」

 おそらく、食事を持ってきてくれたのだろう。身軽に、プリムラが扉に駆け寄った。

 だが。

「……え」

 しかし、その向こう側に立つ相手に、少女は小さく声を漏らした。




 グランとオーリは、昼食も摂らずに地下の金庫の前にいた。

「何とかして開けたいものだけどね」

 しかし、扉を眺めているだけでそれが開く訳もない。

「最後の手段として、熔かしてみるか」

 グランが物騒な口調で呟いた。

「やめてくれよ。中身が全部消し炭になってしまう」

 少しばかりうんざりしたように、オーリが返した。

 鍵がない状態で金庫を開けようとするには手段が限られていて、そしてその全てに打つ手がない。

 そのうち諦めないといけないのだろうと思いつつ、彼らは未練を引き摺っていた。

 と、彼らの背後、扉の向こう側がざわざわと騒がしくなる。

「グラン? ノウマード? ここにいるか?」

 扉が開く音と共に、聞き慣れた少年の声が届いた。

「今日一日は休んでおけと伝えておいた筈だが……」

 幼い巫子が視線を向けながら皮肉を言いかけて、そのまま凍りつく。隣でオーリもぽかんと口を開けていた。

 扉を開けて入ってきたのは、アルマとペルル、そしてプリムラ。彼らの更に後ろには、上で昼食を摂っていた筈の竜王兵や親衛隊がざわめきながらついてきている。そして、その間に所在なげに立っているのは、金髪の長身の男だった。

「……金庫破りをやらなきゃいけない、って聞いてよ」

 僅かに視線を逸らせ、男が呟く。

「これは、火竜王宮の宝物庫よりも手強そうだぞ、クセロ」

 薄く笑みを浮かべ、グランが場所を空けた。

「そいつは、ちったぁやりがいがありそうだな」

 ごきん、と指の関節を鳴らして、クセロは巨大な金庫に歩み寄った。



「一体どうやって彼を引っ張り出してきたんだ?」

 部屋の扉近くまで下がり、オーリが小声で尋ねる。

「実のところ、引っ張り出した訳じゃないんだ。クセロが食事をくすねに厨房に行ったら、そこで俺とペルルが倒れたって話を聞いて、それで様子を見に来たんだよ」

 彼らの食事を運ぶのを手伝いがてら、見舞いに来たのだ。そして、そのまま一緒に昼食を摂った。尤も、船室には小さな卓と二脚の椅子しかない。アルマは寝台で、クセロは床に座っての食事となった。

「で、何となく近況を話してて。執政所のでかい金庫がどうしても開かない、って話したら、行ってみたいって言うからさ」

 ペルルやプリムラがついてきたのは、最後までアルマが外出することを反対していたからである。だが、今船にいる他の者は執政所の場所を知らない。これで彼らの使命が進展するかもしれない、と説得し、彼女たちも一緒であれば、ということでようやく許可が出た。

「すぐに、行ってみたいって言ったのか? 考えこむとか迷うとかいう素振りは一切なしで?」

「ああ」

 どうしてそんなことを訊くのか、腑に落ちないまま頷く。オーリは胡乱な視線をグランに向けた。

「あいつは心配ないと言っただろう」

 素知らぬ顔で、グランが告げる。

 話題の男は、金庫の扉に触らないようにして、慎重に()めつ(すが)めつしていた。やがて、大きく息をつくと共に、短い金髪を乱暴に掻き乱す。

「難しいのか?」

 グランが歩み寄りながら尋ねた。仲間たちも、何となくそれに続く。

「鍵自体は、さほどでもない。幾つかは偽物だ。鍵穴の形だけを空けてある。ただ、これはからくり仕掛けになってるな。下手にいじると、鍵では開かなくなっちまう」

「確かか?」

 真面目な顔でクセロが頷いた。

「親方に、昔聞いたことがある。親方でも一度しか見たことはないそうだ。まあ骨董品だったって言うしな。これは、実際使われていたんだろう。本物の鍵穴の周りに、傷が多い」

「単純に骨董品なら、地下に隠しておかないだろうしね」

 オーリが補足した。

「普段から使っていたなら、頻繁にからくりを使っていたはずだ。そんなに複雑な動きが必要な訳じゃねぇ。うっかり間違えたら開かなくなるなんて、使い勝手が悪すぎる」

 ぶつぶつとクセロが呟く。

 マントをはね上げ、上着の上に巻いていたベルトを外す。その裏面の縫い目から、細く長い針のようなものを取り出した。無造作にそれを口に咥えると、次に隠しを探る。小さな銅板と、ちびた蝋燭が取り出された。それを地面に置いて、慎重に、火口(ほくち)に火を点け始める。

「灯りがいるなら出すぜ?」

 既に、部屋全体を照らすのに十分な光球は最初にこの部屋に来た日に作り出している。追加が要るのか、とアルマが訊くが、首尾よく火を点けたクセロがひらりと手を振った。

「必要な光量ってのがあるんだよ。……で、いつまでそんな大勢でいるんだ? 見せ物じゃないんだぜ」

 ちらりと背後に視線を流して、皮肉げに言う。肩を竦め、オーリが踵を返した。

「はいはい。じゃあみんな、仕事に戻ろうか。アルマたちを残していくから、何かあったら使ってくれよ」

「見せ物じゃねぇって……」

「勿論彼らは病み上がりだし、私たちの仕事を手伝って貰う訳にはいかないからね。具合が悪いようだったら、早く帰って横になっていればいい」

 クセロの抗議を、あっさりと遮る。

「俺はもう平気だよ」

 憮然としてアルマが主張した。

「そう。じゃあまあ頼むよ。行こうか、グラン」

 さっさと配置を済ませ、オーリは部下たちを追い立てながら扉をくぐった。無言で、グランも後を追う。

「……うやむやにしやがった……」

 呆れた顔で、クセロが呟く。とりあえず邪魔にならないように、アルマたちは部屋の隅に腰を下ろした。

 盗賊は銅板に火の点いた蝋燭を乗せ、じっくりと金庫の扉をまるで舐めるように見ている。

「んー。三百年前の手脂とかは流石にもう判んねぇか……」

 指先に挟んでいた針を、蝋燭の炎の中にくぐらせる。そしてそれで、扉に貼られた金属板の縁をなぞり始めた。一枚ずつ、丁寧に。

 集中するその姿は、既にアルマたちを気にしているようではない。

 手持ち無沙汰な気分で、彼らはそれを眺めつつ小声で話し合っていた。



 数時間が経ったと思われる頃、再び巫子たちが顔を出す。

「どうだ?」

 性急にグランが尋ねた。

「もうちょい、だ。かなり絞りこめた」

 背後に視線も向けずに、クセロは答える。

「結構時間がかかるものなんだな」

 オーリが意外だというように呟いた。

「押し込みの八割は情報が重要だ。どんな備えをしてるか、どうやって金目のものを保管してるかは前もって調べておくべきだからな。こう、突発的に金庫を開けるなんてのは、いい仕事じゃない」

 少しばかりむっとして、クセロが応じた。

「情報が入ってこなかったら?」

 好奇心でアルマが尋ねる。どう考えても、火竜王宮は情報が流出しそうにない。

「知っていそうな奴を捕まえて、締め上げるのさ」

 無造作に言うと、金髪の男は中腰になっていた背を伸ばした。流石に疲れたのか、腕や首を回し始める。

「そりゃそうと、この中に何が入ってそうなんだ? 必要なのは書類だって話だけど、それだけじゃねぇだろ。金貨だとか宝石だとかはあるのかね」

 世俗的な欲望を全面に出されて、オーリが苦笑する。

「金貨はあるだろうけど、宝石は無理じゃないかな。ここは執政所で、貴族の屋敷じゃない」

「充分だ」

 にやりと笑んで、男は金庫に向き直った。その背中に、更に風竜王の巫子は話しかける。

「それに、金貨に今どれぐらいの価値があるかは判らないよ。貨幣としての価値を保障していた国家がもう滅んでいるから。後は純粋に金属としての価値と、学術的な価値ぐらいかな。でも、三百年前にはかなりの数がイグニシアやカタラクタに流通していただろうし、珍しくはなさそうだ」

 視線を向けられて、アルマが頷く。

「ああ。そんなに希少って訳じゃない。研究者のところには、それぞれ何枚かあったりするみたいだ」

「まあいいさ。(きん)としてだけでも、上等だ」

 クセロが鼻歌を歌いだしそうなほど上機嫌になって、作業を再開する。

 オーリは、呆れた視線をグランへと向けた。

「君は本当に彼を地竜王の巫子に推すつもりなのか?」

「人生に意外性は大切だ。何より退屈しないしな」



「……よし」

 やがて、小さくクセロが呟く。

「プリムラ!」

 呼びつけられて、少しばかり退屈そうだった少女がぱっと立ち上がった。小走りに、クセロの傍に行く。

「この、花びらの黄色い部分だ。右から三つ目の。それを、ゆっくりと押せ。俺が合図をしたら、そこで止めて、いいと言うまで離すな」

 プリムラの背丈に比べると、示された場所はやや高い。緊張したように少女が頷く。

 クセロが身を屈め、金庫の扉に金属で貼られた花弁の意匠のすぐ横に耳を押しつけた。

「いいぞ。始めろ」

 プリムラが掌を扉に押しつけ、できる限り他の動きが伝わらないようにしながら押しこんでいく。三百年放っておいて、錆ついているのか、歪みが生じているのか、それは嫌な軋みを発した。

「……止めろ」

 何を聞きつけたのか、鋭くクセロが静止する。

 プリムラが動きを止めたと同時、身を起こしたクセロが腰の後ろから針金の束を取り出した。先だって使っていた針よりは勿論太いが、しかし充分に細い。

 鍵穴の一つに取りつくと、先端が山形に曲げられた針金を一本、ゆっくりと差しこんでいく。数ミリずつ差し入れては左右に動くかどうか計っているようだ。

 やがてその針金を抜き出すと、今度は山形の一方にも張り出しがついた針金を同様に差しこんだ。じっくりと動かすその様子に、見ている方が息を詰めている。

 プリムラの腕が保たないのではないか、と思えてきた頃に、ようやくクセロは身を起こした。数本の針金を組み合わせてから軟鉄でぐるぐると縛り、一つの鍵を作り上げる。

 小さく吐息を漏らして、金髪の男はそれを鍵穴に差しこんだ。無造作に、がちゃりと回す。

「もういいぞ。ご苦労さん」

 プリムラに声をかける。明るく微笑んで扉から手を離した少女の頭を、軽く撫でた。

 そして、扉の取っ手を握ると、力を籠めて引く。

「……重い、な」

 慌ててアルマが駆け寄った。大の男が二人でも持てるほどの大きさの取っ手に、横から手をかける。

 二人で引いて、ようやく鈍く軋みながら扉が開く。

「やった……!」

 オーリが小さく叫ぶ。

「灯りだ、アルマ」

 グランに促されて、ひと一人が通れそうなほど開いた扉の内側に、アルマは光球を作り出した。



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