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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
火の章

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29/252

12

 王宮の廊下を、無言で進む。数歩先には案内役の近衛兵が歩いているが、突然呼び出された理由など問いかけても知らせてはくれないだろう。

 近衛兵はやがて足を止めた。その先には、彼らの身長よりもたっぷり一メートルは高さがある扉が行く手を阻んでいる。

 おもむろに扉を叩き、案内人は声を張り上げた。

「イグニシア王国軍所属、テナークス少佐が参りました」

 真っ直ぐに、開き始めた扉を見据える。

 昼間だというのに薄暗い部屋の中、大テーブルについた十人ほどの人影が、こちらを注視してきていた。



「何かの間違いでしょう」

 露骨にならない程度に眉を寄せ、一言で言い切る。

 この会議室に通され、一人立ち続ける彼に告げられたのは、レヴァンダル大公子アルマナセルが、火竜王の高位の巫子グラナティスと水竜王の高位の巫女ペルルを拉致し、逃亡した疑いがあるとの情報だった。

「どうしてそう思うのかね?」

 でっぷりと太った一人の男が問いかける。この場には、似たような体格の男があと二人はいて、後日会ったとしても多分判別がつかないだろうとテナークスは確信した。

「私は三ヶ月間、アルマナセル殿と作戦行動を共に致しました。彼はお若いながら生真面目で、任務を忠実に果たし、部下の生命(いのち)を護る為にあらん限りの努力をされていた。そして、火竜王宮に対する忠誠心は、私よりも王都におられる皆様がたの方がよくご存じでしょう。どう考えても間違いです。それとも、何か証拠はおありですか」

 軍人に特有の、張りのある声で断言する。

 ……なるほど、これは欠席裁判か。

 苦い思いは、表情に出さない。かつて上官であったあの少年のためにも、迂闊な隙は作れない。

「少なくとも、竜王宮の本宮に滞在していた三名が不在であるという確証は得ている。だが、グラナティス様はもう何十年もの間、本宮から動いてはおられないし、姫巫女を移動させるという話も出ていない。グラナティス様以外の意思が働いているということではないか」

「推測と状況証拠でしかありません」

 テナークスは動じない。

「しかし、アルマナセル大公子は帰国の途中、水竜王の姫巫女にせがまれて単独行動を取ったという報告がある。しかもこれは、貴殿からの報告書だ。仮に、姫巫女が連れて逃げて欲しいと願ったとしたなら、それを大公子が断れないということではないか?」

 だが、流石に次の詰問には言葉を失った。

 それをいいことに、男は更に続けてくる。

「聞けば、水竜王の姫巫女は幼いながらになかなかの美貌だというではないか。大公子も年頃だ、甘い言葉の一つ二つでいいように動かされても不思議は──」

 ばんっ!

 テナークスが勢いよく天板に片手を叩きつける。室内に鳴り響いた音に、虚を衝かれた数人が息を飲んだ。

「……この場にいたのがアルマナセル殿ではなくて幸いでしたな。私が彼であれば、直ちに貴公に決闘を申しこむところだ」

 テナークス少佐。マノリア伯爵の実弟であり、爵位こそ持ってはいないものの、その貴族としての気質に翳りはない。

 むしろ彼の誇り高さは、アルマ当人よりも上かもしれなかった。

 一時的に副官だっただけの男から、これほどの怒りを向けられるとは思わなかったのだろう。目の前に座す男たちからは驚愕と焦りとが伝わってくる。

 とん、とん、と、静かになった室内にまた奇妙な音が響いた。

 テナークスの左側、末席に座る男が、指の背でテーブルを軽く叩いたのだ。

「まあ、そういきり立たずとも。落ち着いて、冷静に、思われるところを証言されるだけでよいのだ、テナークス少佐」

 にこやかに告げる男に、胡乱な視線を向けた。

 壮年の男だ。テナークスより、十ほど年上か。黒髪には、ところどころ白いものが混じり始めている。体つきはがっしりしていたが、急激に痩せでもしたのか、服がやや合っていないように見えた。

 どことなく楽しげな深い紫色の瞳に、既視感が起きる。

「貴公は……」

「発言を許可してはおりませんぞ、レヴァンダル大公!」

 慌てたような制止が、部屋の奥から飛んでくる。

 テナークスが、驚きに目を見開いた。

 男は小さく肩を竦め、茶化すような視線を向けてきた。

「レヴァンダル、大公……」

「愚息がさぞかしご迷惑をかけたことだろう。時期を逸したが、お詫び申し上げる。あれは、貴殿のことを非常に買っていた」

 この場にいる者の、どんな権威すら歯牙にもかけず、大公家の当主は悠然と告げた。



 薄暗い会議室には、壁に幾枚かタペストリーが下げられている。

 実は、その一枚の裏側には、小さな部屋が設えられていた。小型のソファに、その狭さ故にか寄り添うような形で二人の男女が座っている。

 だが、女性の表情は、贔屓目に見ても険悪だった。

「では、その、アルマナセル大公子と姫巫女が単独行動を取った時に、一人のロマを引き入れたそうだが……」

 テナークスの激昂と、その後のレヴァンダル大公の発言によって乱れた空気が、何とか形ばかり収まったところで、質問が再開される。

 そのロマが実は密偵ではないのかと問われて、それすらもテナークスは一蹴した。

「当初、私もそう疑いは致しました。が、クレプスクルム山脈を越えるに辺り、彼は非常に協力的でした。勿論、軍と同行している間の行動は全て見張らせており、部外者と接触したことなど一度もありません」

 ぎり、と女が奥歯を噛みしめる。

 あの吟遊詩人がここまで深くアルマと関わっていると知っていたら、もう少し警戒をしたものを。

「しかし、自分の生命(いのち)がかかっているのであれば、協力的にもなろうというものだ。更に王都で姿を消したとなると、その後の行方については見張ってはいるまい」

 糾弾する男たちは、そのロマを密偵だという方向で進めたいようだが、小部屋でその様子を伺っている女はその意見には同意していなかった。

「全く……。本当なら、もうとっくに約束の十日は過ぎていたというのに。こんなに簡単に、計画が台無しになるなんて」

 苛立たしげに爪を噛む女の手を、そっと隣の男が取り上げた。

「形が変わってしまいますよ、ステラ様」

 穏やかな言葉にすら気分を害したのか、きつい目つきでステラ王女は寄り添う男を見上げた。

「何とかして、ノウマードを私の前に連れていらっしゃい。必要なら、アルマに多少の被害を与えたって構わないわ。判ったわね、イフテカール」

 理不尽な命令を、それでも唯々諾々と受けて、金髪の青年は静かに頭を下げた。

 その忠誠が、真にどこにあるのかは決して悟らせないままに。




 エスタは懊悩していた。

 彼が仕える大公家の当主が王宮に召喚されたのに付き従い、今は提供された控え室で一人、帰りを待っているところである。

 レヴァンダル大公が呼び出された理由は、大体推測がついている。

 それもこれも、全てが自分の不甲斐なさ故のことだ、と彼は唇を噛んだ。

 責任感が強すぎるというか、物事を背負いこみすぎるのが、彼のやや困ったところである。

 もっと困ったところはそれを他人にも強要するところだ、と、エスタの若き主人がここにいれば、そう断言するだろう。

 しかしそう言って彼を諫める者がいる訳でもなく、結果、この青年は不毛に思考を堂々巡りさせていたのだ。

 扉が、控えめにノックされるまで。


 最初は、大公が戻ってきたのかと思った。

 だが、そうであればわざわざ扉を叩いたりはしないだろう。

 警戒心も露わに、扉を開く。

 廊下には、一人の青年が立っていた。

「どちら様でしょうか」

 エスタの問いかけに、柔らかく笑むと、軽く頭を下げた。

「初めてお目にかかります。イフテカールと申します」


 その丁寧な物腰に戸惑う。

「大公閣下はただいま会議に出席しておりますが……」

 エスタの言葉に、イフテカールと名乗った青年は片手を上げた。

「ああ、いえ、閣下に用件があったのではありません。貴方と少々お話がしたかったのです。失礼しても?」

「……主が戻るまででしたら」

 僅かに迷うが、そう条件をつける。二つ返事でそれを受け、金髪の青年は扉の中へと入りこんだ。

 豪奢な調度の揃えられた室内で、窓の傍に置かれた椅子へと誘う。

 来客が腰を下ろしたのを確認して、エスタは椅子から一歩離れ、手を背後で組んで立った。イフテカールは、それに訝しげな視線を向ける。

「あの……、貴方は?」

「私が主の部屋で座る訳には参りません」

 きっぱりと断言した青年に、数度瞬く。

 そして苦笑して、イフテカールは立ち上がった。

「では、外でも見ながらお話しを致しましょうか」

 窓へと歩み寄りながら、そう提案する。ずっしりとしたカーテンに縁取られたそれは、落葉の進んだ庭を映し出していた。

「単刀直入にお訊きします。今、アルマナセル様がどちらにいらっしゃるのかご存じではありませんか」

「……お答えできません」

 硬い口調で、そう返す。

 ふむ、と小さく呟いて、イフテカールは視線をこちらへ向けた。

「グラナティス様とアルマナセル様、そして水竜王の姫巫女が揃って竜王宮を抜け出した、という噂はご存じですか?」

 エスタは口を引き結んだまま、返事をしない。

 アルマが数日前から滞在している火竜王宮は、エスタも人をやってずっと見張らせていた。

 王宮の近衛兵が集団で訪れ、竜王兵と押し問答をしている、と報告がきたのは二日前だ。

 即座に駆けつけた時には近衛兵は既に引き上げたあとだった。だが、見張りの竜王兵はどういうことかと問い詰めても、頑として口を割らない。

 結局その日もアルマとの面会は叶わず、すごすごと引き上げてきたのだ。

 竜王宮に比べれば、王宮の様子を探らせるのは簡単だった。

 翌朝までに、グラナティス、ペルル、そしてアルマの三人がどうやら竜王宮から姿を消したらしい、という話が耳に入る。

 勿論、寝耳に水である。竜王宮からの連絡は一度たりとも届いていない。

 大公へ報告もしたが、しかしあの主は全く動揺を見せなかった。

 ただ、何も心配することはない、とだけ告げてきたのだ。

 薄く、イフテカールが笑みを浮かべる。

「では、ノウマードと名乗る吟遊詩人が一緒であるらしいことも?」

「何ですって……?」

 掠れた声が漏れる。

 まさか、今、この場でその名前を聞くなどと考えていなかった。

「確か、貴方も面識がある筈ですね? カタラクタからの帰国途中に、アルマナセル様が拾ってこられたという、ロマの男です。今回の、竜王宮からの失踪には、主にそのノウマードとやらが関わっているのではないかという見方がありまして」

「……あの、恩知らずが……」

 奥歯を軋ませながら呟く。

 あのロマが厄介事を引き起こすかもしれない、とうっすら予感はしていた。

 しかし、それがアルマと大公家を陥れることになるなどと!

「ああ、やはり、私がもっとしっかりアルマナセル様を諫めていれば……!」

 そしてほんの十分ほど前の懊悩に戻ってしまう、エスタ。

 実に後ろ向きだった。

 毛足の長い絨毯の上で、音も立てずにイフテカールが近づいた。

 額を押さえて嘆いていたエスタの手を、そっと外す。

 至近距離に、絹糸のように細い金髪と、明るい青の瞳が光った。

 以前に、どこかで、彼を見たような気がする。

「竜王の高位の巫子と、レヴァンダル大公子には、無事に王都に戻って頂かなくてはなりません。もしも、これが全てあのロマの謀であるのなら、彼を排除してでも。力をお貸し頂けませんか、エスタ殿」

 じっと見つめてくる相手に落ち着かない気分になって、視線を逸らせる。柔らかく自分の手を掴むイフテカールの指に、どちらかと言うと無骨な、蝙蝠の翼を持った竜の指輪が嵌められていた。





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