その貴き黄金は。(中)
それから更に一年ほどが経つ。
金の産出は順調だ。だが不純物を取り除き、インゴットに加工するための設備も技術もこの町にはない。結果、それを扱う商人へと売ることになる。精製以前と以後では価値ががくんと違ってくるため、近々それも何とかしたいところだった。
鉱夫たちにも、滞りなく賃金が出せるようになった。
イクソス山から金が出た、という噂が広まった頃、王家と領主の双方からの使者がやってくるようになった。
遠まわしに非難し、何とか利権にありつこうとする彼らを追い返すのは少々面倒くさい。
そして、盗掘者も増えた。
川で砂金を漁ろうとする者、クセロの目が届かない、違う方向から穴を掘ろうとする者、鉱夫として入りこみ、掘り出した金を持ち出そうとする者などだ。
しかし、地竜王の目は節穴ではない。
大地を掘る感覚、黄金が移動する気配が、竜王には判るのだ。
その場に突然顕現する地竜王に動転しない盗掘者はいない。
砂金は殆ど出ていないということもあり、まず手に入れられないためにさほど厳しい対処はしないが、それでも住人たちと軋轢を起こしかねない。
事実、鉱夫として直接賃金を貰っていない住人でも、竜王宮の直轄地として税は全く取られていないのだから、多少の利益を地竜王宮から得ている。クセロが作った町は、段々と人や物資が集まり、以前のように必要なものを山から下りて近隣の街まで買いに行く必要もなくなった。逆に、肉や毛皮を売ることもできる。
それを恩に感じている猟師などが砂金漁りを見つけ、手荒く追い払うという事態も頻発している。
盗掘者も猟師も鉱夫も気が荒い。そのうち、流血沙汰になりかねない。
「自警団が必要か……?」
眉を寄せて、クセロが呟いた。
「とうとう竜王兵を置くかね、巫子様」
酒場の隣の卓から混ぜっ返され、どっと笑い声が起きる。それにクセロは小さく苦笑した。
クセロの生活はあまり変わっていない。
今でこそ、毎日坑道に入ることはなくなった。それでも鉱脈を捜して方向を決めるために定期的に潜ることにしている。
高位の巫子として、鉱山の所有者として、彼が最も大きな利益を我が物にしている。だが、鉱夫たちと変わらない質素な家に住み、鉱夫たちと同じ食堂で食べ、近所に住む鉱夫の妻に洗濯や掃除を頼んでいる。
夜には酒場で騒ぎ、時折娼婦を連れこんだ。
その娼婦が、巫子の寵愛を得たと思いこみ、住人たちに尊大な態度に出ることもあったが、クセロはその場合あっさりと相手を町から追い出している。
むしろその態度で、世話焼きなおかみさんたちにそろそろ結婚しないと、とせっつかれてしまっているのが困惑の種だ。
少なくとも、住人たちからクセロは反感を買っていない。
昔は、一攫千金で楽に金を稼ぎ、贅沢に自堕落に暮らしたいなどと思っていたというのに。
貴族や王族の暮らしぶりを間近に見て、その贅沢がさほど羨ましくもないこと、その背に負う責任に意味があることを彼はもう知っている。
まあ、この小さな町を豊かにしていくのは、住人たちが笑っていられるのは、嬉しくも楽しくもある。
そう、概ね、クセロは満足していた。
ある日、地竜王の高位の巫子は机に向かって唸っていた。
最近、王家の方から、竜王宮の収支について報告しろ、との要請が来ているのだ。
直轄地を賜るとなった当初には、そのようなものが必要だなどとは聞いていなかった。
突っぱねてもいいのだが、そうなると更に王家の反感を買うだろう。
そこで、一度火竜王宮にこっそりとこの要請の真偽を尋ねてみようとしているところだった。普通に手紙を届けては手の内を読まれてしまうかもしれず、昔の伝手を使うことにしている。その辺りに心配はない。
だが。
「……大将に普通に手紙を書くってのがこれだけ気が重いとは思わなかったぜ……」
苦りきった顔で呟く。
元々、クセロは最低限の読み書きしかできなかった。底辺層に生まれ育った人間は大抵そんなもので、それで全く不自由はない。当時の仕事では、仲間内でのみ通用する符丁を使っていればよかったのだし。
しかし、火竜王宮の仕事をする際に、その辺りはかなり厳しく叩きこまれた。ある程度、格調高い代物まで学ぶことを強要されたのは、まさか今の状況を予測してのことか。
その経過を逐一知っている火竜王の高位の巫子への手紙は、つまり、その、かなり気恥ずかしい。
溜め息をついて、クセロは机に頬杖をついた。
「本気で人を増やすべきかな」
彼は、地竜王宮に新たに人を加えるつもりはなかった。地竜王の巫子なんて立場、自分一人でいいと思っている。無論、竜王兵など論外だ。いつか、彼が生命を落とせば、竜王宮も消滅するだろう。正直それで構わないと、クセロも、地竜王すら考えている。
だが、そうなると、彼の死後にこの直轄地は領主か王家に帰属することになるだろう。
その時、彼についてきてくれた住人たちは、どうなってしまうのか。
クセロは、自らの死が遠いものだなどと、物心ついて以来思ったことなどない。
竜王宮に、ではなく、せめて鉱山の運営に関して、専門的な知識を持つ人間が必要かもしれない。
その辺りもグラナティスに相談したいところだ。
眉間に皺を寄せ、まだ何も書かれていない羊皮紙を睨みつけていた時に。
遠くで、慌しい鐘の音が、響いた。
跳ねるように席を立つと、扉へ突進する。指先だけでマントをひっかけ、街路に飛び出した。
彼の住居のすぐ傍で新たに鐘が叩かれている。
これは、どんな時間でも、町の住人へ、特にクセロへと異変を知らせるためだ。
無言でクセロは大通りを山へと走った。非番だった男たちが、彼と同様に慌てて家から飛び出てくる。
鉱山への入り口は、丸太で作られた高い塀と門で囲われている。だが、今、それは大きく開いていた。
櫓の上から響く鐘が、煩い。
門衛の姿が見えたところで、それに負けないように大きく叫ぶ。
「何番坑道だ!」
「三番!」
返事を聞くと、門を超えたところで進路を変えた。
三番坑道は、少し遠い。門の傍にある厩舎に向かう。
心得たように、男たちが何頭かの馬を引き出していた。言葉を出す余裕もなく、それに跨る。
現場に着いたのは、最初に鐘を耳にしてから十五分といったところだ。数十人の男たちが、坑道の入り口を遠巻きにしている。
「巫子様!」
こちらを認めて、男たちがざわめく。
「何人いない!?」
転げ落ちるように下馬して、クセロが怒鳴った。
「十七人です」
「よし。無傷なやつはついてこい。いつもの手順だ」
息を荒げ、走り続けた末の足の震えを内心叱咤して、男は入り口へ向かった。
内側から、微かに土埃の匂いがする。
この先で、落盤が起きたのだ。
鉱道の断面は、幅と高さが四メートルほどの四角形だ。掘り抜いた壁や天井を、板と丸太を組んで崩れないように補強している。
それでも、いつ、そこが埋まってしまうかもしれない危険は消えない。
今の、ように。
慎重に、そして足早に、クセロは奥へと進んだ。後ろに続く数人が持つカンテラが、弱く周囲を照らしている。
幾つかの分かれ道を過ぎたところに、崩落現場はあった。板や丸太が折れ、黒々とした土や岩の下敷きになっている。
この辺りは既に通路が完成している。立ち働いていた者は少ないだろう。
崩落していないぎりぎり手前で、クセロは片手を壁に触れさせた。
「我が竜王の名とその誇りにかけて」
その声が響くと、手に手に道具を持った男たちが前進する。
「よし。慎重に行け」
男たちが、土を、板を排除し始めた。クセロはそれを追い、竜王の御力で壁や天井の表層の土を一時的に締め固め、崩落の拡大を防ぐ役回りだ。最初に坑道を作った時も、そうしていた。
ただ、何十日も保つものではない。それは、自然に反するからだ。それ故に、長期的には人々の手による補強が必要なのである。
作業を繰り返し、徐々に安全な範囲を広げていく。
やがて、ごそり、と土を掘る手ごたえが消える。崩落の向こう側に届いたか。
「誰かいるか?」
「ここだ、いるぞ!」
大声で尋ねると、端的に言葉が返ってきた。崩落した辺りからは離れているようだ。近くにいては、いつ、つられて周辺が再び崩れるか判らない。
地竜王の高位の巫子が、必ず救けに来る。
鉱夫たちは、もうそれを疑うことはない。




