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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
喪の章

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153/252

10

 氏族の矢が王国軍に届くことから判るように、アーラ宮と周辺の街を護る風竜王の御力は、物理的な力は透過する。

 王国軍からは、反撃の矢が放たれ始めた。単純に、弓兵の立つ位置の上下関係では、街壁の上にいる氏族たちが有利ではある。

 それでも、時折矢に討たれ、氏族が倒れていく。

 やがて、閉じられ、鉄の板で補強された正門の扉に、兵士たちが体当たりを掛け始めた。

 勿論、人の力で押す程度ではそれはびくともしない。

 だが、〈魔王〉アルマナセルが、その驚異的な力を発揮すれば、どうか。

 それ故に、オーリは街壁に立ち、アルマを寄せつけないことに腐心した。東門の両端に立つ物見(やぐら)に入り、壁の隙間から〈魔王〉を狙う。

 人の放つ矢でこちらを狙うことは難しい。

 アルマが扱える物理的な攻撃は、精々がその剣の振るえる範囲だ。そしてどれほど魔力をぶつけようとしても、オーリに届く前に阻まれる。

 王国軍が密集して東門へ押し寄せるのを、氏族たちが無造作に矢で射殺していく。

「油を!」

 一人の族長が、命じた。

 戦士たちが油をぐらぐらと煮立たせた大鍋を胸壁の上まで持ち上げ、王国軍の頭の上からぶち撒ける。

 悲痛な悲鳴が上がるが、彼らは静かに状況を見極めている。

「火!」

 即座に火矢が数本、放たれた。それは油に触れると見る間に燃え上がり、炎の塊と化した何かが喚きながら周囲一帯を走り回る。

 唇を引き結び、オーリは務めて冷静にアルマのみを睨み据えていた。

 これは、消耗戦だ。

 ここは、そこそこ大きな街だ。民の避難は急いで行われたため、荷物はかなり残されている。防衛のための物資には事欠かない。

 しかし、風竜王側は援軍を望むことはほぼできない。

 また、王国軍側は新たな補給物資や援軍を得るためには本国から送ってこなくてはならない。その補給線は長く、そして敵地を進んでくるのは酷く危険だ。どれだけの量が戦地まで無事に届くことか。

 つまり、イグニシア王国軍にとっては、〈魔王〉による即時占領は必須条件である。それを行うことができなければ、戦争は長引き、やがて継続自体が不可能になるだろう。

 つまり、消耗がより激しい方が、負ける。


 それが、戦局に対してだけではなく、オリヴィニス個人に対しても、ということは、すぐに知れた。



 壁にもたせかけて立っていた身体が、ぐらり、と揺れて、息を飲んだ。

「オーリ!」

 鋭く囁かれ、片手を上げる。

「すまない。動きは?」

「大丈夫、だと思う」

 包囲戦が始まって、三日目の夜。

 王国軍はもとより、〈魔王〉アルマナセルも、昼夜を問わず攻撃をかけてくる。

 戦士たちは、交代で休息をとることができる。まだ、士気も衰えてはいない。

 だが、〈魔王〉を街に近づけさせないためには、高位の巫子が必要だ。

 三日間で、細切れの休息しか取れていないことと、それ以前からの疲労が重なって、オーリは倒れる寸前だった。

 アルクスを始め、戦士たちが補佐をしてくれているが、どこまで保つものか。

「オーリ、何時間か眠れ。奴が怪しい動きをしたら起こす」

 強くそう進言されるのは、何度目か。

 眠るのなら、昼間にしておけばよかった。

 陽の光が差していれば、あの黒衣に白き角を持つ〈魔王〉は酷く目立つ。

 だが、夜間ともなると、風竜王の御力でなくては判別できなくなる。

「全く、彼はどれだけ元気なんだ」

 目頭を押さえて、ぼやく。

 既に数回、アルマには矢が命中しており、その都度、風竜王の祝福が流れこんでいる筈だ。

 しかし、見た限りではそれによって彼の行動に支障が出ている風ではない。矢が当たらないように警戒している方が、よほど動きを制限できている。

「知ってるだろう。あれは、化物なんだよ」

 苦々しげに、アルクスが答える。


 王国軍の兵士に対して優位であるとはいえ、相手はそもそも数が多い。おそらく、未だ三万は残っているだろう。

 当然東以外の門を攻撃する隊も増えてきており、それに対応するために、戦士たちの配置は薄く引き延ばされる。

 嘲るようにアルマは街壁の周囲を巡り、オーリを引き摺り回した。

 兵士たちは門に体当たりし、引っ掛け鉤を胸壁に投げ、何とか侵入を果たそうとする。

 彼らは互いに耐えた。耐えるより、なかった。

 実に不毛な戦いだった。だが、他にどうしようがあっただろうか?



 めりめりと、門の内側にかけてあった閂が割れ始める。

 巨木を使い、鉄板で補強したそれも、とうとう破壊される時が来たのだ。

 門の内側に氏族たちが集結する。一人残らず、ぎりぎりと弓を引き絞っていた。

 無残な破壊音とともに押し開かれた扉の隙間が、次の瞬間、矢襖(やぶすま)と化す。扉の破壊を成し遂げた兵士たちは、瞬時に絶命した。

 だが、その後ろにいた者たちは慌てて門から遠ざかっていく。扉を破壊した勢いのままに、内部への侵入を試みはしなかった。

 ざ、と地面を擦る音がする。

 〈魔王〉アルマナセルが、破壊された門の正面に立っていた。


「全員退却! アーラ宮まで戻れ!」

 オーリが叫び声を街全体に響かせた。手は、続けざまに矢を放っている。

 石畳の上に突き立つそれを、アルマは器用に避けていた。

 一歩でも中に入られたら、街は彼の思うがままだ。

「お前たちもだ、アルクス! 全速力でアーラ宮に入れ!」

 肩越しに、ずっとついていた戦士たちに怒鳴る。

「オーリ、お前は!?」

「ここで、できるだけ彼を足止めする。大丈夫だ、私一人ならすぐにアーラ宮まで帰れる」

 オーリの卓越した跳躍力を、彼らは知っている。渋い顔で、しかしすぐに胸壁を降りて行った。

 アルマが、剣の切っ先を石畳につける。

「芽吹け」

 ごん、という鈍い音を立てて、石が直立した。二メートルを越える高さの一枚岩となって、オーリとの間に立ち塞がる。

 鋭い音と共に、矢はそれに突き立った。

 この場所からは、もうアルマには届かない。射る場所を変えるしかないが、王国軍の幾千の弓矢が、彼が姿を見せるのを待っている。

 口早に請願を唱え、避難場所を飛び出した。身体を低くして胸壁を走り抜ける。ばらばらと下から矢が放たれたが、殆どは彼の身体に掠りもしない。命中しそうな矢は、強引に弾き飛ばした。

 急激に足を止めたために、革のブーツの底が嫌な音を立てる。そのまま、的となるのを覚悟で身を起こし、矢を放つ。

 〈魔王〉は、手にした〈竜王殺し〉を無造作に振り、オーリの矢を両断した。

 そして、彼は、街の中へと足を踏み入れる。


 無防備に見える背中を外へ向け、未だ諦めることなく、アルマに狙いをつける。

 時間を稼がなくてはならない。一分でも長く。

 が、アルマはもう避けなかった。片手を軽く上げ、ただ一言、呟いたのみだ。


「灼け堕ちろ」


 彼の足元から、四方へ向けて灼熱の炎が迸った。


「……っ!」

 熱気に、喉が灼ける。

 街中で、石の割れる音が響く。

 逃げ遅れた戦士たちの断末魔の叫びは、耳に届かない。

 煮え(たぎ)る空気の層の果てで、〈魔王〉はこちらを振り仰ぎ、笑んだ。

 喉と同じほどの熱さで、腹の底が、灼ける。

「アルマナセル……!」

 このまま飛び降りて殺してやりたい、という衝動を押し殺す。

 少なくとも、彼の手を縛っていない状況では、オーリに勝ち目は酷く少ないのだ。

 唇を引き結び、高く跳んだ。

 背後から襲い掛かる数多の矢が、業火に触れて、灰と散る。

 何も手段を講じずにこの炎の中にいては、流石にオーリでも無事では済まない。だが、アーラ宮までは一跳びで辿り着ける距離ではなかった。

 身体の周囲の空気に細工をして、何とか呼吸が保てるようなものだ。

 それでも、街路に降り立った途端、ブーツが焦げた臭いを発する。

 〈魔王〉の視線から逃れるような位置を選んで、跳躍を繰り返した。

 眩暈がする。汗が目に滲む。踏み切る爪先が、じりじりと焼ける。手が震え、弓を取り落としそうだ。

 熱気は、オーリの意識と身体を確実に蝕んでいく。

 竜王宮内は、まだ安全だ。あの場所には、更なる防護を施している。

 もう一跳びで、竜王宮の正門を越えられる、というところで。

 僅かに膝が折れ、体勢が崩れた。

 高さが足りない。このままではアーラ宮を囲む外壁に激突するだろう。

 今までこんなへまを犯したことはなく、一瞬混乱する。

 見る間に、外壁が迫り、そして。

 闇雲に延ばした手が、力強く掴まれた。

「巫子様!」

「オーリ!」

 正門上で警備についていた、風竜王宮親衛隊だ。汗に滑りそうになる手を、懸命に握っている。

 とん、と足を壁面につけた。そして膝を伸ばし、身体を持ち上げる。

 オーリを引き摺り上げた面々は、荒く息をついていた。

「全く何をやってるんだ!」

 その中には偶然リームスがいて、呆れたように怒鳴りつけてくる。

「救かったよ。ありがとう」

 が、素直に礼を言われて、言葉に詰まったらしい。大きく溜め息をついて、見下ろしてきた。

「もう少し後先考えて動けよ……」

「お前たちは命の恩人だよ」

 正直に告げたが、なにやら胡乱な目で見返される。

 彼は少々ノーティオと一緒に居すぎたのかもしれない。

 立ち上がり、中庭に目を向けた。避難してきた氏族たちが、ざわめいている。

「どれぐらい戻ってきた?」

 その問いには、数秒答えが返ってこなかった。

「俺たちから見えた限りだが。四割程度じゃないかと思う」

「……そうか」

 竜王宮は、街のほぼ中央にある。正門から見えない範囲は広いが、街壁からの距離は似たようなものだから、やはりそこから逃げてきた者たちも同じぐらいの人数だろう。

 そこへ、名前を呼ばれた。見ると、中庭にノーティオとアルクスが立っている。

「ありがとう。何かあったら、いつでも呼んでくれ」

 言い置いて、オーリは無造作に胸壁から飛び降りた。人混みを縫ってこちらに向かってくる二人を待ち受ける。

「オーリ。竜王宮の防御についてだが」

「ああ、少なくとも一日は動かなくていい。できるだけ、皆、休息を取るように。最低限、見張りだけは置いてくれ」

 簡単に指示されて、首を傾げる。

「奴ら、街壁を突破したんだぞ? すぐ、この竜王宮だって」

「大丈夫。アルマは、あれで、かなりの莫迦だ」

 オーリは、自信たっぷりに言い切った。


「アーラ宮が陥落していないことは、奴らに知れている。なら、ここも門を突破したのと同じように、兵士の力によって突破するしかない。だが、街は今、かなりの高温になっている。普通の人間が入ってこられる場所じゃない。街が冷えるまで、おそらく数日はかかる筈だ」

「しかし、あの〈魔王〉のことだ。いきなり温度を下げる、ということはできるんじゃないか?」

 不安げに、ノーティオが疑問を重ねた。

「確かに、それはできるだろう。だがその場合、石造りのこの街は酷く脆く、崩れやすくなる。まだ何万もいる兵士が一度に入ってきたら、かなりの人数がその建物に押し潰されてしまう羽目になる。幾らアルマが人の生命(いのち)を軽視していたとしても、王国軍はそうじゃない。士官たちは、確実に、街に入っても安全な時まで待つ筈だ。街が燃え尽きて、建物が崩れ、自然に温度が下がるまで。……どうせ、私たちはここから脱出できないんだからな」

 最低でも一日、と言ったが、それがいつになるかはオーリも判らない。

「……なるほど」

 眉間に皺を寄せ、考えこみながら、ようやくノーティオは頷いた。

「まあアルマ自身は街の中を好きに動けるだろうから、油断はできないけど。アーラ宮に仕掛けてこない限りは放っておくしかない。その間、戦士たちを休ませてやってくれ」

 判った、と、アルクスが走っていく。

「オーリ、お前は……」

「私はアルマの動向を知っておかないと。見張りは定期的に報告を寄越すように。それに、これから負傷者の手当てに当たる。どこか場所を作って、怪我を負った者を集めてくれないか」

「……働きすぎだ」

 呆れて、ノーティオが呟く。

「私は風竜王の御手だ、ティオ。やるべきことをやるだけだよ」





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