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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
乱の章

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121/252

18

 内心舌打ちする。こんな時に、昔の恨みに足を引っ張られるとは思わなかった。

「命令は私から出す。それでもか?」

 オーリが尋ねるが、ケルコスの顔は晴れない。

「恨んでいるのは、カタラクタもだから。姫巫女個人に、じゃなくて。勿論、命令には従うだろうけど、熱意はないと思う。それに、口が固いかっていうのは、本当に約束できないよ」

「そんな!」

 プリムラの、咎めるような視線が三人に向けられる。

「どうする。マノリア隊に頼むか?」

「いや、テナークスがいないところで、俺が命令はできない。何より、人目につくだろう」

 ロマに動いてもらうしかないのだ。できる限り、熱意のある状態で。

 必死に考えこんでいたアルマが、ゆっくりと視線をケルコスへと向けた。

「……なあ。お前、あの時、相手が俺じゃなかったら、金を貰えれば道案内をしたのか?」

「え?」

 一瞬、何を言っているのか判らなかったように聞き返すが、すぐに察したのか、ケルコスはばつの悪そうな顔をする。

「うん、それは、したよ。おれたち、理由もないのに金を奪ったりしないから」

「そうか」

 色々掘り下げたいことはあるが、またの機会にする。アルマは、次に顔をオーリへと巡らせた。

「オーリ。フルトゥナの執政所で見つけた金貨、まだ持っているか?」

「え? うん」

 こちらも、きょとんとして頷く。

「それ、貸してくれないか。返す当ては今のところないけど、何とかする」

「アルマ……?」

 戸惑った呼びかけは気にせず、続ける。

「レヴァンダル大公子、アルマナセルが、風竜王宮親衛隊に依頼する。ペルルを救け出してくれ。報酬は、金貨一袋だ」

 意図を飲みこんだ三人が、ゆっくりと頬を緩める。

「いや、でもそれは全部私がした方がよくないか?」

 気遣う言葉に、しかしアルマは頷かない。

「いい加減、俺もこの状態にはうんざりしてるんだ。どんなきっかけでもいい、フルトゥナの民には少しだけでも好意を持って貰わないとな。……お前が金貨を貸してくれればだけどさ」

 決断を伺う視線を向けられて、オーリは笑う。

「あの時、君にあげるって言っただろう。渡すのがちょっと遅くなっただけだよ」



 イェティスは非常に事務的だった。

 事情を聞き、推測を告げられるや、五名の部下を呼び立てる。

 現在使える兵士たちを班分けし、砦の南側の街区を割り振り、最大限の極秘活動を強いた。

 アルマからの金貨の報酬も、たっぷりと強調して。

 結果、風竜王宮親衛隊の司令部へ足を踏み入れて三十分もしないうちに、彼らは報告を待つばかりとなってしまった。

 廊下や練兵場で騒ぐ声が漏れてくる。

 そして、青年は注意を子供たちへ向けた。

「ご苦労だった、ケルコス。傷の手当をしてきなさい。それから着替えを」

「あ、はい」

 普段は彼の元で動いている少年は、背を伸ばして返事をする。

「そちらの娘は……」

 もの問いたげに視線を向けられて、プリムラは首を振った。

「着替えは部屋に行かないと。あたし、ここにいたい。ペルル様がどうなってるのか判らないとか、我慢できないもの」

「しかし、最低でも一時間は何も動きはないだろう。その間に充分戻ってこれるはずだ」

「嫌」

 イェティスは、判断を仰ぐようにオーリを見つめる。

「実際、ペルルがいないことを問い詰められれば、プリムラがどこまでごまかせるか判らない。ここにいて貰った方がいいだろう」

 おそらく、現実的な理由よりもプリムラの心情を考えての決断に、それでも部下は頷いた。

「では、せめて服の汚れを叩いて、顔と手を洗ってきなさい。ケルコス、案内を」

 はい、と答え、ケルコスとプリムラは連れ立って部屋を出て行く。

「……あのやんちゃ坊主が大人しくなったもんだな……」

 感心したように、アルマが呟く。

「あの程度の子供、従えるのは簡単なことです」

 飄々とイェティスが返す。

「いつかコツを教えて欲しいもんだよ」

 軽口を叩く。だが、彼の神経がぴりぴりと張り詰めているのは手に取るように判った。




 ペルルはソファらしきものの上で、居心地悪げに身じろぎした。

 目隠しをされ、手首と足首を縄で縛られている。肌に擦れて少々痛い。

 馬車に乗せられて、しばらく走った辺りで下ろされた。その時にはもう身体は拘束されていたために、場所がどこかも判らない。ある建物の、二階以上の部屋だということぐらいしか。

 そして一人きりで置き去りにされている。何時間経ったのかすら、判らなくなってきた頃に。

「……どうしてお前はそう身勝手なんだ! 忙しいから何だと? 私の仕事は姫巫女を見張ることじゃない!」

 くぐもった怒鳴り声が耳に入る。

 同じ部屋の中ではないだろう。廊下か、隣の部屋か。

「言っておくが、彼女を生かしておくのには賛成できない。さっさと首を掻き切ることを勧めておこう。……ああ、お前がお前の手の中で姫巫女をどうしようが、私の知ったことじゃない。存分に楽しむなり何なりするがいい。だが、ここに長時間置くのは止めろ。危険だ。……私を巻きこむな、と言っているんだ。こんな余計な厄介ごとに手を貸すつもりはない」

 相手の声は全く聞こえない。独り言のようにも思えてしまう。

「だから何だ? ……お前の、手下だ。私のじゃない。責任を持つつもりなんて、……ああ、そりゃあお前は情に篤くていらっしゃるからな。……褒めてないぞ」

 何だか楽しそうなお話をしている、と思う。少しばかり寂しくなって、ペルルは溜め息をついた。

 そこで、扉が開く音が響く。そちらの方に顔を向けると、相手は小さく息を飲んだようだ。

「……一度切る。しばらくは結ばない。あ? 別に何もないさ。……どうしてお前はこういうときばっかり粘着してくるんだ? 忙しいんじゃなかったのか」

 冷静だった声が、次第に苛立ちを増してくる。

「何もなければ話す必要はないだろう。……ああ、悪かったよ。とりあえず後でな」

 一方的な会話を切り上げて、気配が動いた。ペルルの前に立つと、目隠しの布を外しにかかる。

 閉じていた目を開いて、眩しさに瞬く。至近距離に、見覚えのある顔があった。

「ごきげんよう、エスタ。お元気でしたか?」


「……覚えられていたとは、思いませんでしたよ」

 目を逸らせ、男は小さく呟く。

「あら。どうしてです? アルマの大事な方ですもの、覚えていない訳がないでしょう」

 ペルルの言葉に、エスタは眉を寄せた。

「それは、もう正しくはない」

「貴方にとっては、でしょう? アルマにとってはそうではないわ」

 頭に異形の角を頂く男は、すっと目を細めた。

「言うようになりましたね、姫巫女」

「そうかしら?」

 挑発するようにでもなく、小首を傾げて返す少女に、溜め息をついた。少し離れた椅子にどさりと座る。

「あの、エスタ。よければ、手足も解いて欲しいのだけど」

「よくないので解きません」

「……縄に擦れて痛むの。別に逃げ出さないわ」

 更に言い募る少女に、エスタは薄く暗い笑みを浮かべた。

「肌が痛む程度、どうということはない。皮膚が擦り切れ、肉が抉れ、縄に血が沁み込んで黒く染まり、傷口に虫がたかって腐り始めれば手当てもして差し上げますよ。尤も、そこまで悪化するまでの間、貴女が生き延びていられる方に賭けるつもりはありませんけどね」

 その無残な予想に、唇を引き結ぶ。

 男はそれ以上は描写せずに、話を戻した。

「貴女が逃げるつもりがないことは判っている。目隠しを取ったのは、感謝の印だ。だが、それ以上のことはない」

「感謝?」

 思いもしなかった言葉が出てきた。

「その気になれば、貴女は、ここまで連れてきた相手も、この建物も、十回以上は潰せるだけの御力をお持ちだ。それを実行されていないことへの感謝ですよ」

「そのようなこと……」

 戸惑って、呟く。

「しかし、どうしてここまで大人しく連れてこられたのか、の方が不思議ですけどね。何を企んでおいでです?」

 何を考えていたのだろう。

 馬車に無理矢理乗せられそうになったところで、自由の身になることは容易かった。手段を選びさえしなければ、だが。

 カタラクタからイグニシアへ旅している間に攫われそうになった時は、意識を失っていたので何もできなかったが、今回はそうではない。

 まあ、あまり暴力を振るうことは好きではないが、それでも自分の身が大切ならば致し方ないことだろう。

 それをしなかったのは。

「……一人で考え事をしたかったから、かしら」

 ペルルが数秒間考えて出した言葉に、エスタは唖然とした。

「……全く、豪胆な方だ。そんなことの為に、攫われることを良しとされたのか」

「あら、さほどでもありません。だって、きっと、そのうちにアルマが迎えにきてくれますもの」

 さらりと、こちらは悩む風でもなく告げる。

 エスタの眉間に皺が寄った。

「考え事がしたい、ですか。では私がいるとお邪魔ですね」

 と言いながら、彼は胸の前で腕を組み、深く椅子に身体を沈ませる。

「エスタ?」

「邪魔をしているのですよ。それで、一体何をお悩みだったのです?」

 地味に効く嫌がらせだった。



 風竜王宮親衛隊の司令部に移動して、二時間ほどが経過した。

 当初、頻繁に室内を歩き回って、周りから何度も諫められていたアルマは、今は椅子にかけ、両手を組み合わせたまま身動きひとつしなくなっている。

 情報が入らない訳ではない。むしろ、頻繁に入ってくる。

 該当する馬車は見つからない、という情報が。

「思ったよりもペースが速いですね。これなら、さほど時間はかからないでしょう」

 一人、やや満足そうにイェティスが呟いた。

 主に砦の警備を担当しているスクリロス軍が、最低限の兵士以外を閲兵式に参加させている為に、風竜王宮親衛隊はさほど見咎められずに砦内部を移動することができた。

 オーリはじっと地図に視線を落したまま、次々に入る情報とつき合わせている。

 プリムラとケルコスは、邪魔にならないように壁際に寄せた椅子に座っていた。プリムラの表情はどんどんと泣き出しそうなものになっている。

 彼らはここに着いて以来、一切の飲食をしていない。

 そんな余裕は一切なかった。

 次第に不安が大きくなっていく。

 南へと逃走したのは、見せ掛けだけだったのではないか。

 砦の他の地区に逃げこまれているのではないか。

 むしろ、こっそりと城塞へ戻り、どこかに閉じこめられているのではないか。

 いっそ、事を大きくし、騒ぎ立てていた方が早く見つかったのではないか。

 彼らの取った行動全てが間違っていたのではないか、と思えてくる。

 そんな間にも、のろのろと時間は過ぎる。

「……大丈夫。ペルルは、まだ生きているよ」

 更にどれほどの時間が経った頃か、オーリが呟いた。

「何で判るんだ?」

 掠れた声をアルマが発する。

「高位の巫女が亡くなったら、竜王はその場に顕現する。巫女を悼むために。建物の中にいたって、それぐらい私には判るよ。君にだって判るかもしれない。だから、大丈夫だ」

「……そうか」

 安堵はできなかったが、それでもほんの少しだけ、気持ちが軽くなる。

 まだ、手遅れではない。

 まだ。


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