085_子供たちに仕事を与えよう!
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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085_子供たちに仕事を与えよう!
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屋台街は夕方でも人が多いな。
串焼きやサンドイッチなどの食べ物を買ってはアイテムボックスに放り込む。
徐々に日が暮れていき、そろそろ帰ろうと思った時だった。10歳くらいの少年が走ってきて俺に当たりそうになったのをひらりと躱す。
俺とロザリナの間を抜ける形になった少年は「え?」という顔で俺を見た。俺は少年の頭に手を置く。
「俺で良かったな」
「ちっ」
舌打ちした少年は走っていった。
「あの子がどうかしましたか?」
「あいつは巾着切だよ。アンネリーセ」
「きんちゃっきり……ですか?」
古い言葉だから、理解できなかったか? それとも前の世界でしか使わない言葉かな?
「スリのことだよ」
「まあ、スリですか」
「スリはダメなのです」
「当主様の懐を狙うとは、無謀な少年ですな」
今のメインジョブは英雄剣王Lv35。サブジョブは暗殺者Lv41。
低レベルの盗賊がスリをしようとしても、気配で懐を狙っていると分かる。
「ジョブが盗賊になっていたよ、あいつ」
貧しい生活をする子供が、人のものに手をつけるのは生きていくうえでしょうがないことだ。
国があのような子供を全員保護できるわけがない。俺もそのことは分かっている。
でもさ、あの前財務大臣やエルバシル伯爵などが懐に入れていた金があれば、あのような子供が罪を犯さなくてもいいはずだ。王女のこれからの手腕に期待しよう……。
「あんな幼い子供が盗賊だなんて……」
アンネリーセは心優しいから、心が痛むんだろうな。
「武士は食わねど高楊枝なのです」
「なんでロザリナがそんな言葉を知ってるんだ?」
「ヤマト様が教えてくれたのです」
あいつか。まあ、変なことじゃないからいいけど。それと、あの子は武士じゃないからな。
「今からでも捕まえましょうか」
「俺に被害はないんだから、そこまでしなくていいさ」
他の人に被害があるかもだが、スリを摘発するのは俺の仕事じゃない。
「しかし当主様は貴族です。その懐のものを狙うだけで、腕を切り落とされても文句は言えません」
バースは厳しいな。
「トーイ様。あれを……」
アンネリーセの言葉で、屋台街から少し奥まったところを見る。10歳に満たない3人の子供が固まっていた。身を寄せ合って寒さを凌いでいるようだ。
「あんな子供たちがひもじい思いをしていると思うと、心が痛みます」
俺も心が痛むけど、俺にはどうしようもない……。そう思うんだけど、助けてあげたいと思う心が激しく痛む。
「あの子たちを助けても、全員を助けることはできないよ。それは分かっているね?」
アンネリーセに向かって言っているんだけど、まるで自分に言い聞かせているようだな……。
「はい……」
「でも今俺たちがあの子たちに手を差し延べれば、あの3人はお腹いっぱい食べることができる」
「では!?」
「ああ、助けられる命があるなら、助けてやろう」
「はい!」
安っぽい正義感かもしれないが、それで心が納得するならそれでいい。
屋台の肉の串焼きやサンドイッチを買い占める。
店じまいの時間だったから、喜々として全部放出してくれた。
「貴方たち、お腹空いてるんでしょ。こっちにおいでなさい」
「な、なんだよ。俺たちは何もしてないぞ」
一番年上だと思われる少年が、2人を庇うように立った。後ろの2人は男の子か女の子か分からないが、とにかく痩せ細っている。
「これをお食べなさい」
アンネリーセが肉の串焼きを差し出した。そこの屋台で買ったものだ。
「た、食べていいのか?」
「ええいいわ。たくさんあるから、食べなさい」
3人は遠慮なく肉の串焼きを手に取って齧りついた。礼を言わないのは感心しないが、それほどお腹が減っているのだろう。
すぐに肉の串焼きは食べつくされ、今度はサンドイッチを3つ出した。
「あまり急いで食べると、喉に詰まらせるぞ」
「ゴホッゴホッゴホッ」
「ほら言わんことじゃない」
一番小さい子がむせ込むから、背中を軽く叩いてやる。ずいぶん細い。
「お前たち、もっと食べたいか?」
「もっとくれるのか!?」
肉を食って元気が出たようだな。声に張りがある。
「働いたら、腹いっぱい食わせてやる」
「な、何をするんだ?」
「難しいことではない。お前たちでもできる仕事だ」
前の世界で食い物に困らない生活をしていた俺なんかが偉そうに言うのはあれだが、働かざるもの食うべからずだ。
「お前たちの仲間も連れてこい。仕事を与えてやる」
「本当にいいのか?」
「真面目に取り組むことが条件だ。そしたらたらふく食わしてやるぞ」
「すぐに皆を呼んでくる!」
「私たちはここで待ってるわ。暗くなるから早くね」
「「「うん」」」
3人は町の奥へと消えていった。
こんなに簡単に見知らぬ人を信じると、痛い目に遭うぞと思ってしまうのは俺の性格が捻くれているからかな。まあ、そんなことをするつもりはないが。
「バース。周囲の屋台から食べ物を買えるだけ買い込んできてくれ」
「はっ」
お金が詰まった革袋を渡して、買い出しに向かわせる。
どれだけの子供が集まってくるか分からないから、できるだけ多く用意しておかないとな。
アイテムボックスを持っているバースなら、大量買いも大丈夫だろう。
「ロザリナは近くの雑貨店で麻袋を買ってきてくれ」
「はいなのです!」
麻袋は子供たちに与える仕事に必要なものだ。
「よくもまあ、こんなに集まったな……」
俺たちの前には30人くらいの少年少女がいる。
皆、腹を空かせていて、生きるのに必死な顔をしている。
「まずはこれを食え」
アンネリーセ、ロザリナ、バースが皆に食べ物を配る。
「誰も取らないから、ゆっくり食べろ」
そう言っても、食べ物は一瞬で腹の中に収まる。それだけこの子供たちは飢えているのだ。
「俺の名前はトーイだ。今からお前たちに仕事を与えるから、1列に並んで1人ずつ前に出てこい」
先頭の子供は最初に食べ物を与えた3人のうちの一番年上の少年だ。
「痛いことは嫌だからな」
「大丈夫だ。お前の名前は?」
「プース」
「プースか。それじゃ、プースはこの袋一杯にゴミを拾ってこい」
「は?」
「聞こえなかったか? ゴミを拾ってこいと言ったんだ。明日の朝、ここにそのゴミを持ってきたら、食べ物をやる」
「ゴミ拾いでいいのか。分かった! 絶対食い物をくれよな!」
「約束は守る。しっかりゴミを拾ってこい。いいか、落ちているゴミだからな。ゴミ箱を漁ったりするなよ。道に落ちているゴミだからな」
「うん。道に落ちているゴミだな!」
プースは袋を持って走っていった。
別に王都を綺麗にしようとか思っているわけじゃない。
これは食事を与える口実だ。ゴミを拾うという仕事をすれば、その対価として食事がもらえる。子供たちは対価をもらい、俺は自分の気が済む。
ゴミは今度ダンジョンに入った時に捨ててくればいいから、処分に困らない。あそこは死体だろうがゴミだろうが関係なく飲み込んでくれる。
次は少女だ……多分女の子。正直言って性別の判断が難しい。この子にも袋を渡す。
「名前は?」
「チャミ」
「チャミも道のゴミを拾って持ってくるんだぞ」
「うん」
子供たちに次から次に袋を渡していく。
1人ずつ袋を渡したのは、子供たちを詳細鑑定で見るためだ。
怪我をしたり、病気だったらサブジョブに設定した聖赦官のスキルで治してあげる。
幸いなことに今のところ大きな病気を持っている子はいない。怪我も擦り傷程度だ。皆栄養が足りないという問題は抱えているが、これはスキルではどうにもできない。
「最後の子か。名前は?」
これまで見てきた子供同様に華奢な体つきをした少年だ。
「リリスです」
あれ、女の子? これは失礼。
少女のリリスを詳細鑑定で見る。
「………」
は? なんだよ、この子。
容姿は9歳くらいだけど、実年齢は12歳。発育が悪い。いや、そこはどうでもいいんだ、そこは……。
「あ、あの……私もゴミ拾いしたいです」
俺が鑑定結果に驚いていると、リリスが目に涙を溜めていた。
「うん。リリスも道に落ちているゴミを拾って、明日の朝にここへ来てくれ」
「はい。ありがとうございます」
リリスが袋を持って駆けていく。
女の子のような容姿の俺が言うのもあれだが、どう見ても少年だ。
「今のリリスという子がどうかしましたか?」
さすがはアンネリーセだ。俺が詳細鑑定していたことに気づいているよ。
周囲に俺たち以外誰も居ないことを確認して、アンネリーセの質問に答える。
「あの子、転職できるジョブを持っているな」
「幼い時から家の手伝いをしていると、幼くても農夫や商人などのジョブに転職できますから不思議ではないですが、トーイ様が驚いていたということは何か珍しいジョブなのですか?」
「やっぱりアンネリーセは凄いな。正解だよ」
しかも下手な奴に知られたらマズいジョブだ。
「保護しますか?」
「うーん……リリス次第かな。俺たちが保護してやろうと思っても、本人が迷惑に思うかもしれないからね」
「でも放置はしないのでしょ?」
「そうだね。できる限りのことはしてやりたいかな」
とりあえず明日の朝だな。
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次の更新は3月29日です。




