075_財務大臣
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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075_財務大臣
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王都の公爵屋敷の別棟の一室で、俺はアンネリーセに膝枕をしてもらっている。心を落ちつかせるためだ。
アンネリーセは何も言わずに、俺に膝を貸してくれる。こういう心遣いがありがたい。
アンネリーセはなんで呪いを受けたか知りたいかな? ダンジョンの呪いだと思っているほうが、彼女にとって幸せなのかも。誰かに恨みを持ちながら暮らすのは、心が疲弊していくものだから。
それでも俺は彼女に問わなければいけない。呪いを受けた理由を知りたいかと。
「アンネリーセ」
「はい」
双丘の向こうにあるエメラルド色の瞳が俺を見つめる。どんなアングルから見てもアンネリーセの顔は芸術的な美しさを持っている。
「君は呪いを受けた理由を知りたいかい?」
アンネリーセは少し不思議そうな表情をして「いいえ」と答えた。
「呪いを受けてなければ、トーイ様に出会えなかったはずです。ですから、そんなことはいいのです」
「そう……か」
老衰でいつ死ぬか分からないその恐怖に怯えて過ごしたはずなのに、彼女は前を向いて生きている。そういった過去を乗り越えたアンネリーセだからこそ強いのだろう。
だったら何も言わないでおこう。その代わりに俺がアンネリーセの無念を晴らしてやる。必ずだ。
公爵から呼び出された。
「例の件は、受け入れられた」
ヤマトと厳島さんのことで、王女からOKが出たようだ。
「そうですか」
「ただし条件がある」
条件?
「王都ダンジョンの10階層のモンスターを1000体以上狩ってほしい」
「モンスターを間引くということですか」
「そうだ」
勇者召喚した理由を俺にやらせようというのか。まあいい。レベル上げはやっていくつもりだったから、ダンジョンの深い階層に入るのは望むところだ。
「しばらくかかりますよ」
時間をかけるつもりはないが、まだ7層を踏破しただけの俺たちだからな。
「理解している。が、10年も20年もかかってもらってはな」
「そんなに時間をかけるつもりはないですよ」
「それならいい」
公爵にしたら、召喚された2人を領地に住まわせることになる。それは面倒を抱えることになるはずだ。それについて何も言わないのは、今までの借りを返しているつもりなのかな。
「公爵様はエルバシル伯爵をご存じですか?」
「エルバシル伯爵なら知っている。門閥貴族だ」
前の世界の意味は知らないが、この世界の門閥貴族は王家に仕える領地を持たない貴族のことらしい。
ザイゲンなども領地を持たない貴族だけど、公爵家に仕えている。そういった貴族は門閥貴族とは言わないらしい。王家に仕えている貴族だけが、門閥貴族と言うらしい。
「単刀直入にお聞きしますが、どういった人物でしょうか?」
「何かあったのか?」
公爵が訝し気に俺を見てくる。
「その息子とちょっと」
「……エルバシル伯爵は財務族だ。財務省のナンバースリーと思えばいい。人となりは……俗物だな」
厳しい顔をして、吐き捨てた。その表情からかなり嫌っているのが見て取れる。
「彼奴を潰す証拠があるなら出せ。すぐにでも潰してやる」
「持ってません」
「なら手に入れろ」
「無茶言わないでください」
手に入れるけどさ。
「まあいい。期待して待つとしよう」
「そこは期待しないで待つところでは?」
ザイゲンまで頷いているよ。相当嫌われているようだな、そのエルバシル伯爵は。
グリッソムには殺人や強姦など多くの犯罪歴がある。罪によってはレコードカードに記録されないものもあるが、殺人や強姦はばっちりと記録される。
レコードカードを確認されたら終わるが、父親が有力者だから役人もおいそれとは手が出せないだろう。
グリッソムの屋敷には複数の違法奴隷が軟禁されている。これだけでも摘発の対象になるが、それだけでは弱い。父親の伯爵に握り潰されかねない。
もっと強力な証拠が欲しいが、それが見つからない。奴隷以外に何も違法性を示すものは見つからなかった。
頭がいいわけではないはずだ。頭が良ければ、違法奴隷を屋敷に置くわけがない。ただ単に証拠が残らなかったのだろう。たとえばダンジョン内で人を殺せば、死体は残らない。ボス部屋では遺体だけが消えて装備は残るらしいが、ボス部屋以外だと装備などもダンジョンに吸収されてしまう。目撃者が居なかったら、完全犯罪ができる。
「だったらアプローチを変えるしかない」
公爵に城や宮殿に自由に立ち入る許可を取ってもらった。
幸いにも厳島さんとヤマトの件があったし、赤葉たちに迷惑をかけられたこともあったから国は俺に配慮したようですぐに許可が下りた。
「2人に協力してもらいたいんだ」
「面白そうだね! 僕はいいよ」
ヤマトは即答で了承した。
「そんなに酷いことをした人を懲らしめるためなら協力するわ」
厳島さんも協力を約束してくれた。
俺がエルバシル伯爵を探っている間、2人と会っていることにしてもらった。アリバイ工作だ。
「しかしこの世界にもクズがいるんだね。僕も気をつけないと」
ヤマトが首を振った。
「人の欲には際限がないと言うから……」
「欲を理性で抑え込むのが人間だよ、厳島さん」
「うん。そうだね」
悲しそうに目を伏せる厳島さんは、本当に心が優しいな。
宮殿(王族は後宮と言っているらしい)は王族が住む場所。城は行政や軍事の場所。
財務省のナンバースリーであるエルバシル伯爵の職場は、城のほうにある。それを探す。
誰が誰かさっぱり分からないから、人を見つけたそばから詳細鑑定を行う。それで分かったことだが、門閥貴族というのはクズが多いということだ。贈収賄や横領などは当たり前。5分の1は何かしらの罪を犯している。ジョブが盗賊の人も結構多い。
「5人に1人が罪人だなんて、これでよくも国が成り立つものだな」
この数が多いのか少ないのかは俺には分からないが、日本でも国会議員がお金絡みのことでよく辞任しているのだからなんとかなるのだろう。日本でもこっちでも目に見える犯罪は、ほんの一握りのはずだから。
しかし貴族はレコードカードを確認されないのだろうか? 国はそういうことを行うべきだと思うんだが、なぜしないのか?
幸いと言うべきか、役人(貴族ではない人)のほうはまだマシだった。まったくいなかったわけではないが、かなり少ない。
あまりにも酷い人の名前はメモしておくとして、今はエルバシル伯爵だ。
城の奥、ひっきりなしに人が出入りする役所のような場所が、財務省が入っているエリアのようだ。
貴族ではない役人たちが忙しく書類の処理を行っている。
書類の束を持った役人が奥へと向かう。俺もそれについていき、個室に入る。
上司に書類を渡すと、役人は戻っていった。この上司はエルバシル伯爵ではないが、犯罪歴がある。ただし軽微な犯罪ばかりで、小者だ。
他の個室を見て回る。個室の数が多すぎる。もっと少なくしてほしい。
次第に部屋が広くなり、調度品も豪華になっていく。そろそろ当たりを引いてもいいんだが……。
「例の件はどうなっているのか?」
「ナルディア川の河川工事の予算の4割を抜いております。問題ありません」
「よろしい」
エルバシル伯爵ではないが、財務大臣だった。財務大臣がこれでは財務省の自浄作用は期待できないだろう。しかし4割か。横領額として多いのか少ないのか……。
その部下は小物だが、財務省ではそれなりのポストに就いている。財務大臣の腰巾着といったところか。
部下が下がって、財務大臣が1人になった。
書類を投げ出してワインのボトルとグラスを取り出した。職務中に酒とはいいご身分だ。
ワインをなみなみに注いだグラスを一気に呷る。この人、アル中の一歩手前のアル中予備群だ。まだ仕事に大きな支障は出てないみたいだけど、そのうちやらかすんじゃないかな。
その財務大臣が引き出しから書類を取り出して、数秒目を通した。そして握り潰した。何が書いてあったんだ?
「ガルドランドにも困ったものだ。錬金術師とアイテム生産師をあのフットシックルへ預けるだと? バカなことを」
俺のことかよ。ちなみにガルドランドというのは、公爵のことだ。
「ガルドランドは、あの者たちが作ったアイテムを販売して私が儲けるのが面白くないのだ」
いやいや違うって。てか、あんたそんなこともしているのか。意地汚いな。
「あの愚か者の勇者たちはしばらく使い物にならぬし、多額の費用を使った甲斐がない奴らだ」
金のことばかりだな。
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