066_グリッソムという男
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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066_グリッソムという男
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転生90日目。今日でこの世界にやって来て3カ月になる。こんなことを考えていると、日本が恋しいのかと錯覚してしまうが、俺はこの世界に馴染んでいると思うんだ。
だから今後は日にちを数えるのは止めようと思う。
今日もダンジョンに入ろうと思ったが、王都にも初雪が降り出した。粉雪で積もるような降り方ではないが、寒い。
体温を逃がさないように、マントの前を掴んで隙間を塞ぎながらメインストリートを歩く。雪が降っているからか、昨日よりもかなり人出が少ない。
ダンジョンに入ることから、馬車の送り迎えはない。歩けば温かくなると思ったけど、全然温かくない。馬車にしておけばよかった。
王都のメインストリートは石畳で、貴族街の道もほとんどが石畳だ。土や砂利よりは歩きやすいんだろうが、石の凸凹が多く意外と歩きにくい。
探索者ギルドの大きな建屋の前を通り過ぎると、ダンジョンの入り口を囲うパルテノン神殿のような石造りの建物が見える。
昨日も見上げたが、今日も見上げてしまう。多くの太い柱に支えられた屋根が崩れてこないか心配だ。そんなことを考えていると身も蓋もないが、鉄筋コンクリートでもないのに、どうやってあの重そうな石の屋根を支えているのだろうか?
「お前、アンネリーセかっ!?」
俺が見上げていたら、誰かがアンネリーセの名を呼んだ。男の声に俺は顔を顰めてそっちを見る。
「グリッソムさん……お久しぶりです」
アンネリーセの知り合いか。昔王都に住んでいたと言っていたから知り合いが居てもおかしくはないけど、それでも男の知り合いというのは気分のいいものではない。
グリッソムというその男は決してハンサムではない。年齢は30前くらいでぽっちゃり系、くすんだ赤毛を背中の真ん中まで伸ばして後ろでまとめている。魔法使いなのか、灰色のローブを着て杖を持っている。金属でできた180センチ程の長い杖で、先端に黒い宝石……いや宝魔石がついている。
「お前、その姿はどうしたんだ!?」
俺のアンネリーセをお前呼びするとは、この野郎、何様だ。
「呪いは解けました」
「なんだとっ!?」
驚くところか? 知り合いなら「良かったね」と一言あってしかるべきだろう。
俺、こういう奴嫌いだ。
アンネリーセに馴れ馴れしいのも嫌いだけど、何よりも思いやりがない。言葉が乱暴。顔が厭らしい。
「知り合いか?」
あまり気分のいいものではないから、早々に切り上げようと思い俺が前に出た。
「なんだお前は!?」
初対面の俺にこうまで好戦的な語気とは……。アンネリーセに惚れているのは分かるが、そんなことでアンネリーセの気は惹けないぞ。俺のような紳士じゃないとな。ふふふ。
「申し遅れた。俺はトーイ=フットシックル男爵です。貴殿は?」
「ふんっ。私はグリッソム=エルバシル。エルバシル伯爵家の者だ」
どう見ても30前だけど、家名がある?
「確か貴族の子弟で非嫡子は成人すると家名はなくなるはずですが、貴殿は嫡子か騎士なのですか?」
ザイゲンに貴族のことを教えてもらったが、非嫡子が15歳になって成人した時は、貴族籍から籍を抜く制度があるらしい。子供の内は貴族の息子だけど、成人後は貴族と名乗ることは許されないのだ。
この場合の非嫡子は、家督相続権を持つ者の中で最上位じゃない人たちを指す。一般的には男子の長子が嫡子になるけど、女性を嫡子にしてもいいらしい。そこら辺は貴族家の家風や才能で決めるようだ。
このグリッソムという男は探索者をしているようだし、容姿では15歳という成人年齢を超えているのが分かる。すっごく老け顔じゃなければ。
非嫡子でも騎士だと家名を名乗れる。他にも官僚にして家名を名乗ることを許す貴族も居るが、グリッソムは騎士や官僚には見えない。それに嫡子なら嫡子と名乗るものだ。それが貴族の礼儀と聞いた。
「そんなことはどうでもいいっ!」
「えぇ……良くないと思いますよ。貴族や騎士でない者が家名を名乗るのは、法で禁止されていますから。伯爵家の出身であれば、それくらいは知っていますよね?」
「う、うるさいっ!」
こいつダメな奴だ。
「これは上に報告しておくべきでしょうかね」
「な、いい加減なことを言いふらすんじゃないぞ!」
グリッソムは慌てて俺たちから離れていった。その態度だけで嫡子でも騎士でもないのは明らかなんだけど、詳細鑑定で見ておけば良かった。そうすれば、グリッソムがどういった人物か分かったのに。
「私のせいですみません」
「アンネリーセが謝ることじゃないよ」
「でも私のせいでエルバシル伯爵家と」
彼女の肩に手を置くと、アンネリーセが震えていた。
あの野郎、アンネリーセを怯えさせるとは許せん。殺意が湧いてくる。今度会ったら百年目。ぶっ飛ばしてやる。
いや、ダメだ。そんな短絡的なことでどうする。力を持ったからといって、それを気軽に使ってはいけないんだ。そんなことをすれば、あいつと同じじゃないか。
「あのグリッソムという奴は、何者なんだ?」
「昔、一時期だけパーティーを組んだことがある方です」
アンネリーセとパーティーを組んだだと? 一時期でも許せん!
「その時に何度も付き合おうと言われたのですが、あのような方なのでお断りをしていたのです」
それは当然だ!
「私が呪いにかかってしまったので、パーティーメンバーだったのは1カ月ほどでした。その後私はパーティーから追放されましたので」
「はぁ?」
舐めてるのか、あの野郎。パーティーメンバーだったら、何を置いてもアンネリーセのために解呪の方法を探すものだろ。
前言撤回。あいつなら力を使ってもいい。破滅に追い込んでやる!
「今度会ったら百年目だ」
「私は気にしてないので」
「いや、俺が気にする。アンネリーセが苦しんでいる時に、何もしないどころか追放するなんてクズだ。絶対に許さん!」
「ご主人様……」
「アンネリーセ……」
視線が交差する。エメラルドグリーンの瞳に俺が映っている。なんて綺麗な瞳なんだろうか。俺の瞳にもアンネリーセしか映ってない。2人だけの世界だ。
「ゴホンッ」
「「っ!?」」
「いい雰囲気のところ申しわけないのですが、公衆の面前でそういうのはいかがかと」
ガンダルバンの声に現実に引き戻された俺は、周囲の人たちの視線が集まっているのに気がついた。
「あは……あははは。今日はいい天気だなー」
「生憎の雪ですが?」
そこはそうですねと言っておくところだろう、ガンダルバン!
ダンジョンに入ってダンジョンムーヴで4階層へ移動。
ここからは気恥ずかしさを吹き飛ばして、気を引き締める。
今日は6階層へ到達するのが目標なので、今回も駆け足だ。
俺のメインジョブは暗殺者、サブジョブに探索者をつける。
4階層を足早に進み、出遭ったモンスターはガンダルバンたちが瞬殺。まだ4階層のモンスターでは相手にならない。
4階層のボス部屋も瞬殺して、5階層も駆け足。
そしたらまた宝箱の気配を感知。
「王都のダンジョンは宝箱が発生しやすいのか?」
この問いに答えられる人はいない。誰もダンジョンの生態(?)を知らないのだ。
そこは木々に囲まれている開けた場所。なんだか不穏な気配がする。
開けた場所の中央に宝箱があり、この場所全体が罠のスイッチになっている。解除はさすがにできそうにない。
「ここはモンスターハウスのようですな」
「私もそう思います」
総合的に考えて、こういう場合はモンスターハウスの可能性が高いらしい。俺たちが立ち入ったら、モンスターがわらわらと出てくるという面倒な仕様のようだ。
経験豊富なガンダルバンとアンネリーセがそう言うのだから間違いないだろう。
5階層のモンスターのレベルは20にも満たないから、100体くらいなら問題ない。それ以上だと俺たちも疲れてくるからヤバい。
「モンスターハウスは解除できそうにない。どうするか」
「回避するのがよろしいのでは?」
「目の前にあるお宝を放棄するのか?」
「命には代えられません」
ガンダルバンは安全に1票か。
「アンネリーセのマナハンドで開けられないか?」
「すみません。この距離ではさすがに届かないかと」
宝箱まで100メートルはあり、マナハンドでは届かないとアンネリーセは言う。
瞬考し、回避することを決めた。こんなところで命を懸ける必要はない。宝箱は惜しいが、ここは回避しよう。
「本当によろしいのですか?」
「お宝は欲しいが、命のほうが大事だ。自分や仲間をみすみす危険に曝すのは、リーダーとして失格だと思わないか、バース」
「ご当主様の高尚なお考え、バース感服いたしました」
「そんなに持ち上げても何もでないぞ」
「そのようなつもりでは」
「分かっているよ」
ガンダルバンもそうだが、皆生真面目。リンだけは俺のユーモアを少しだけ分かってくれるが、それでも真面目なんだよな。
「よし、ボス部屋までの案内を任せたぞ、バース」
「はっ」
モンスターハウスの宝箱は放置し、俺たちはボス部屋へと急いだ。遠回りになってしまったが、夕方くらいにはなんとかボスを倒して6階層に至ることが出来た。
ご愛読ありがとうございます。
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