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064_サヤカ・イツクシマ

 この物語はフィクションです。

 登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。

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 064_サヤカ・イツクシマ

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 転生76日目は酷い1日だった。馬車の中で何度も吐いた。アンネリーセに介抱されるのは悪くないが、最悪の1日だったよ。


 王都への旅の間、バッカスがやたらと絡んできた。毎回ドワーフ殺しが出てくるのには辟易だったが、おかげで酒に強くなった気がした。それでもバッカスの飲み方にはついていけない。

 バッカスは寝起きに1杯、馬車に乗っていても飲んで、食事でも飲む。ふざけるな、この野郎と言いたかった。


 そんなこんなで王都に到着したのは、転生87日目のことだ。途中は何事もなかったから、予定通りの到着だ。

 やっとのことで王都に到着したが、ケルニッフィはまだ良いほうらしい。遠い場所の貴族なんか、2カ月くらいかかって王都にやってくるらしい。どんだけ遠いんだよ……。


 ケルニッフィから王都に向かう間に、俺はこの世界で初めて新年を迎えた。

 特に宴会があるわけでも祝うわけでもない。12の月の30日目から1の月の1日目は馬車の中に座って退屈な時間が過ぎていったのを覚えている。


 もっともバッカスだけは毎日宴会だった。それに付き合わされる俺の身にもなってほしい。

 公爵たちはよい飲み相手ができたと、バッカスを俺に押しつけてくれたよ。この件に関しては、いつか借りを返してもらうつもりだ。覚悟しておくといい。


 このオーダ王国最大の都市、それは言うまでもなく王都マルガスだ。人口はケルニッフィを上回る25万人。

 この王都にもダンジョンがある。なんでも王都のダンジョンをはじめ、オーダ王国の複数のダンジョンでモンスターの大量発生が確認されているらしい。これを放置するとモンスターが地上に放出されるから、勇者召喚を行ったと聞いた。


 でも期待していた勇者たちがあまり育っていないらしい。勇者とその仲間たちのダンジョン探索は、4階層のボスを倒して5階層に至ったらしい。

 なんの支援もない俺が7階層のボスを倒しているのに、あいつらはまだ5階層なのかと首を傾げるばかりだ。


 5階層の探索をしているのは、イツキ・ミズサワが率いるパーティーらしい。正直言ってイツキ・ミズサワと聞いてもピンと来ない。多分、俺に関わろうとしなかったクラスメイトだろう。俺もあまりクラスメイトに関心を持たなかったから、知っている名前は半分ほどか。


 また、シンジ・アカバがリーダーをしていたパーティーは、空中分解して3つのパーティーに分かれているそうだ。ハヤテ・ウチダとサダオ・ツチイがメンバーを引き連れてシンジ・アカバのパーティーから独立したというのが正しいか?

 どっちでも構わないが、この3人の名前はよく覚えている。特にシンジ・アカバの名前はよく覚えている。


 そのシンジ・アカバは1人でダンジョン探索をしているらしい。なんでこうなったかと言うと、暴君だからだろう。

 あいつは日本に居た時もやりたい放題だった。父親が国会議員で祖父が大企業の社長らしく、誰も逆らわなかった。


 子供が悪さしたら叱るのが親なのに、シンジ・アカバの親は彼を叱らない。それどころか悪さをしてもそれを揉み消すのに権力を使っている。

 選挙の時だけヘラヘラして頭をさげるのに、陰では色々悪いことをしていたようだ。


 勇者のことはどうでもいい。俺は奴らと関わる気はない。




 転生88日目。公爵は忙しそうにしているが、俺は時間を持て余している。


 俺たちは公爵の屋敷に逗留している。そこは王族が暮らす宮殿のような城のすぐ横にある大きな屋敷だ。公爵麾下の貴族は、自分で屋敷を持っている人は別として、ほとんどが公爵屋敷に逗留する。そのためか、公爵家の敷地には別棟がいくつもある。

 俺たちも別棟を1棟借りているんだが、どうにも大きい。ケルニッフィの屋敷よりはやや小さいが、それでも大きい。


 王都見物に出ることにした。馬車で町に出て色々見ていく。

 ゴルテオ商店の王都本店が見えたので、寄ってみる。ケルニッフィの店よりも大きな店だ。さすがは本店だ。


「いらっしゃいませ」

 入店するとすぐに茶髪でスタイルの良い女性店員が寄ってくる。こういうところは、ケルニッフィと一緒だ。店員教育がしっかりしているのだろう。


「王都に来たばかりなんだ。最近王都で流行っているものとかあるかな?」

「それでしたら、石鹸などいかがですか? 最近一番売れている商品です」

「石鹸!?」

 まさか石鹸があるのか? 公爵領の貴族に聞いても石鹸のことは知らなかった。それが王都で出逢えるとは……。って、これどう考えても、勇者関係でしょ。


「どうかしましたか?」

「いえ、なんでもないです。その石鹸を見せてもらえますか」

 女性店員に見せてもらう。固形石鹸で拳大の大きさのものが木箱に入って売られていた。

 有名な青い箱に入った石鹸のような香りがする。

 見れば、シャンプーとトリートメントまで売っていた。ここは宝の山か!?


「これはケルニッフィの店でも扱う予定はあるかな?」

「はい。その予定で生産させております」

 それは僥倖!


「ここにある石鹸を30個、シャンプーとトリートメントを10個ずつもらいます」

「ありがとうございます」

 スタイルは良いけど、地味な顔立ちの女性店員が微笑む。


「他に流行っているものは、何かありますか?」

「最近入荷した魔剣など如何でしょうか?」

「魔剣か……とりあえず見せてください」

 女性店員についていくと、そこには見知った魔剣があった。俺がエンチャントした魔剣だ。


「この魔剣は製作者不明のものです。ですから他の魔剣よりもお安くなっております」

 うん知ってる。ゴルテオさんがそう言っていたからね。


「その魔剣はすでに持っているんだ、すまないね」

「いえ。滅相もございません。わたくしのほうこそ、お役に立てずに申しわけございません」

 これで帰ったら女性店員が落ち込みそうだ。そこでアンネリーセにドレスを買うことにした。


「この色はお客様の美しい金髪をより引き立てると思います」

 淡いピンクのドレスだ。アンネリーセなら何を着ても綺麗だけど、可愛いドレスだから購入決定。


「こんな綺麗なドレスをいいのですか?」

「アンネリーセにとても似合うと思うよ。ね、店員さん」

「はい。とてもお似合いですよ」

 女性店員さん、ビジネススマイル全開だ(笑)


「これ、彼女用に調整してくれるかな」

「承知しました」

 女性店員とアンネリーセがフィッティングルームに入っていく。


「トーイ様。どうでしょうか?」

 ドレスを試着したアンネリーセが、恥じらいながらその姿を見せてくる。美しいの一言だ。アンネリーセの金髪にも合うが、白い肌にもよく合う。ちょっと胸元が開いているから男たちの視線が気になるが、似合っているから文句はない。


「アンネリーセ様の美しさもさることながら、下着がとても素晴らしいものでした。まさかケルニッフィでこのような下着が流行っているとは思ってもいませんでした!」

 女性店員が興奮している。いずれ王都の店でも下着を扱うと思う。こっちの人はともかく、勇者たちには好評なはずだ。むしろ勇者たちがこの下着を作らなかったことに疑問が湧く。


 石鹸は作ったのに、下着はなぜ作らなかった? まさかジョブが関係しているのか?

 できれば水洗トイレを作ってほしい。あとシャワーも。そこら辺、なんとか作ってもらえないだろうか。


「他に2着を見繕ってもらえるかな」

「畏まりました!」

 女性店員の声が1オクターブ高くなる。


「私は―――」

「俺が買ってあげたいと思っているの」

 アンネリーセが断ろうとするのを制して、ドレスを選んだ。どれもアンネリーセによく似合うものだ。


 アンネリーセがドレスを選んでいる間に店内をぶらぶら。1人で見て回りたい時に、暗殺者の隠密は便利だ。

 そんな時に、彼女の姿を見つけた。厳島さやかだ。


 随分と痩せた印象だ。目の下にクマもある。かなり疲れているように見える。勇者たちや国が無茶ばかり言うのか? 大丈夫なんだろうか?


「あの……」

「これはイツクシマ様。ようこそおいでくださいました。こちらへどうぞ」

 ちょっと偉そうなおじさん店員が彼女を奥へと連れていく。俺もついていく。


 個室に案内されて、彼女は店員と向かい合って座った。

「石鹸とシャンプーとトリートメントの売れ行きは良いです。ポーション類も安定の売り上げです」

 店員はにこやかに語り出した。どうやら石鹸は彼女が作ったようだ。彼女のジョブは錬金術師で、ポーションなどをゴルテオ商店に卸しているらしい。その縁で出入りも頻繁らしい。


「今日はこれをお持ちしました。売れればいいのですが」

 イツクシマさんは瓶に入った赤い液体をテーブルの上に置いた。

「鑑定させてもらいますね」

 店員が瓶を持ち上げる。俺も詳細鑑定で見てみよう……。ほう、これは。錬金術だとこんなものも作れるのか。


「ニトログリメンというのは初めて聞きますが、衝撃を与えると爆発するのですか……」

 店員はそっと瓶を置いた。手が震えている。


「モンスターと戦う時に良いと思います」

「しかし持ち運ぶ時に、爆発してしまっては……」

 詳細鑑定では不安定だからあまり揺らさないこととある。そりゃー、店員も引くわ。

 イツクシマさんもよくこんなものを持ち運ぼうと思ったな。それ以前によく作ったな。


「今それを安定させる実験をしています。いいものができると思います」

「これまでイツクシマ様がお持ちになったものは、良いものばかりでした。今度も期待させていただきます」

 買うとは言わないんだね。さすがは商人。


 イツクシマさんはしょんぼりして帰っていった。安定させれば売れそうだからがんばれ。

 でもダイナマイトを発明したノーベルのように、後悔しなければいいんだけど。


 たしかダイナマイトは珪藻土にニトログリセリンを染み込ませることで安定したんだったな。あのニトログリメンという液体もケイソウで安定するかもだけど、それを伝えるのはなぁ……。

 俺、今はトーイなんだよ。どうしたものか。


 アクセサリー売り場で考えた。マジックアイテムのアクセサリーがあるなら、これらのアクセサリーにエンチャントできないか? やってみよう。ダメでもアンネリーセならどんなアクセサリーでも似合うはずだ。


 

ご愛読ありがとうございます。

これからも本作品をよろしくお願いします。


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