063_ドワーフ殺し
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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063_ドワーフ殺し
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転生75日目。今日は王都へ出発する日だ。
俺とアンネリーセは、ジュエルが御者をする馬車の中。ガンダルバンとジョジョク、リンは軍馬に乗り、ロザリナとソリディアは荷車の御者席、バースは俺が乗る馬車の屋根の上だ。
俺とバースにはアイテムボックスがあるから、荷車はダミーだ。荷物を運んでますよとアピールしている。
公爵のほうはバルカンの長男イージスが指揮する1個連隊およそ600人に護られて、豪華絢爛な馬車で街道を進んでいる。
イージスもそうだが、騎士たちは軍馬に乗っている。100頭を超える数の軍馬だ。
兵士は歩きではなく、荷車に分乗している。だから荷物を載せた荷車と合わせると、荷車の数も100台近くになる。
公爵家の馬車は公爵が乗るものと、その奥方たちが乗るもの、さらに子供が乗るものがある。それだけで8台の馬車が用意されている。今回の公爵は5人の妻を連れてきている。まったくリア充野郎め。
馬車の旅は結構ハード。1日目にして俺の尻は皮がめくれてしまったのではと思うような状態だ。最悪。
王都とケルニッフィ間は馬車で12日の旅らしい。12日も馬車に乗りっぱなしとか拷問だと思う。振動でお尻が割れそうだ。
公爵は毎年王都へ行って、国王に謁見して新年の挨拶をするんだとか。
例年は新年をケルニッフィで迎えて大評議会を行ってから出発し、1の月の30日目に謁見するらしい。今回は公爵がケルニッフィに帰ってから大評議会が行われるのだとか。
今回は悪魔を討伐した俺たちに、国から褒美が出るということでいつもより早めに王都入りすることになった。
公爵麾下の貴族も公爵と共に謁見するが、こちらは半数になる。麾下の貴族が全て領地から居なくなるのはマズいから隔年で半数ずつが謁見するんだとか。
今年は悪魔騒動があったから、バルカンはケルニッフィでお留守番になる。バルカンは昨年謁見したらしいから、丁度良かった。
他の貴族も1の月から2の月の間で謁見するから、その時期の王都は貴族で溢れかえるんだとか。
旅の途中に貴族の屋敷や城があると、そこに泊まる。1日目は公爵麾下の貴族の屋敷に泊まることになった。
多分100キロメートルくらい移動したと思う。それでも公爵の領地なんだ。広いね。
「ようこそおいでくださいました、閣下」
玄関前で公爵を出迎えるのは、この屋敷の主であるバッカス子爵。背はあまり高くないが、がっちりとした体形の赤毛髭面の40代男性だ。
まさかと思ったが、この人ドワーフだ。ドワーフと言えば、背が低いイメージを持っていたけど、俺と同じくらいだからそこまで低くない。40代だと思っていたら、なんと120歳だった。
「バッカス子爵か、出迎えご苦労」
「はっ」
バッカスの値踏みするような視線が俺に向く。
「初めまして、バッカス子爵。私は先ごろ男爵に叙されましたトーイ=フットシックルです。以後、お見知りおきください」
「フシュルム=バッカスだ。よく来られた」
挨拶して握手する。ドワーフだからもっと豪快かと思ったけど、普通の人だった。
バッカスは公爵を屋敷の中に誘った。かなり大きな屋敷だ。俺の屋敷も大きいと思ったが、こっちはその数倍ある。毎年公爵一行を迎えているらしいから、多くの貴族が泊まれるように大きな屋敷になっているんだろう。
今回は公爵と俺、数人の貴族だけが従っているが、他の貴族も後から王都へ向かうらしい。
俺にあてがわれた部屋で寛ぐ。アンネリーセとガンダルバン、ジュエルが部屋に入っている。ロザリナ、バース、リン、ソリディアは別棟の兵士用の部屋で控えている。さすがに全員で領主の屋敷に泊まれないようだ。
青柳色の髪のジュエルがお茶を淹れてくれる。美味しいお茶だ。モンダルクが仕込んだだけのことはある。
屋敷でのジュエルは庭師や厩番のようなことをしているが、本来は執事見習いだ。人を雇うようにモンダルクに言ってあるが、モンダルクのお眼鏡にかなう使用人はなかなか現れない。
同時にガンダルバンにも兵士を数人増やせと言っているのだが、こちらも簡単には増えない。最低でも剣士や槍士、騎士、弓士などじゃないといけないから、簡単ではない。
いっそのこと村人の奴隷を購入して育てようかと思っている。使用人でも兵士でもそのほうが早そうな気がする。
「ジュエルは執事に転職してから何年になるんだ?」
ジュエルのジョブは執事ではなくバトルバトラー。戦闘ができる執事だ。
バトルバトラーはナイフや暗器などで戦闘するため、暗殺者よりも暗殺者っぽい。
「かれこれ5年になります」
ジュエルの年齢が17歳だから12歳の時に転職したのか。当然ながらそれ以前から執事見習いをしていたはずだ。それでまだ見習いとか、モンダルクは厳しいな。
「そろそろ見習いを取ってもいいんじゃないか」
「私などまだまだですから」
ジュエルは苦笑するが、まんざらでもないようだ。ケルニッフィに帰ったら、モンダルクに言っておこう。
夜はバッカスの歓待があった。公爵やバッカス、他の貴族たちが勢ぞろいで食事をするんだが、料理が豪快だ。
何かの鳥や豚の丸焼きがデーンとあって、料理人たちが切り分けていくスタイル。野菜はなく酒と肉だけの宴である。
こういった料理のイメージは、俺の中のドワーフのものだ。ちょっと嬉しい。
バッカスは骨付き肉を豪快に手掴みで食べているが、公爵や他の貴族はナイフとフォークを使っている。郷に入っては郷に従えと言うし、俺も手掴みで骨付き肉にかぶりつく。
「美味い」
バーガンと砂糖か、甘辛いタレがついていて、照り焼きみたいだ。
「フットシックル男爵もいける口だな!」
「バッカス子爵の真似をしてみただけです」
「気に入った。飲め! どんどん飲め! この酒はドワーフの国以外ではワシの領内でしか造ってないものだ。美味いぞ!」
銀製のジョッキになみなみと注がれた琥珀色の酒。アルコール臭が鼻に刺さるようだ。
「それでは……」
まさかドワーフ殺しと言われる酒が、人生で初めて飲む酒になるとは。
ゴクッゴクッゴクッゴクッ……。美味い。
ウガーッ!? 喉が焼ける!
最初は凄く飲みやすいと感じたけど、直後に喉が焼かれているような熱さを感じた。
「がーっははははは! まだまだだが、ヒューマンでそれを半分も飲めたのは、褒めてやろう!」
ヒューマンが飲めないような酒を出すな! そう声に出そうとしたが、声が出ない!
くそっ、こうなったらヤケ酒だ!
ゴクッゴクッゴクッゴクッ。
「お、やるじゃないか! よし俺もだ!」
バッカスが銀ジョッキを傾けていく。いい飲みっぷりだ。
「っぷっはーっ。美味い!」
俺も負けずに飲む。
「おい、フットシックル男爵。大丈夫なのか」
公爵が何か言っている。あんたも飲めよ。これ、最初は美味しいよ。最初だけね。
あれ、視界がグルグル回る。
「がーっはははは。ドワーフ殺しを飲み干したんだ。フットシックル男爵、いや、トーイは俺の友だっ!」
バッカスが何か言っているが、それどころではない。
「………」
気持ち悪い。ここはどこだ? 知らない天井だ。
「目が覚めましたか」
アンネリーセが俺を見下ろす。
「綺麗だ」
気分が悪くても、アンネリーセが美しいと思う美的感覚は鈍っていないようだ。
「ありがとうございます。ですが、そろそろ起きないと出発の時間に間に合いませんよ」
出発? 何それ?
「起こしますね」
アンネリーセが俺の首の下に腕を差し込んできて、俺の上半身を起こす。
OPPAIが顔に当たる。普段なら至高のひと時なんだろうが、今はそれどころではない。
「うっ、気持ち悪……」
「ドワーフ殺しなんか飲むからですよ」
「ドワーフ殺し……」
思い出した。バッカスに負けじとあの酒を飲んだのだった。
頭がガンガンする。気持ちが悪い。今日は1日ベッドで寝ていたい。
「このまま寝ていたらダメかな」
「ダメです。これに懲りたら、無茶な飲み方はしないでくださいね」
OPPAIグリグリの刑ですか。嬉しいはずなのに、酷い気分だ。
「……分かった」
無理矢理体を動かすが、その度に胃の中のものが食道を逆流してくる。何度か吐きながら顔を洗って着替える。
吐いたおかげで少しだけマシになったが、気分が悪いのは相変わらずだ。
「食べたくないでしょうが、これを食べてください」
アンネリーセがリンゴをすり下ろしてくれた。
「要らない」
さすがに食欲はない。
「我が儘を言わないで食べてください」
アンネリーセがスプーンにリンゴを掬って、俺の口に近づける。
「アーンしてください」
「……アーン」
味なんて分からない。喉を通った感覚もない。だけど胃に入った感触はあった。また込み上げてきそうだ。
「がーっはははは。酷い顔だな、トーイ!」
バッカスはご機嫌だった。なんで名前呼びなんだよ?
「ほれ、これでも齧っておけ」
レモンを渡された。俺、妊婦じゃないけど。
どーでもいいけど、背中を叩くな。胃の中のものが出てきそうだ。
「気に入られたようですね」
バッカスが自分の馬車に乗り込んだのを見たアンネリーセが口を開く。
「ドワーフは酒飲みを友と呼びますからな」
ガンダルバンが呆れた顔で俺を見る。
どうやら俺はバッカスの友になったようだ。勘弁してくれ。
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