045_首切りネスト捜索
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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045_首切りネスト捜索
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寒風が建物の間を吹き抜け、ぶるりと体を震わせる。
「そろそろ雪が降りそうですね」
アンネリーセが、俺の首にスカーフを巻いてくれた。
この世界には毛糸っぽい服はあるけど、マフラーはないようだ。
「ありがとう、アンネリーセ」
警備隊詰所の前のベンチにアンネリーセとロザリナと共に座って騎士たちの準備ができるのを待っていると、ロークが俺を呼びに来た。
「トーイ殿。全員揃いました」
詰所に入ってローク配下の部隊員たちを見る。俺が言ったように小汚い恰好の者が多かった。あくまでも多いというだけで、鎧姿の者も居た。
「彼らは巡回しないの?」
鎧姿の2人のことを聞いた。この詰所に留まって連絡係も必要だから、その要員なんだろう。
「いえ……あの者たちはその……」
言いにくそうだ。何かな?
「我々は誉れある騎士だ! こんな汚い恰好などできぬ!」
「そうだ、我らは名誉ある騎士だ。騎士としての待遇を要求する!」
なんだか察してしまった。多分貴族出身のボンボンたちなんだろう。それも高位の貴族家だ。
ロークもバルカンの息子だからボンボンだと思うが、あのバルカンの息子だから生温い生活はしてないはず。俺をしごくくらいだから、息子はもっとしごかれているはずだ。
しかし上司の命令を聞けないなんて、職務怠慢もいいところだぞ。
「ローク隊長。彼らは邪魔なので他の場所の巡回をさせてください」
「邪魔とは失礼にも程があるっ!」
「たかが名誉男爵のくせに、生意気な」
好きで名誉男爵してるわけではないんだけどさ。
「彼らには考える頭がないのですか?」
俺は2人を無視して、ロークに質問した。
「え、いや……そういうことはないと」
「今回の目的は説明したんですよね?」
「はい」
「じゃあバカでしょ」
「「貴様っ!?」」
俺とロークの会話に、2人が割って入ってきた。
「うるさいっ。俺はローク隊長と話しているんだ!」
一瞬で2人を殴り飛ばした。メインジョブは剣豪だけど、サブジョブが暗殺者の俺の動きは2人に見えなかったようで、面白いように飛んでいった。死んでないから問題なし。
俺とこの2人は友達ではない。少なくとも今は俺の部下だ。騎士団と言えば軍隊も同じ(多分)。上官が許可してないのに喋ったり、ましてや上官同士が話をしているのを邪魔する奴は鉄拳制裁でいいと思う。
公爵に半ばハメられて名誉男爵になった俺に比べれば、お前たちは自分の意志で騎士をしているんだろ。まさか親に言われて騎士になったのか?
どちらにしろ、騎士の名誉だのなんだのと言っているんだから、騎士として上官の命令を命をかけてでもやり遂げようぜ。俺の下で働くのが嫌でも、それが騎士の仕事じゃないの?
それにその程度のことも分からん奴は、本当に捜査の邪魔だ。
俺はさっさとこんな刑事ゴッコを終わらせて、ダンジョンでレベル上げをしたいんだ。
「ローク隊長。公爵家の騎士団には、部下が上官の命令に逆らう権限を与えているのですか?」
「……いいえ、上官の命令は絶対です」
「なら、こいつらは命令違反を犯しているわけですね。俺が知っている軍隊では命令違反した者は厳しく罰するものですが、この騎士団では違うのですか?」
顔が引き攣っているよ、大丈夫?
「いえ、トーイ殿の仰るように、厳しく罰します」
「では、すぐにこの2人を独房に放り込んでください。あとは軍規に従って、処分をお願いします」
「承知しました。おい、こいつらを独房に入れておけ」
2人は独房へ、俺はロークとお話。うん。めでたし、めでたし。
「それでは、今日の巡回について説明します」
アンネリーセとロザリナが壁に紙を貼っていく。これ、俺が描いた首切りネストが出やすいと思われる場所の地図。
ザイゲンにはこの周辺だけならと、ちゃんと許可をもらっている。
地図は黒インクで描かれている。その上に赤いインクでマーキングしてあるのが、首切りネストの犯行現場だ。
「ここからここまでは1班、ここからここは2班───」
ロークの中隊には、6個分隊が所属している。その分隊単位で受け持つ範囲を地図に記載する。これで誰でも自分の持ち場が分かる。
あの2人が分隊長をしていた分隊は、部下を仮の分隊長にしてちょっと外側に配置。
「最後にそこにある酒を服にかけてから巡回に出てくださいね」
わざわざ酒屋でエールの樽を買ってきた。
「飲むのではないのですか?」
ロークの質問に、俺は苦笑を返す。
「これから巡回するのに、飲んでどうするんですか。これは皆さんの体に酒の匂いをつけるだけのものです。酒の匂いで酔う人はつけなくていいですが、これを服に染み込ませておけば、酔っ払いのフリができます」
「なるほど。酔っ払いのフリをすれば、繁華街に近い路上に居ても不自然じゃないですね」
「その通りです。まずは首切りネストを安心させないと、カメが甲羅の中に閉じこもるように出てきませんからね」
俺の説明に納得した隊員たちは、服にバシャバシャッとエールをかけて詰所から出ていった。
濡らした服は寒風に曝されて寒いかもしれないけど、我慢してもらおう。
「ローク隊長。俺たちも行きますよ」
「はい」
俺はロークにエールをかけた。それは盛大に、投げつけるようにかけた。
「ちょ、なんか痛いんですけどっ」
「そんなことないです。気のせいですよ」
バルカンへの恨みを息子で晴らしているわけじゃないからね!
俺の部隊の持ち場は、繁華街から少し離れた路地裏を含めた150メートルほど。俺、アンネリーセ、ロザリナ、ガンダルバン、兵士たち4人。兵士たちは探索者になった頃の質素な服を着て男女で分かれてカップルを装う。
犯罪者を捕まえるために違法なことをしたら本末転倒だけど、囮捜査は違法ではない。日本のように細かいことは言わないらしい。
アンネリーセは娼婦に変装している。日頃化粧っけのないアンネリーセが、本気の化粧をするとさらに綺麗になる。ただし俺は素朴で化粧っけのないアンネリーセのほうが好きだな。
そのアンネリーセは、とても煽情的な青いドレスを着ている。奴隷の首輪を隠すためのスカーフに違和感があるけど、寒いからそこまで変ではないだろう。
きっと首切りネストもアンネリーセの美しさに惹かれて出てくることだろう。
一方ロザリナは可愛くていいのだが、いかんせん色気が足りない。娼婦を演じる演技力もない。だからガンダルバンと共に物陰に隠れてアンネリーセを見張っている。
さて俺だけど、アンネリーセのすぐ近くで監視中だ。メインジョブを暗殺者にして、サブジョブを剣豪にしている。これが一番AGI値が高くなる組み合わせだから、もしもの時には素早く対応できるだろう。
当然ながら隠密で姿を消している。
最初は俺が偽装で娼婦を演じるつもりだったけど、アンネリーセがどうしてもやらせてほしいと言ってきた。アンネリーセは言い出したら聞かないところがある。困ったものだ。
そんなわけで、俺はアンネリーセのそばで彼女を警護している。
囮捜査を開始して3時間ほどが経過した。
「うー、冷える……」
足の指の感覚がなくなってきたよ。こんなことは早く片付けて温かい風呂に入りたい。風邪をひきそうだ。
マントを羽織っている俺でもこれだけ寒いんだから、薄着のアンネリーセはもっと寒いはずだ。早く終わってほしいものだが、こればかりは首切りネスト次第だからな……。
これまでに何度か男が近づいてきたが、アンネリーセが白金貨1枚と言うと、暴言を吐いて去っていた。貴族や金持ちなら白金貨くらい出せるけど、一般人には大金だ。
誰かの気配が近づいてくるのを、スキル・感知が感じた。
暗がりから現れたのは女だ。彼女も娼婦のようで、胸元の開いた真っ赤なドレスを着ている。
真っ赤なドレスが赤毛に良く似合うが、やや地味な顔の女性だ。ばっちり化粧しているが、すっぴん時のアンネリーセに敵わないな。うん。アンネリーセは超絶美人だからね!
「あら、見ない顔ね。ここは私のシマよ」
ドラマで聞きそうなセリフだ。
「そう……ごめんなさいね……」
立ち去ろうとするアンネリーセを彼女が呼び止める。
「いいわよ、どうせすぐに客はつくわ。助兵衛な男は腐るほど居るから」
その言葉を否定できない俺が居る。俺だってアンネリーセが奴隷じゃなければ、とっくの昔にお願いしているところだ。
ただ、彼女がそばに居ると首切りネストが出てこないと思う。できればどこかに行ってほしい。
「あんた、名前は?」
「……アニー」
「そう。私はリネンサよ」
リネンサがアンネリーセの頭の先からつま先まで品定めするように見た。
「アニーは美人ね。こんなところで客引きなんかしなくても、店に所属すれば人気になるんじゃないの?」
「たまにしか取らないから」
「ふーん。美人は言い値で買ってもらえるから、楽でいいわね。私なんか……」
リネンサが俯き肩を震わせる。泣いているのか? 情緒不安定だな、大丈夫か?
「大丈夫?」
アンネリーセがリネンサの肩に手を置く。
リネンサは左手で両目を覆い、すすり泣く。
「大丈夫よ、私なんか首切りネストに殺されればいいんだから」
「そんなことないわ。死んではいけないわ」
「あなた、優しいのね」
リネンサの右手がアンネリーセの肩に。
「大丈夫よ、死ぬのは私じゃないから!」
「っ!?」
ドレスのスリットから太ももが出てきて、そこにはナイフが。
ヤバいと感じた俺は無意識に手を出していた。
ガシッ。
リネンサのナイフは、アンネリーセの首の手前で止まった。そのナイフの刃を俺が掴んでいるからだ。
痛いがアンネリーセに刃が届かなくて良かった。
「な、なんだい、あんたは!?」
「それはこっちのセリフだっ」
リネンサの顔面を殴り飛ばす。
手加減したつもりだけど、鼻が折れるくらいは構わないだろう。
「ご主人様!?」
ナイフの刃を握る俺の手を、アンネリーセの両手が包み込む。
柔らかい手の感触が、俺の指を1本1本広げていく。
「俺は大丈夫だ」
暗殺者でも防具をつけているから、DEFはそれなりにある。HP制の良いところは、HPがゼロにならない限り死なないということだ。
ナイフを掴んで減ったHPはたったの5ポイント。幸いナイフに毒は塗られてなかったから、それだけで済んだ。
「当主様!」
「ガンダルバン。逃がすなよ」
「はっ!」
ガンダルバンがリネンサを押さえ込む。巨躯でレベル28の剛腕騎士に押さえ込まれては、小柄なリネンサに逃げる術はない。
ロザリナが俺のところに駆け寄り、俺に抱き着く。
「ご主人様!」
「俺は大丈夫だ」
「はいなのです」
涙目のロザリナが、ギューッとしがみついてくる。痛い、痛いからちょっと力を緩めてくれ。
「ご主人様、ポーションをお飲みください!」
「薄皮1枚切れただけだから」
「お飲みください!」
「お、おう……」
アンネリーセのあまりの勢いに、気圧された俺はポーションを飲んだ。
たった5ポイントのHPのためにそこそこ高価なポーションを飲むのは勿体ないが、それでアンネリーセの気が済むならいいか。
騒動を聞きつけて、ロークたちが駆けつけてきた。
あとはロークに任せればいいだろう。寒いから早く風呂に入りたい。
ご愛読ありがとうございます。
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