044_公爵の頼み
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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044_公爵の頼み
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ダブルジョブの特徴は、2つのジョブのスキルを全て使えることだ。さらにサブジョブの能力が50パーセント加算されることから、単純に考えて能力が1.5倍になる。ではない。
たとえば、メインジョブ剣士Lv1の時に、サブジョブに剣豪Lv25をセットするとどうなるか。答えは剣士Lv16くらいの能力値になるのだ。しかもスキルの能力補正が別にあるから、実際にはそれ以上の能力値になる。これは素直に凄いことだと思う。
さて、俺は最適なジョブの組み合わせを考えることにした。
ATK値とDEF値の高さは剣豪か両手剣の英雄。やや剣豪のほうが上だけど、両手剣の英雄はバランスがいい。
魔法使いはエンチャンターしかないが、こちらは打たれ弱いことからメインにするのは怖い。今のところはサブ一択。
使い勝手がいいのは、暗殺者だ。暗殺者の能力はAGI値が最も高く、何よりも隠密と急所突き(中)の併用で100パーセントのウルトラクリティカル(ダメージ4倍)が発生する。
気配を感じられ、容姿やステータスを変え、姿を消せる。逃げ足も速いし、いざと言う時は一番頼りになる気がする。
相手がバルカンだと隠密を発動していても気づかれる可能性はあるが、捕縛からの神速発動で逃げることは容易いはず。逃げる気満々ですよ!
そんなわけで、外を歩く時はメイン剣豪、サブ暗殺者にする。ダンジョンでは状況に合わせて変更だ。
さて、今日は転生59日目だ。俺がレベル上げしている間、バルカンをはじめとする騎士団は昼夜を問わず町中を巡回していた。騎士団が巡回を始めてから、首切りネストは現れてないらしい。
騎士団が巡回することで他の犯罪も減っているらしく、住民からこのまま騎士団の巡回を続けてほしいという要望も出ているとか。
こんなことを俺が知っているのは何故かというと、公爵から呼び出しがあって登城して話を聞いたからだ。
「ところで今回はプレゼントはないのか?」
「今回は、という意味が分かりません。公爵様」
今さらだけど、俺は絶対に認めないからな。
それにそんなに都合よく犯罪者の情報を持っているわけないし。ちょっとは考えてよね、公爵様。
「まったく……」
なぜ呆れられるのか意味不明。気分悪いから止めてよね、そういうの。
「首切りネストなる犯罪者がいることは知っているな?」
唐突だね。
「はい。知っています」
「その首切りネストを捕まえたい」
「……私にどうしろと?」
「捜索に手を貸してもらいたいのだ」
途中から予想していたけど、マジかぁ。
「私にそのようなことができるでしょうか?」
「そなたにできなければ、誰にできようか?」
質問を質問で返すなよ。
「首切りネストは騎士団の巡回が行われるようになって、他の町へ行ったのではないですか?」
最近は騎士団が巡回しているから、鳴りを潜めていると聞く。
「二度と現れないならそれでいい。しかしその保証があるわけではない。どうだろうか、騎士団の中隊を配下につける。やってくれないか」
公爵がここまで下手に出るなんて、どうしたの?
叙爵の時は決定事項のように言われたけど、あの後によく考えてみたら俺は乗せられたんだと気がついた。
公爵は褒美を渡すと命令したように見えたが、命令じゃない。あれは公爵の都合を話したのであって、命令じゃなかった。それを了承した俺に、公爵は爵位を与えただけなんだ。駆け引きというやつなんだろうけど、それをすぐに判断するのはただの高校生だった俺には難しいよ。
そして今回は命令じゃなくて、とても困っているから助けてほしいという体で話をしている。
断るのはできるけど、それをすると俺の後味が悪い。俺の性格をさらに調べていて、こうやって頼んでいるのか? それはそれで気分のいいものではないけど、そうやって決めつける証拠はない。
殺人鬼が町にいると安心して暮らせないから、俺も首切りネストについては早く捕まってほしいと思っている。聞いたところでは娼婦しか殺さないらしいが、絶対そうだという保証はない。いつこっちに被害が出るか分からないような不安定な状況は改善するべきだろう。
公爵の顔を見ると、なんとも言えない表情だ。無表情のようだが、何かを訴えているような表情にも見える。さっさと解決してこいと言っているようにも見えるのは、俺の性格が捻くれているからだろうか?
多分、これは公爵家にとって有事に当てはまるんだろう。死亡者が増えて領内が不安定になったらいけないんだろうな。
犯罪者を捕まえるのは悪いことではないし、今回は公爵の頼みを聞いてやろう。もっとも、俺が首切りネストを捕まえられる保証などないけど。
「私に何ができるか分かりませんが、拝命いたします」
場を騎士団詰所の一室に移し、俺の部下に指名された中隊と引き会わされた。
どの騎士団員も俺よりも屈強な体をしている。俺のこの体は成長するのだろうか? せめて背が170センチくらいほしいんだけど。
そんな騎士団員の中でも、中隊長は身長2メートル超の巨躯で顔はまさに顔面凶器。どこかで会ったことがあるような気がしたが、暗闇で中隊長に出会ったらこの人が首切りネストかと思ってしまいそうだ。
「第13中隊々長のローク=バルカンです」
「ん、バルカン?」
「父がお世話になっております。フットシックル名誉男爵」
こ、この人……あのバルカンの息子か!?
どうりでデカくて凶悪な顔をしてるわけだ。遺伝子がいい仕事している。
「いつも騎士団長殿にはお世話になっております」
バルカンの息子だと思うと、気後れしてしまう。いやいやダメだ。こんなところで気後れしてどうする。俺はバルカンをぶっ飛ばすんだ。
「父がいつもすみません。気に入った方が居ると、見境ないのです」
俺は気に入られているのか? 何度も殺されかけたんだが?
「あ、すみません。隊員たちにお言葉をいただいてよろしいですか」
心を平静に保つんだ。こいつはバルカンでも違うバルカンなんだから。
「トーイ=フットシックルです。公爵様より首切りネストの捜索を命じられました。若輩者の俺の下で働くのは不本意でしょうが、よろしくお願いします」
拍手も何もない。これは無視されているのだろうか?
「それではフットシックル名誉男爵。これまでの状況をご説明いたします」
ロークはさらっとこの状況を流した。いい性格をしている。
「俺のことはトーイと呼んでください。名誉男爵もつけなくていいですから」
「……そうですか。それでは、トーイ殿とお呼びします」
ロークと隊員たちに現状を説明してもらった。
「地図を見せてもらえますか?」
「地図……ですか? ございませんが」
「はい?」
何を言っているんだ、ロークは?
「マップですよ?」
「はい。地図ですよね」
地図で通じていたようだ。
「地図がないのにはいくつかの理由があるのです」
聞こうじゃないか。
「まず1つ目は地図は金庫に大事にしまわれており、私たちのような下の者が目にすることはありません。2つ目に10数年もすると街並みが変わりますので、わざわざ作ることはありません。3つ目に地図を描いても正確に描けないこと。4つ目に地図が敵の手に渡らないようにです」
俺が理解できるのは、4つ目だけなんだけど。
1つ目は公爵かザイゲンか知らんが、金庫から出せばいいだけだ。
2つ目は当たり前のことだ。街並みが変わるのが嫌なら、区画整備して新築の規制をすればいい。公爵ならそれくらいできるだろ。議論する気にもならない。
3つ目はバカかと言いたい。地図職人を育てればいいだけの話だ。職人でなくても、ある程度距離感覚に優れて絵が上手い人に描かせればいい。
まさか異世界の地図事情がここまで低迷しているとは思ってもいなかった。
「それですとケルニッフィだけでなく、ケルニッフィ周辺の地図もないということですか?」
「周辺地図は簡易的なものがあります」
「それを見せてもらっても大丈夫ですか?」
「はい」
ロークは部下に周辺地図を取りに行かせた。部下はすぐに帰ってきて、A2サイズ(A3サイズの倍の大きさ)くらいの皮紙を広げた。
「………」
声もない。こんなの子供のお絵描きじゃないか。これを地図と呼ぶなら、大概なものが地図になる。
以前テレビで見た旅番組を思い出した。外国でも僻地のような場所で日本人を捜す番組だったけど、現地人が書く地図がかなり酷いできだった。目の前にある地図はそれ以上に酷いものだ。
「これは方向と町と村の位置関係を表しています」
「金庫に入っているケルニッフィの地図もこんな感じですか?」
「先ほども申しましたが、私たちでは見ることもないものですから、私では分かりません」
そうだったね。
さて困ったぞ。ジョブ・探索者にはスキル・マッピングがあるから、歩き回れば地図を描くことはできる。だけど地図自体を描いていけないとなると、話がややこしくなる。
俺はザイゲンに面会を求めた。
「地図を見せろとな?」
「はい。聞けば、ケルニッフィの地図は金庫にしまわれているものしかないとか。それを見せてほしいのです」
ザイゲンが八字眉になる。そんなに困ったような顔をしなくてもいいと思うんだが? 戦略物資なのは分かるけど、金庫にしまい込むくらい貴重なのか?
「それは首切りネストの件と関係あるのかね?」
「それを確認するためのものです」
「……いいだろう。地図を見せよう」
公爵の許可は要らないのか?
ザイゲンの執務室にある金庫を開けた。その金庫かよ。
「これがケルニッフィの地図だ」
やっぱりかなりラフなものだ。こんな地図を後生大事にしまい込んでいるなんて、信じられないな。
「ちょっと失礼」
デスクの上に広げられた地図を凝視する。通り名や探索ギルドなどの目立つ建物などが記載されているから、なんとなく分かる。
「ローク隊長。1件目の被害はどこですか?」
「あ、はい。アームズ通りの45番です」
アームズ通りの45番に目印を置く。ザイゲンの机の上にあったものを勝手に使わせてもらってます(笑)
「2件目は?」
「イヤー通りの128番です」
同じく目印を置く。
そうやって全部の現場に目印を置いた。
「こ、これは……」
ザイゲンが何かを言いかけたのを無視して、俺は地図の目印を睨みつける。目印は直径1キロメートルの範囲に集中している。これが示すことは、次の犯罪もこの範囲で行われる可能性が高いというものだ。もっとも騎士団の巡回によって犯行現場が変わる可能性は十分にあるけど。
「これを見る限り、犯行現場はこの周辺に固まっています。このことから首切りネストはこの辺りに住んでいるか、標的になる娼婦がこの辺りに多いか、もしくは土地勘がある人物でしょう」
「この辺りは娼婦が特別多い地域ではありませんね……」
住居が近いか土地勘のある可能性が高まった。
「よく知ってますね」
「騎士団に入る前は警備隊に所属し、そこに近い場所を受け持っていましたから」
へー、バルカンの息子でも下積み時代があるのか。
以前聞いた話だが、騎士団員の多くは元々警備隊員らしい。警備隊でしっかりと働き、優秀な者が騎士団に引き抜かれていくそうだ。
「まさか地図にこのような使い方があるとは……」
いや、戦略物資なら防衛計画を練る時などに使うだろ。地図は宝としてしまい込むものではなく、有効に使うものだぞ。ザイゲンは頭が良さそうに見えるのに、抜けてるな。
「ローク隊長。警備隊と騎士団が巡回する経路と、その時にどういった恰好をしていますか?」
「経路はその者たちに任されていますので、担当はありません」
組織立った捜査がされていないわけか。
「格好は公爵家から支給されている鎧と剣を装備していますが?」
犯罪者を威嚇して犯罪率を下げるのには効果がありそうだけど、犯罪者を捜すには適さない格好だ。そんな恰好の兵士を見たら普通は逃げるだろ。
「俺はこの辺りが怪しいと思います。今夜、平服とは言いませんが、探索者に見えるような恰好で巡回しましょう。できるだけ小汚い恰好のほうがいいですね」
「それは騎士団だと分かったら、出てこないということですね」
分かっているじゃないか。それなら最初からしてくれ。
「その通りです。騎士団がずっと巡回し続ければいいのでしょうが、それでは騎士団も大変でしょうから首切りネストが出てきやすい状況を作らなければいけません。なので他の騎士団の巡回はこの地域を外してもらうように手配してください」
「承知しました」
他にやるべきことをロークに頼み、俺は一度屋敷に帰って探索者装備に着替えて夕方に現地近くの警備隊詰め所に集まることにする。
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