030_モンダルク一家
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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030_モンダルク一家
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転生14日目の朝は、ゆっくりとした時間に起き出した。もうすぐ昼といった時間だ。昨夜は寝るのが遅かったから、起きるのが遅くなってしまった。
アンネリーセとロザリナはすでに起きていた。2人の寝顔が見られなかったのは残念だ。
「朝食を摂れなかっただろ。すまない」
もしかしたら昨日の夕飯も食べてないかも。お金は預けてあるけど、2人がそれを使うとは思えない。配慮が足りなかったと、反省。
「いえ、大したことはありません」
「大丈夫なのです」
外で食べるのは盗賊の件がまだ片付いてないからなし。昨日買った池イカの姿焼きや迷宮牛の串焼き、それにサンドイッチを出して3人で食べる。
「これが池イカの姿焼きなのですね!」
ロザリナが目をキラキラさせて池イカの姿焼きを口に持って行く。この前も食っただろ? そんなに好きなの?
「お……美味しいのです!」
それは良かった。美味しい食事を摂るのは大事だからね。
「こっちのサンドイッチも干し肉の塩気が利いていて美味しいです」
たっぷりの野菜と干し肉を切ったもの、それと白いソースが良いハーモニーを奏でている。干し肉だから硬いかと思ったが、薄くスライスされているから気にならない。むしろ硬くてパサつくパンのほうが気になる。それでも美味しいけど。
「迷宮牛の串焼きも初めて食べたのです。とても美味しいのです!」
3人でわいわいがやがやと朝昼兼用の遅い朝食を摂る。俺の親は共働きだったから、朝も夜もいつも1人で食べていた。おかげで自分で料理するようになって、それなりの腕前だと自負がある。
こういう賑やかな食事は記憶にない。いいものだと、心がほっこりする。
政庁へ行くと、騒がしい。兵士たちがひっきりなしに出入りしている。どうやら公爵が動いたようだ。
「何かあったのですか?」
知らぬ顔で兵士に聞いた。
「政庁は今閉鎖中だ。明日以降来るように」
何があったかは言わないか。お金を握らせたら言うかもだけど、止めておこう。
政庁の周辺での身を隠せるところで隠密を発動し、政庁内へ。
「全員のレコードカードの確認が終了しました」
「証拠品の回収を終了しました」
ちょっと偉そうな兵士が、報告を受けていた。偉そうというのは、威張っているではなく身分が高そうという意味。
この報告で盗賊に協力していた奴らが摘発されたのが分かる。あの公爵は俺の勘が言っていたような、まともな人のようだ。昨夜受けた印象のままで良かった。
公爵からは夜に来いと言われたが、昼過ぎに来ている俺です!
公爵の言うことを守る気は、俺にはない!
昨夜の公爵の私室には誰も居なかった。仕事をする部屋があるのか、盗賊関係のことで動き回っているのか。
発見したのは、まさに執務室という感じの部屋だった。私室同様に広く、日本で俺が住んでいたマンションの部屋が全部入りそうだ。
大きな窓のそばにデスクがあって、そこに公爵が座っている。ソファーセットもある。優雅だねー。
公爵のデスクの上には書類が山積みになっている。仕事を溜めちゃいけないよ。部下が困ると思うんだ。
公爵の後ろにある窓の両サイドに兵士。2つあるドアの両サイドにも兵士。さらに公爵のそばに3つのデスクがあって、そこには文官のような人が座って仕事している。
さらにこの部屋にはもう1人居る。この人、めちゃくちゃヤバい。公爵もヤバかったけど、こっちはヤバさの格が違う。睨んだだけで村人くらい殺せそうな鋭い視線だよ。
詳細鑑定なんて必要ないくらいヤバいが、詳細鑑定したら本当にヤバかった。
なんだよ守護騎士Lv42って!?
町中でも公爵の城の中でも色々な兵士を見たけど、レベル20さえ滅多に居ないのにレベル42なんだよこの人。この世界のことを詳しく知っているわけじゃないけど、化け物だろ。
部屋の隅で俺が眺めていると、ドアがノックされて兵士が入ってくる。この兵士、さっき政庁で報告を聞いていたちょっと偉そうな人だ。
「報告いたします」
敬礼が決まってる。
公爵が報告を促すと、あの盗賊の協力者たちの報告がされた。政庁職員の中から8人が盗賊に協力していたらしい。俺が昨夜見たのは6人だったが、朝になって2人増えたようだ。
全員レコードカードを確認しているから、間違いないと最後に報告している。
「8人で済んだか。それだけが救いだな」
公爵が表情を崩さず呟いた。
「ザイゲン。今後、どうしたらいいと思うか」
「そうですな……定期的にレコードカードを確認しましょう。それで取り締まることができます」
「妥当なところか。頻度は?」
「年に1回でもよろしいでしょうが、年2回ある大評議会の前でもいいですな」
ここまで酷いとは思ってもいなかったんだろうな。役人の引き締めの話をしている。でももっと早くやっておくべきだったんだ。少なくともそれで被害を受けずに済んだ人がここに1人居る。
「うむ。年に1回にする。それだけでも変わるはずだ。ザイゲンとバルカンは、貴族から末端の役人、兵士に至るまでそのように周知してくれ」
「はい」
「承知」
公爵に一番近い机に座って仕事をしている気難しそうな人がザイゲン。公爵を補佐する行政執行官という役職で、文官のトップ。公爵家のナンバーツー。
そしてあのヤバい人がバルカン。公爵家の騎士団長で武官のトップで公爵家のナンバースリー。
公爵はちゃんと行動している。証拠があれば、動けるのだろう。だからその証拠を提示しよう。
俺が数歩前に出た時だった。バルカンが身構え剣の柄に手を置いた。公爵も勘が良かったが、バルカンの勘は公爵以上に鋭い。
ピタリと足が止まり、一歩下がった。
「どうした?」
「何かが居たような気がしたのですが……」
公爵の質問に、バルカンが応える。公爵の鋭い視線が周囲を窺う。
「なるほど。私は夜に来いと言ったのだが、もう来たのだな」
公爵、鋭い!
「閣下?」
バルカンたちが不思議な顔をする。
「私にこの帳簿をプレゼントしてくれた者だ」
「つまり、ここに侵入者が居ると?」
「そうなるな。だが、私を殺しに来たのではない。それならこんなものを置いていかないだろう」
公爵は俺の意図を理解してくれているようだ。それだけに怖い。バルカンとは違った意味で怖い。
「この時間にやって来たのだ。早く伝えたいことがあるのだろう。構わんぞ。何かあるのであれば、出してみろ」
心臓が口から飛び出しそうなほど激しく鼓動する。
あの公爵は何もかもお見通しのようだ。
ソファーセットへと移動。バルカンはその気配を感知し、身構えながら鋭い視線を投げてくる。生きた心地がしないんだけど。
テーブルの上にあの名簿を置いて、すぐに後方へ移動。公爵たちにはいきなり名簿が現れたように見えたことだろう。
文官の1人が名簿を手に取り、公爵へ手渡した。
中を見た公爵は眉をピクピクさせている。なんだか嬉しそうだ。
公爵の前に移動したザイゲンに名簿を見せる。
「ほう、これは……」
ザイゲンが思わず声を出す。
名簿はバルカンに移る。
「なんとっ」
驚いて声が出た。
「バルカン。直ちに全兵士を集めよ。非番の者も全員だ。それとレコードカードの確認をしてないものは、すぐに確認するのだ。情報を洩らすな」
「承知!」
バルカンが部下を伝令に走らせる。自分が行かないのは、俺を警戒してのことだろう。
「さて、これをくれた者。まだ居るのだろ?」
返事はしない。だって、バルカンが怖いから。バルカンなら一気に俺に迫って切り捨てることもできるだろう。
「今は忙しいゆえ、後日褒美を与えたい」
要りませんよ、そんなもの。それもらったら、公爵に俺のことがバレちゃうじゃん。
返事せずに壁抜けで部屋から出た。
あの公爵さんは怪しい俺を受け入れる度量がある。近しい間柄になるのは危険だが、利用し合う相手としては信用できると思う。
俺は宿屋に戻った。
「ゴルテオ商店から、屋敷と使用人の準備が整ったと連絡がありました」
俺が居なかったから、アンネリーセが伝言を受け取ったようだ。
「それじゃあ、ゴルテオさんの店に行こうか」
「「はい」」
念のため、隠密で姿を隠して宿を出ようと思う。
そう言えば、隠密はどのくらいの範囲まで有効なのだろうか?
「ちょっと俺の手を掴んでもらえるかな」
アンネリーセに手を掴んでもらい、隠密を発動。
「あ、ご主人様とアンネリーセさんが消えました!」
手を離す。
「アンネリーセさんだけ見えました」
つまり俺と接触していたら、彼女たちの姿も隠せるわけか。
検証の結果、隠密中でも会話ができる。その会話は俺の体に触れている人とだけできるものだ。
いいスキルだな、隠密。
宿屋を出る時に2人と手を繋いで隠密を発動させる。宿屋の店員が目を離した時を選んで発動させたから騒ぎにはなってない。
宿の周辺に盗賊が1人だけ居た。どうやら人海戦術で全部の宿屋を見張っているようだ。ご苦労なことだな。
ゴルテオさんの店のそばに盗賊が2人。必死で俺を捜しているのが分かる。もう名簿を持ち出したのが分かったか? でもそれが俺だとは思わないと思うんだが?
いや、あの虐殺者のウパスが行方不明になったから、俺が何かやったんだと思われているのかな。こちらのほうが名簿よりも可能性は高いか。
店に入って隠密を切る。すぐに店員がやって来て、名前と家の件を伝える。
別室に通されて待っていると、ゴルテオさんと3人の男女が現れた。
「お待たせして申しわけありません」
「いえ、全然待ってないですから」
むしろ早いと思ってるくらいですよ。
「この3人はトーイ様の屋敷で働かせていただく者たちです」
ゴルテオさんの紹介で、3人が家族だと分かった。
使用人は5人の予定だけど、まずは3人。残りの2人もすでに目途がついていて、明日合流するそうだ。
今日だけのことだから、この3人でも十分らしい。
「モンダルクと申します。よろしくお願いいたします」
立ち居振る舞いがシャキシャキしている40代の男性がモンダルク。某貴族家で執事として働いた経験があるそうだ。
「妻のメルリスにございます。以後、よろしくお願いいたします」
礼儀正しく礼をするメルリスも、某貴族家でメイドをしていたと言う。
「息子のジュエルです。執事見習いにございます。よろしくお願いいたします」
俺と同じくらいの年齢のジュエルは、見習い執事として某貴族家で働いていた。
某貴族家がどうなったか気になるところだが、この国の貴族ではないらしい。
「身元は間違いありません。守秘義務も理解した者たちです」
ゴルテオさんが太鼓判を押す。
「俺はトーイと言います。探索者をしています」
「私共に敬語は不要にございます」
「そうか、あまり敬語は得意じゃないから助かるよ」
それからアンネリーセとロザリナの紹介をした。
「2人はわけあって奴隷だけど、俺同様に扱ってほしい」
「承知いたしましてございます」
毎月の給金は3人合わせて10万グリル。毎月100万円だけど、優秀な執事を雇うのはもっと高額になるらしい。モンダルク一家は優秀だとゴルテオさんは言うけど、ちょっとわけありでこの金額で良いらしい。そのわけを知りたいが、以前仕えていた家のことは言えないとのこと。
人柄が良いなら、俺は構わない。どの道、使用人に当てなどないから、モンダルク一家を雇うことにした。
あとは気に入ったら給金を上げてくれと、ゴルテオさんに言われた。明日合流する他の2人は1人2万グリルから始めて、こちらも働きを見て給金を上げる。試用期間と本採用という感じらしい。
ゴルテオ商店で売っている魔法契約書を交わす。これ、守秘義務の項目もあるから俺としてはありがたい。俺の情報が外に洩れるのを、魔法の力で防止してくれるんだ。情報を洩らそうとすると、強制的に動けなくなるらしい。
年季が明けた奴隷などにも、この魔法契約書で主人だった者の情報を洩らさないように契約させることが可能。それに貴族に仕える使用人や兵士にも使えるから、結構売れているらしい。
1枚1,000グリルとちょっと高いけど、これで安心が買えるならいいと思う。
モンダルク一家が俺の家の場所を知っているらしいから、ゴルテオさんに紹介料を支払って礼を言って別れた。
ご愛読ありがとうございます。
これからも本作品をよろしくお願いします。
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もうすぐ一章が完結します。
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