020_これこそ一網打尽だった
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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020_これこそ一網打尽だった
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転生10日目は、ダンジョン探索の日だ。宿屋の周囲に盗賊は居ない。怪しい影もない。
俺とアンネリーセはフードを目深に被り、宿を出た。できれば宿を知られたくない。睡眠の邪魔をされたくない。
警戒(詳細鑑定)しながらダンジョンへと向かっていると、建物の陰から行きかう人たちを監視している怪しい奴が居た。盗賊Lv12だ。向こうは俺に気づいていない。
しかし怪しさ満点なんで、すぐに盗賊だと分かった。レベル12だから、それなりに高レベルだ。少なくとも盗賊として熟練のレベルのはず。
あれはわざとやっているのか? わざとじゃないなら盗賊としてどうかと思うし、わざとなら何が目的だ? 俺か? 俺に発見してほしいのか?
衛兵は何をしている? あんな怪しい奴を放置したらダメだろ。職質しろよ。
このまま後方に回り込んで短剣で喉元を切り裂く。といきたいところだが、そんなことしない。こんな人通りの多いところでそんなことしたら、目立ってしょうがない。やるなら人知れず闇から闇へと屠る。死体ならアイテムボックスに入る。ダンジョンで廃棄すれば、証拠隠滅だ。
ダンジョンの帰りに盗賊を発見したら考えよう。うん、そうしよう。
「あの建物の陰に居る奴は盗賊だ。迂回しよう」
「はい」
盗賊の視界に入らないようにそそくさと移動する。
こんなこといつまでも続かないのは分かっている。だけど盗賊がどれほどの規模で、どれだけ強い奴がいるか分からない。今は俺自身を鍛えることを優先する。
昨日からどうして俺が盗賊を殺したと分かったのか考えている。
盗賊を殺したところを見られていたのか、俺がレコードカードを政庁に持ち込んだのを知られたか、それとも他のことで知られたか。さすがの詳細鑑定もそこまで教えてくれなかった。
ダンジョンの前には多くの盗賊が居た。探索者も盗賊も身なりでは判別できないから、堂々としている。
町中にいる奴は恰好や目つきが悪く、挙動が怪しかった。それと較べると自然体といった感じだ。
フードを目深に被った状態で、ダンジョンに入っていく。顔は見られなかったはずだから、怪しいと思っても俺だとは断言できないはずだ。
「近くに誰かいる?」
「いえ、居ません」
ダンジョンムーヴで3階層へ。これで盗賊が俺たちを追いかけてダンジョンに入っても、後をつけられることはない。
ダンジョン内の移動なら、探索者にジョブチェンジしてダンジョンムーヴが使える俺のほうが上だ。
今まで見た盗賊でダンジョンムーヴを持っている奴は居なかった。盗賊は他のジョブにない、珍しい特徴がいくつかある。
1つめの特徴は、神殿に行かずに自然に転職していること。転職条件は窃盗を5回繰り返すか、強盗以上の罪を犯すこと。
2つめの特徴は盗賊に転職する直前のジョブの能力を半分引き継ぐというもの。STRが10あったら、5を受け継ぐということだ。
前ジョブが剣士Lv10もあれば、盗賊Lv1でもかなり強い。しかもスキルに至っては全て継承するから厄介だ。
ただし盗賊のレベルが上がっても能力の成長が低いから、成長した純粋な戦闘ジョブのほうが強いらしい。
3つめの特徴は盗賊から派生したジョブに自然と転職すること。犯罪を重ねることで、盗賊以上のジョブに自然転職するんだよ。
他のジョブも上位ジョブに自然と転職できるが、盗賊はそれが発生しやすいらしい。面倒なシステムだ。凶悪なジョブに転職するのは勘弁してほしいぜ。
さて、3階層のモンスターはクモ型のスレッドスパイダーだ。今までのモンスターと違って糸を吐き出してくる中距離攻撃がある。
「スレッドスパイダーの糸は、5人分くらい届きます」
糸の射程距離は10メートルあるかないかくらいの距離だな。
糸攻撃を受けると、5分ほどAGI値が下がるらしい。拘束されるわけではないからまだマシだけど、スレッドスパイダーの動きは速いから危険だとアンネリーセは言う。
さっそく件のスレッドスパイダーが現れた。黒と黄色の縞模様の1メートルくらいの大きさだ。色はジョロウグモのようだけど、胴体はずんぐりと丸く足が短い。どちらにしてもキモイ。
ミスリルの両手剣を振り上げてスレッドスパイダーとの間合いを詰める。
口の牙を開いた。噛みつく攻撃か?
「っ!?」
口から糸を吐いた。投網のように網目状のものが広がって飛んでくる。
「尻じゃないのかよ!? てか、網とかおかしいだろっ」
てっきり尻から真っすぐな糸を出すと思っていたから、口から吐かれた糸が体に付着した。不思議なことに糸は消えてなくなった。
明らかにAGI値が下がった俺に、スレッドスパイダーが飛びかかってきた。
「こんなもの!」
下がったAGI値は5ポイント。村人なら致命的なダウンだが、俺のAGI値は身体強化によってプラス10ポイントされている。それが半分になるだけで、致命的なものではない。
「はっ」
ミスリルの両手剣を振りスレッドスパイダーを切り裂くと、パリンッと消滅した。
「まさか口から糸を吐くとは思ってなかったよ」
「お尻からも糸を出しますよ」
「マジか」
口からも尻からも糸を出すとか、異世界のクモ型モンスターは侮れないな。
「綿糸がドロップしました」
クモから綿の糸がドロップする件について、異世界の神様に物申したい気分だ。
「てかさぁ。あれ、糸じゃなくて網だよね。なんであんなものがいきなり出てくるんだよ。物理法則無視しすぎだろ!」
めちゃくちゃ文句言いたい。次から次に文句が出る。自重しようよ、異世界!
10分くらい壁に向かって文句言っていた。ちょっと恥ずかしい。
「……アンネリーセに悪いことしてしまったね」
「いえ。ご主人様のお気持ちは、私も分かります。心行くまで吐露してください」
そう言われると、もっと恥ずかしくなる。
「しかしこの綿糸で布を織って俺たちが着る服に仕立てるわけだ」
こういう時は話を変えるのが一番。目を逸らしながら話を変えた。
実を言うと、3階層からはノーマルドロップが2種類になる。
スレッドスパイダーの場合は、ノーマルドロップがこの綿糸かGランク魔石なんだ。魔石はゴルテオさんの店でも見たが、マジックアイテムを動かすためのエネルギー源になる。
宿の部屋に設置されている洗面所の水も、マジックアイテムでこの魔石が必要になる。
あのように水が出る洗面所がある宿は高級とまでは言わなくても、良い宿だとアンネリーセに教えてもらった。多分だけど1泊1500グリル(1万5000円くらい)以下では泊まれないはずだ。
「綿の栽培はしてないの?」
「綿の栽培はしていますが、栽培量があまり多くないはずです。ダンジョン産の綿糸があるから探索者へ配慮して栽培量を制限しているはずです」
「なんで探索者に配慮するの?」
「綿糸の換金額が低くなると、探索者のやる気がなくなります。そうなると、ダンジョンに入る探索者が減ることになります。ダンジョンに入る探索者が減りますとダンジョン内のモンスターの数が増えて、ダンジョンからモンスターが溢れ出します。ですからモンスターを間引く探索者が減らないような政策がとられています」
ダンジョンからモンスターが溢れ出さないために、探索者が必要なのか。そんな裏話があるとは知らなかった。
為政者がどちらを優先するのか、消費者がどこまで許容できるのかによって、こういった政策がとられているんだね。
服が高いのは消費者としては悪いことだけど、探索者としてはギルドの換金額が下がるのは勘弁してほしい。特に3階層はAGIが下がる特殊攻撃をしてくるから、ただでさえ厄介なのにアイテムの価値が下がるとか地獄だもんな。
もっともドロップが魔石の時もあるから、糸の値段が下がってもダメージは少ないかもしれないけどね。
「しかしあれだな」
「あれとは?」
コテンと首を傾げる所作が可愛いな!
「宝探しがないから、隠し通路があっても分からないな」
「なるほど……それなら、パーティーメンバーを募集したらどうですか?」
「探索者は取得条件が厳しいから、簡単じゃないぞ」
両手剣の英雄はもっと取得条件が厳しいけどさ。
「ダンジョンに入ったことがない奴隷を購入して、そのミスリルの両手剣を貸し与えれば条件を満たすのでは?」
「なるほど……」
奴隷なら借りパクされる心配はなく、俺の思ったパーティーを編成できるわけか。いいかもしれないな。
問題は奴隷というところだ。あまり奴隷制度は好きになれない。犯罪者は死刑になるよりはいいかもだけど、任意奴隷(借金奴隷)はさすがに忌避感がある。
「奴隷を購入するのは、奴隷のためです。もし買われなければ、劣悪な環境で働くことになります。その時は任意奴隷でも長く生きられないことが多いのです」
売れ残っていたアンネリーセを購入したのは、鉱山に送られると聞いたからだ。あの時はこんな可愛いとは思っていなかったから、欲望ではなく情けや哀れみの感情で彼女を買った。
「人助け……か」
購入することを人助けだと思えばいいとアンネリーセは言うが、気持ちはそんなに簡単に切り替えられない。奴隷という言葉が嫌いなんだろうな。
奴隷のことは置いておいて、先に進もう。今すぐ気持ちの整理ができる問題じゃないからな。
ご愛読ありがとうございます。
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