小さな演奏会の始まり
三人がワイワイがやがやしんみりしている間、彩加と響は壁際に段差を設けただけの小さなステージで黙々と楽器のセッティングをしていた。小さなステージとはいえ、ドラム、ギター、ベース、キーボード、ヴォーカルの五人組バンドなら十分に演奏可能なスペースがある。
「おなかすいた」
キーボードのプラグを接続した彩加は全身脱力気味で響に食べ物をねだる。
「夕方フランクフルトしか食べてないもんね。ピザでも頼む?」
「さすが、お金持ちは言うことが違うな~」
「ううん、ワリカンで。お小遣いはもらってないから、楽器屋のバイト代でやりくりしてるんだよ彩加くん」
「ふむふむ私と同じですのう響くん」
ほへ~、と伸ばした両手をアンプに置いて、まったりする彩加と響。このまま放置したら二人とも眠ってしまいそうので、大騎と口論しつつ外にも気を配っていた秋穂がスマートフォンでピザ屋のサイトを開き、一同を集めた。
「地下だから電波が悪いわね。どれにする? ソーセージのトッピングならあるわよ」
「秋穂、だいぶ欲求不満だな」
「そういうあなたはどうなのかしら? どうせまだサクランボなんでしょう?」
「そうだよわりぃかよ! なら今すぐ卒業してやろうか!?」
「いい度胸ね。この貧乳相手にできるものならやってみればいいわ!」
「ほらほら二人ともやめなよ! ピザ頼もう! 水城先輩と響さんは面白がってムフフしながら見てないでください」
「あちゃー、バレてたかー」
「秋穂ちゃんと大騎くんは本当に仲良しさんだよね~」
「はぁ、止めてくれるのは滝沢くんだけなのね。滝沢くんがいてくれるからここまで無傷でいられているのかもしれないわ。ありがとう」
「いえいえとんでもない。取り敢えずピザを頼もう」
五人もいれば好みが別れるのは当然で、不満のないよう四つの味を楽しめるクォーターメニューのMサイズを二枚選び、数分後に1階の固定電話でオーダーするために地下室を出た響が戻ってきた。
「突然ですがエブリワン! ピザが届くまで、彩加ちゃんと一緒に歌いまーす!」
言って、響は彩加と見合っておもむろにステージへ上がり、響は客席から見てセンターより一歩右の学校用の鉄パイプと木板を組み合わせた椅子にアコースティックギターを持ち脚を組んで座り、彩加は左端のキーボードの前に立った。彩加は浴衣姿なので少々鍵盤を弾きづらそうだ。
ヒューヒュー! と歓声を上げる大騎に、ぽかーんとしながら静かにステージを見上げる秋穂と望。この二人は演奏にあまり期待していないようにも見えるが、実は大騎以上に鼓動が高鳴っている。
ステージ上の二人は観客の様子を見ながら頃合いを見計らい、互いを見合って息を合わせ、身振りでリズムを取って演奏を始める。
夏の夜、小さな演奏会の始まりだ。




