消えゆくヒカリに想いを溶かして
「さあ! いよいよ花火大会が始まります! メインはなんといってもスターマイン! ほかにもステキな花火が盛りだくさん! 皆さま、ぜひ最後までごゆっくり夏の夜の華をお楽しみください!」
どこからか聞こえるハスキーボイスの女性司会者が花火大会の概要や注意事項などを説明し、渚の観客たちは宴の始まりにヒューヒュー! と歓声を上げている。響ちゃん、大騎くん、私の三人も思わず場の空気に呑まれたけれど、秋穂ちゃんと望くんはそれに圧倒されたのか、ぽかーんとしていた。二人らしいシャイな感じが可愛くていじりたくなったけれど、せっかくの宴に憤怒の汗をかかせてしまうかもしれないから控えた。
騒がしい中でも僅かに聞こえる波音が演出する静寂からは、いつも静かな夜の海だけど、今日は特別に貸してやるよと、寡黙なおじいさんに似たさりげないやさしさを感じた。
ドン! ドン! と胸を突く轟音が響く赤、緑、青といった定番の丸い花火、パチパチパチー! と弾けるポップで小さなフレーバー。ちょっとぼんやりしているうちに、空の彩りはどんどん様変わりして、テンションのウォーミングアップを促すように感情移入する暇を与えない。
そう、何も考えず、ただ見惚れていればいい。煌びやかな流星痕のように夜空へ溶けてゆく光と煙の尾が、それを悟らせた。
花火大会は、忙しい時代にほんの数時間だけ現れるオアシスなのかも。こうしてみんなで集まって、同じ芸術を見上げて。けれど儚く散る花に馳せる想いは、それぞれ違って。みんなはいま、どんな思いで夜空を見上げているのかな。
私はというと、ちょっと感傷に浸りたくなる。儚いものを見ると、どうしても命の儚さを知ったあのときを思い出してしまうから。でもそんな気持ちを私の過去を知る響ちゃんや秋穂ちゃんに勘付かれないように、この貴重なひとときを楽しむために、その枷は外しておこう。
「たーまやー!」
「かーぎやー!」
私が叫んだ今どきなかなか言う人はいないフレーズに響ちゃんが応酬。そこで、思いもよらぬ人から薀蓄が飛び出した。
「なぁ知ってるか? 玉屋と鍵屋 《かぎや》って、花火屋の名前なんだぜ!」
「あなた、誰?」
秋穂ちゃん、それ思っても言っちゃだめ。雑学とは無縁そうな大騎くんの一つ覚えに驚いたのかもしれないけれど。
「なんだ秋穂、記憶喪失か? 忘れちまったかもしんねぇけどお前は俺の彼女だから、無い乳揉むぞ」
「そうやって記憶を失った弱者を騙す卑劣な手口ね。いくら貧乳だからといって初対面の人にからだを許すほど尻軽ではないの。警察呼びましょう」
「なんだよ急に! 記憶喪失とか初対面ってどういうネタだよ! なぁ望」
「え? あの、どちらさまですか」
「フラットなトーンで言うんじゃねぇよ! ガチで忘れられたみたいで傷付くだろ! なんだよ作詞のセンスに加えて博学でビビったのか? なら素直に褒め称えればいいだろ! なぁ水城先輩」
ムムッ、これはボケる流れかな?
「はじめまして。えーと、お名前はなんていうのかな?」
「ひでぇよみんなこぞって取り付く島もねぇじゃんか!」
実は私、玉屋と鍵屋のお話はずっと前から知っているので物知りさんレベルの蘊蓄なのかはわからないけれど、ここはおバカキャラで通っている大騎くんの日頃とのギャップを斜めに称えてみた。
「はははっ、大騎くん人気者なんだね!」
「響ちゃーあああん! ハニーだけは悠久の刻を経ても俺を忘れずにいてくれたんだなオーマイメスゴッド!」
「メスゴッド?」
「おぉ我が女神さま愛してる花火終わったらラブホ行こうぜ!」
「あれ? キミは誰かなナンパかな?」
「そうだ。俺は湘南イチのナンパ師だ。今夜は俺に抱かれてみない? って、これじゃ俺、三人組に付き纏ってる変なヤツじゃねぇか!」
「ふふっ、なんてね! うそだよちゃんと覚えてる! 大騎くんも花火一緒に楽しもっ!」
「響ちゃん、もしかして小悪魔系?」
「さぁ、どうかな? へへっ」
響ちゃんは昔からこんな感じで男の子を虜にしてきたけれど、彼氏がいたという話は未だ聞いていない。
こうして誰かと花火大会に来たなんて、何年振りだろう? 小さい頃に秋穂ちゃんや近所の子、その父兄と一緒に来たきりかな。お父さんが他界して引っ越してからの七年間は殆ど独りぼっちで、またこんな日が来たらいいなと、毎年密かに淡い期待を抱いていた。
それを叶えてくれたのは、秋穂ちゃんとの再会か、望くんとの出会いか……。
大人になってから思い出す青春って、きっとこんな風にみんなでイベントに行ったり、登下校の何気ないひとときだったり、ときに誰にも言えない悩みを抱えて夜毎毛布を濡らしたり、その断片の一つひとつなんだろうな。
静から動へ移ろい始めた、期待高まる日々のときめきを、私はずっと、忘れないでいたい。
お読みいただき誠にありがとうございます!
まいど亀更新で恐縮ですm(__)m
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今後とも心のサプリメントになる作品を目指してまいりますので、引き続きご愛読賜りますようお願い申し上げます。




