コピー能力の勇者
目を開けた瞬間、光の中にいた。
白く、境界のない空間。
上下も距離も分からない。自分の輪郭だけが、かろうじて分かる。
声が、思考に直接流れ込んでくる。
『異世界転移を開始する』
『能力を選択してください』
視界に、文字が溢れ出す。
剣。
魔法。
強化。
耐性。
支援。
多すぎる。
読み切れない。
焦りだけが、頭の奥に溜まっていく。
残り──
数字が、視界の端で減っていく。
まだだ。
まだ決められない。
最後の瞬間。
ほとんど無意識に、目に入った文字を掴んだ。
《コピー》
説明は、読めなかった。
一秒。
『能力を確定します』
理解する前に、世界が裏返る。
石の床。
高い天井。
壁の旗。
正面の玉座。
人影が見える。
口が動いている。
だが、意味は分からない。
音としては聞こえる。
言葉にならない。
水晶が差し出された。
反射的に触れた瞬間、世界が切り替わった。
「……言葉は通じるか?」
「はい。」
自分の声が、きちんと意味を持つ。
説明が始まる。
魔王。
討伐。
帰還。
半分も聞いていなかった。
頭の中は、さっき選んだ能力でいっぱいだった。
コピー。
何を、どうやって?
水晶が差し出される。
「魔力を注げ。」
触れた瞬間、魔力が吸われる感覚。
最低限。
光は、弱い。
側近が言う。
「能力は?」
男は、正直に答えた。
「人の能力をコピーできます。」
王が、興味深そうに眉を動かす。
「では、試してみるか」
男は、玉座の王を見た。
本能的に、思った。
──この人が良い。
試すなら、ここだ。
王を見た瞬間、頭の奥が焼ける。
理解が、流れ込んできた。
コピー、完了。
同時に、能力の内容が分かる。
王が持っていた能力は、三つ。
一つ。
異常に良い視力。
遠くの文字も、闇の中の動きも、すべて見える。
二つ。
王都にいる限り、
あらゆる攻撃を受け付けない。
剣も、魔法も、毒も、呪いも。
ただし、王族限定。
三つ。
長寿。
老化が極端に遅い。
男は、黙った。
……弱い。
戦闘能力は、ほぼない。
条件付き。
場所限定。
身分限定。
「どうだ?」
王が尋ねる。
「……視力が良くなりました。」
王が、少し笑った。
「それだけか?」
男は、周囲を見回す。
兵士。
側近。
魔導士。
別の能力をコピーしようとする。
だが、何も起こらない。
頭の奥は、静かなままだ。
「……?」
もう一度、意識を向ける。
反応しない。
その時、側近が気づいた。
「……コピー対象、固定されています。」
王が、視線を向ける。
「一人分、か。」
男の喉が、鳴った。
「……一人だけ?」
側近が、淡々と告げる。
「上書き不可。
再選択不可。
最初に接続した対象のみ。」
理解した瞬間、血の気が引く。
最悪だ。
王は、少し考えるように沈黙した。
そして、結論を出す。
「使えん。」
短い言葉だった。
「王族限定能力を、王族でない者が持つ意味がない。」
水晶が、再び差し出される。
魔力が、吸われていく。
「……待ってください。」
声が、震える。
「この能力で魔王を──」
「できない」
王は、興味を失っていた。
「お前は、ハズレだ」
剣が、振り上げられる。
男は、最後に思った。
コピー能力は、
最強じゃなかった。
最初の一手を、
間違えただけで。
視界が傾く。
床に倒れながら、水晶が光るのが見えた。




