即死能力の勇者
目を開けた瞬間、光の中にいた。
白く、境界のない空間。
上下も距離も分からない。ただ、自分という存在だけが、宙に固定されている感覚がある。
声が、頭の奥に直接流れ込んできた。
『異世界転移を開始する』
『能力を選択してください』
聞こえているわけではない。
文字を読んでいるわけでもない。
意味だけが、最初から完成した形で流れ込んでくる。
視界に、無数の文字が浮かんだ。
剣。
魔法。
強化。
耐性。
回復。
支援。
数が多すぎる。
一つ一つを吟味する余裕はない。
その中で、異様に簡潔な文字列が目に留まった。
《即死》
説明は、それだけだった。
条件も、対象も、効果範囲もない。
ただ二文字。
冗談か、バグか。
そう思った次の瞬間、理解が追いつく。
──選択した瞬間に、終わる。
なぜか、確信があった。
だが同時に、思ってしまった。
こんなものが存在するなら、
この世界は、最初から破綻している。
選択を確認する感覚が走る。
『能力を確定します』
次の瞬間、重力が戻った。
石の床に立っていた。
高い天井。
壁に掲げられた旗。
玉座。
人影がある。
何人もいる。
誰かが口を開いているが、
その音は、意味を持たない。
異世界だ。
理解した瞬間、胸の奥が冷えた。
逃げようとした。
だが、身体が動かない。
そして。
何の痛みも、予兆もなく。
心臓が止まった。
視界が暗転する。
倒れる感覚すらない。
立ったまま、意識が途切れた。
沈黙。
広間に、理解不能な空気が落ちる。
「……?」
王が、玉座の上で首を傾げる。
勇者は、動かない。
剣も抜いていない。
魔法も放っていない。
ただ、立ったまま死んでいる。
側近が駆け寄り、脈を取る。
「……死んでいます。」
「殺していないな?」
「はい。誰も触れていません。」
王の視線が、水晶へ移る。
まだ、誰も触れていない。
魔力抽出は、始まっていない。
「……能力は?」
「分かりません。翻訳が発生する前に死亡しています。」
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
「──ふざけるな」
王の声が、広間に叩きつけられた。
玉座の肘掛けが、音を立てて砕ける。
「なぜ死んだ!」
「原因不明です!」
「水晶は!」
「未接触です!」
王の顔から、血の気が引く。
「……つまり」
王は、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「地球人の魔力を、一滴も回収できていない。」
側近が、唇を噛む。
「はい。」
王は、立ち上がった。
「召喚は?」
「次は……不可能です…」
空気が凍る。
地球人の魔力がなければ、
この世界の住人から集めるしかない。
その効率は、最悪だ。
地球人一人分の魔力を得るのに、
この世界の人間、数万人分が必要になる。
時間も、労力も、犠牲も桁が違う。
「……最初から、やり直しか。」
王の声が、低く震える。
「魔力集積工程を再開しろ」
「王、それは……」
「分かっている!」
怒声が響く。
「だが他に手があるか!」
死体が、運び出される。
勇者だったものは、
何の役割も果たさなかった。
魔王も倒さず。
魔力も残さず。
ただ、システムを止めただけだ。
王は、荒く息を吐いた。
「……次は、絶対に失敗するな。」
誰も、答えない。
水晶は、沈黙したままだ。
魔力を集め直すところから、
すべてが始まる。
王は、拳を握り締めた。
怒りの矛先は、
死んだ勇者でも、魔王でもない。




