逃げた勇者
光の中で、彼は即座に選んだ。
一つ目。
《身体変質》
二つ目。
《危機察知》
三つ目。
《自己再生》
戦うための力じゃない。
生き延びるための力だけを選んだ。
『能力選択を確認』
次の瞬間、嫌な感覚が走った。
まだ何も起きていない。
それでも、確信だけが先に来る。
──ここにいたら、死ぬ。
落下。
石の床。
王の間。
視界に人影。
水晶。
玉座。
危機察知が、叫ぶ。
刃。
拘束。
処理。
まだ誰も動いていないのに、
「結果」だけが、はっきりと見えた。
側近が前に出て、水晶を差し出す。
触れた瞬間、意味が流れ込む。
──魔力を注げ。
──測定を行う。
同時に、別の未来が見えた。
水晶が光り、
王が手を振り、
首が落ちる。
確定している未来。
彼は、能力を告げなかった。
床を蹴る。
叫び声。
剣が抜かれる音。
身体を変質させる。
皮膚が硬化し、骨格が歪む。
人の形が、崩れる。
刃が肉を裂く。
だが、自己再生が追いつく。
城を抜ける。
夜の街。
路地。
家々。
灯り。
危機察知が、止まらない。
ここも、安全じゃない。
人々が、逃げない。
こちらを見る目は、恐怖じゃなかった。
殺意だ。
誰かが叫ぶ。
「勇者じゃない!」
その瞬間、全てが繋がった。
王は、教えている。
式典で披露された勇者以外は、異物だと。
鍋。
包丁。
石。
一斉に、向かってくる。
逃げる。
だが、魔力が減っている。
変質が戻らない。
再生が遅れる。
倒れる。
何度も殴られ、刺される。
死なない。
だが、動けない。
そこへ、足音が重なった。
整った足並み。
兵士。
そして、側近。
彼は、慣れた手つきで水晶を取り出す。
触れられた瞬間、理解が戻る。
「回収対象だ。」
淡々とした声。
水晶が、魔力を吸い始める。
一気に。
能力が、剥がれていく。
危機察知が、静かになる。
自己再生が、止まる。
身体変質が、ほどけていく。
ただの、人間に戻る。
側近は、水晶を掲げた。
十分に光っている。
「これで足りる。」
次の瞬間、剣が振るわれた。
街の人々は、もう見ていなかった。
役目は終わった。
彼は、最後まで正しかった。
危機に気づき、逃げた。
それでも、
この世界では、それだけでは足りなかった。




