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君と暮らす5110日  作者: 中原 誓


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犬の幸せ

 喋る事ができないペットの心は、仕草や表情から推測するしかない。


 破壊神で、散歩が好きで、食べる事が好きで、シャワーが好きだったのが初代の犬だ。


 賢い犬だった。


 ハンバーガーセットのおまけのぬいぐるみを与えると、狩りの獲物のように振り回していた。

 『ゾウさん持ってきて』と言うと、象のぬいぐるみを持ってくる。

 一通りぬいぐるみの名前は教えはしたけれど、まさかね。まぐれだろう――と思いきや、ゾウとトラとライオンの区別がついていて驚いた。ライオンのぬいぐるみだけ中綿を抜いて、干物のようになっていたのは何か意味があったのだろうか。


 義父の月命日にお勤めに来るお坊さんが好きだった。

 玄関で出迎え、仏間まで先導した。お経が終わる頃に襖の前に座って待ち、玄関でお見送りするまでがルーティンだった。


 小さな赤いボールで娘とサッカーをするのが好きだった。

 娘の蹴るボールを前足で止め、『シュート!』と言うと鼻でボールを転がして寄こした。サッカー中継が分かるらしく、日本代表の試合が始まると急いでボールを探しに行った。


 私が隙間に落とした化粧水の蓋を拾ってきてくれたり、つけ置きしたまま忘れていた洗濯物を教えてくれた事もあった。そんな時はどこか呆れたような表情で。

 それから、大切な人を亡くした日はずっと私に寄り添っていてくれた。



 犬に重篤な病気が見つかった時、私達夫婦は手術をせず家で看取る事を決めた。

 手術をしても快復は難しいと診断されたからだ。一縷の望みをかけて手術する道もあったのだろうが、最後まで家族と一緒に過ごす方が犬にとっては幸せだと思ったのだ。


 それが正しかったのか、今でも分からない。


 最後まで家族と共にと願いながらも、私達夫婦が仕事に行ってる間に、家にいた義母が少し庭に出ている間に、初代の子は静かに息を引き取った。

 帰宅した私が見た時、犬は半眼で眠っているように見えた。

 最期に見ていたであろうものを確かめると、窓と赤いボールだった。


 楽しい夢を見ながら眠ったのだと、信じている。


 確かめる術はないのだけれど。



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