奇跡の瞬間
最近の小学生は、お行儀がいい。
散歩中に会う子も、ペット可のキャンプ場で出会った子供達も、すべからく犬を見て『かわいい〜』と言った後、『触ってもいいですか?』と許可を求める。
そこに一昔前の、自由奔放な子供の影はない。
もっとも、許可を求められた方がこちらは助かる。
首輪に手をかけ急に噛み付くのを防いでから、触らせる事ができるからだ。どんなにおとなしい犬でも油断はできない。
最近の子供達は、犬を撫でる時も的確だ。
一斉に触ったりせず、順番に優しく撫でる。最後に『ありがとうございました!』と礼を言うのも忘れない。そういう教育を受けてるの?とさえ思う。
うちの犬は子供が好きだった。
いつも嬉しそうだった。
一方、何事も時には大人の方が下手な時がある。
数年前のこと、実家の両親が所用で我が家にやってきた。
その時、我が家はちょうどリフォーム中で、夫と私は二階の一部屋だけで生活していた。もちろん2代目のダックスも同じ部屋だ。
母は例の、動物嫌いの母だ。
仕方がないので、犬が歩き回らないように散歩用のリードを短めにしてつけた。リードは私が持っている。
この状態で飼い主が側にいると、2代目の子は吠えない。おまけに父が声をかけるので、犬は必然的に父の方ばかり見ている。
このくらいなら、母も我慢できるだろうか。
始めこそ犬が動くたび挙動不審だった母も、やがてリラックスしたようだった。
普通に雑談を交わしていた時だった。
不意に母がそっと手をのばした。犬からすれば背後からだ。さすが、動物慣れしてないだけある。一番やっちゃ駄目なやつだってば。
2代目の子は、母の方を振り向いた。
そして何か感じるところがあったのか、ゆっくりと頭を下げたのだ。
母は人差しと中指の指先で、犬の頭を撫でた。犬は微動だにしない。
その光景はまるで――
ETだな。
「おとなしいね」
独り言のように母がつぶやく。
いや、いつもはうるさいんだよ。ダックスは猟犬だからね。吠えるのが仕事だよ。
おそらく、母は生まれて初めて犬に触れたはずだ。そして今後もこんな機会はまずないだろう。
人知れず奇跡を起こすのも、ペットの持つ力なのだ。




