輝いて見えたのは、きっと 8
キスされていると気が付いた時には、手首を掴んでいたエルの手は後頭部へと回っていて。何度も角度を変え深くなっていくそれに、わたしは戸惑うことしかできない。
呼吸の仕方も分からず、やがて息苦しさを感じてエルの肩を両手で押せば、数秒の後、ようやく唇が離れた。
「っな……な、なな、なんで……」
「したくなった」
心臓が痛いくらいに早鐘を打ち、熱があるのではないかというくらい、頬が熱い。
そんなわたしとは裏腹に、エルは意地悪く口角を上げ、さらりとそう言ってのけた。
「でも、お前はしたくなかったみたいだな」
「そういうわけじゃ、ないけど……その、急だったし、」
「いちいち今からしていいか? って聞いて欲しいわけ?」
「う、うーん……」
それもなんだか違う気がするし、恥ずかしい。とはいえ、今のは急すぎた上に、なんというか少し大人な感じだったことで、余計に戸惑ってしまったのだ。
「俺のこと、好きなんだろ?」
「う、うん」
「結婚するんだよな?」
「えっ」
「は? したくない?」
「し、したいです!」
「じゃあ問題ないな」
そう言ってエルは笑うと、再び軽く唇を押し当ててきて。
恥ずかしさで死にそうになったわたしは、エルの綺麗な顔に思い切りクッションを押しつけてしまったのだった。
◇◇◇
翌日。夜遅くまでエルとお喋りをしていたわたしは、少し遅めに起き、部屋で一人身支度を整えていた。
……ちなみにあれからエルはいつも通りで、内心ほっとしていた。あの嫌な予感は、どうか勘違いであって欲しい。
結局、昨晩も一緒に眠ったエルは朝早くから仕事らしく、目が覚めた時にはもう姿はなくて。少しだけ寂しい気持ちになってしまった。けれどこれから、彼と一緒に居られる時間は減るのだ。慣れなければと、自分の頬を軽く叩いた。
「こんにちは、ジゼルさん。お待たせしました」
そして支度を終え、そわそわしながら待っていると、やがてユーインさんが迎えにきてくれた。
彼もクラレンスも、そしてシャノンさんも皆、神殿に勤めていると知った時には本当に驚いたけれど。彼らの凄さを知っているからこそ、納得もした。
ユーインさんの転移魔法によって移動すると、広間のような場所にたどり着いた。真っ白で広く美しいこの場所はとても神秘的で、気持ちの良い空気に包まれている。
「こんにちは、ジゼル」
そして声がした方へと視線を向ければ、以前見学に来た際に話をした美しい女性と、その隣には何故かむすっとした顔したエルがいた。
同時に神殿長と呼ばれていたことを思い出し、慌てて「こんにちは」と返せば、彼女はくすりと笑った。
「呼びつけてしまってすまない」
「いえ、大丈夫です」
「会うのは二度目だね。私の名はマーゴット。エルヴィスやユーインの師であり、この神殿の長だ」
そう言って、マーゴット様は同性でもどきりとしてしまうくらいの、妖艶な笑みを浮かべた。
その名前は今まで何度も耳にしていたけれど、まさか同一人物だったなんて思いもしなかった。けれどあの日の言葉の意味が、少し分かった気がする。
「さて、私はジゼルと二人仲良く女子同士、お茶会をしてくるとしよう。エルヴィスは私の代わりを頼んだよ」
「女子? どこに二人もいるんだよ」
そんなエルの言葉に対し、マーゴット様はべしりと彼の頭を叩くと「行こうか」とわたしに声をかけた。
わたしよりも背の高い彼女の後を、付いて歩いていく。やがて案内されたのは、過去にユーインさんとクラレンスと話をした部屋と同じ、真っ白な部屋だった。
「コーヒーは好きか?」
「……ええと、あまり得意ではないです」
「はは、そうか。エルヴィスと同じだな」
マーゴット様は嬉しそうに微笑むと、いつの間にかすぐ側までやって来ていた女性に、紅茶を淹れるよう指示した。そして彼女自ら、ぽとりと砂糖を落としてくれる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ひと口飲んでみるとエルがいつも飲むものと同じ、わたしの大好きな甘さだった。彼女はきっと、わたしの何倍も何十倍もエルのことを知っているのだろう。
「さて、ずっとお前には色々と隠していたからな。今日は何でも聞いてくれ」
そう言ってもらえたものの、一体どこから尋ねればいいのか分からない。けれどすぐにマーゴット様は何かを思い出したように、美しい笑みを浮かべた。
「ああ、まずは礼を言わないとな。本当にありがとう」
「えっ?」
「エルヴィスに掛けた魔法を、解いてくれて」
「…………?」
その言葉の意味がわからず、首を傾げた。今の言い方ではまるで、わたしが解いたみたいではないか。
そんなわたしを見て、彼女もまた、首を傾げた。
「……まさか、聞いていない?」
「は、はい」
「あいつが何故、元の姿に戻れたのか聞いていないのか?」
恐る恐る頷けば、マーゴット様は呆れたような表情を浮かべ、深い溜め息を吐いた。
「まあ、あいつが正直に言うはずもないか。誰よりも素直じゃない男だからな。最早告白のようなものだし」
「告白……?」
思わずそう呟くと、彼女はくすりと微笑んで。手に持っていたティーカップを静かに置くと、言ったのだ。
「私がエルヴィスに掛けた魔法は、人を愛することで解けるようになっていたんだ」と。




