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家から逃げ出したい私が、うっかり憧れの大魔法使い様を買ってしまったら  作者: 琴子
第五章

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輝いて見えたのは、きっと 6



「エルヴィス・クレヴァリー……?」

「ああ」

「だい、まほうつかい?」

「そうだけど」

「……エルが?」

「そ、俺が」


 さも当たり前のことのようにエルはそう言ったけれど、わたしの頭ではさっぱり、理解しきれていなかった。


 エルの本当の名前を知ることができたのは、嬉しい。


 けれど彼があの大魔法使い様だということが、いまいち頭の中で結びつかない。だって、わたしの知る大魔法使いというのはこの国で一番の魔法使いで、とても偉くて。


 そして何より、わたしが幼い頃から支えにしていた絵本に出てくる、大好きな人だった。


「お前、大魔法使いが好きなんだろ」

「うん」

「それならもっと喜べよ。泣いてもいい」

「……な、なんか、よく分からなくて」

「は?」


 戸惑いを隠せずにいるわたしを見て、エルは拗ねたような表情を浮かべると、両頬を軽くつねってきた。


「どうしたら信じるんだよ」

「ひ、ひんひへはいはへじゃはいほ!」

「へえ?」


 エルはわたしに、嘘をつかない。それは分かっている。信じていない訳ではない。


 それでも、ずっと一緒にいたエルが実は大人だった、ということだけでも驚きだというのに。大魔法使い様でもあったなんて、すぐに理解出来るはずがない。


 やがて彼は頬から両手を離すと、今度は顔を包み込むようにして触れて。じっと、二つの碧眼でわたしを見つめた。


「嬉しいか?」

「うれしい、です」

「どれくらい」

「す、すっごく」

「ならいい」


 エルはそう言うと、子供みたいに嬉しそうに笑った。そんな様子を見ていると胸がぎゅっと締め付けられて、悲しくもないのに泣きたくなる。


 そして立ち上がると、彼はわたしの頭に片手を置いた。


「少し顔を見にきただけだから、もう行く」

「どこに?」

「神殿。久々だから、ババアにこき使われてる」


 大魔法使い様が神殿にいるということは、知っていた。以前、彼は神殿には入れないと言っていたけれど、呪いが解けた今はもう、大丈夫なのだろう。


 立ち姿を見て気付いたけれど、今彼が着ている服だって、神殿に勤める人々が着ているものに似ている。けれど過去に見たどんなものよりも豪華で、彼の位が高いことを示しているのは、無知なわたしにも分かった。


 それに、エルのあの魔法に関する知識量にも、その技術にも全て納得がいく。本当に彼はあの大魔法使い様なのだと、わたしは少しずつ実感し始めていた。


「そのうち全部ちゃんと話すから、待ってろ」

「……うん」

「とにかくゆっくり休め。飯もちゃんと食え」

「そうする。ありがとう」

「あと、男は部屋に入れるなよ。ユーインだけは許す」

「ええと、わかりました」

「ん、じゃあな」


 くしゃりとわたしの頭を撫でると、エルはあっという間に姿を消して。一人きりになると、急に寂しさに襲われた。


 ……もちろん、嬉しかった。ずっと憧れていた大魔法使い様が、大好きなエルだったなんて。夢みたいだとも思う。


 けれど、誰よりも身近な存在だと思っていた彼が、今はとても遠く感じられてしまうのだった。




◇◇◇




 翌日、朝一番にわたしの部屋を訪れたのは、シャノンさんとユーインさんだった。


「バカ、バカ! っお前が無事で、本当に良かった……!」


 シャノンさんはわたしの顔を見るなり抱きつくと、わんわんと大声を上げて泣き始めて。そんな彼女につられて、わたしも気が付けば泣いてしまっていた。


 彼女がいなければ、わたしは間違いなく死んでいた。それに、彼女がいてくれたからこそ、最後まで頑張れたのだ。礼を言えばこっちの台詞だと怒られてしまい、笑みが零れた。


「ジゼルさんが無事で、本当によかったです」

「シャノンさんと、エルのお蔭です」

「貴女も、とても頑張りましたよ。ありがとうございます」


 そしてお見舞いだと言って、ユーインさんはとても綺麗な大きな花束を手渡してくれた。


 ちなみにあの後、すぐに宿泊研修は中止になったらしい。わたし達以外も皆無事らしく、ひどく安堵した。


「エルヴィスはもうすぐ、落ち着くと思いますので。そうしたら、ゆっくり会えるかと」

「そう、なんですね」


 今まで、毎日当たり前のようにエルと一緒に居たけれど。きっとこれからはもう、そうではなくなる。そう思うと、寂しさや悲しさで押し潰されそうになり、泣きたくなった。

 

「エルヴィスの正体を聞いて、驚きましたよね」

「……はい」

「ずっと黙っていて、本当に申し訳ありませんでした。ジゼルさんさえ良ければ、2日後に神殿へ来て頂けませんか? マーゴット様も、貴女と話をしたいと仰っているので」

「分かりました」

「ありがとうございます。エルヴィスの魔力を封印し、あの姿にしたのも彼女ですから。全てを話すつもりでしょう」


 エルのことを、全て知ることが出来る。それはとても嬉しいはずなのに、何故かひどく怖くもあった。


 とにかく2日後、全てを聞けるのだ。わたしはそれ以外に気になっていたことを、ついでに尋ねてみることにした。


「あの、どうしてあの場所に、あんな魔物が出たんですか」

「……もうすぐ、良くないものが復活するんです」

「良くないもの?」

「ええ。その結果、魔物が大量に発生し、本来なら生息しない場所にも現れているようで」

「そんな……」


 良くないものというのは、一体何なんだろう。それに、あんな魔物が次々と現れれば、間違いなく被害は大きくなる。


「大丈夫なんですか……?」

「はい、大丈夫ですよ」


 絶対に、何とかしてくれると思います。そう、ユーインさんは言ってのけた。まるで他の誰かがどうにかしてくれるような、そんな言い方が不思議だったけれど。


 わたしはそれ以上、深く気にすることはなかった。




◇◇◇




 そしてその日の夜、エルはいつものようにわたしの部屋へとやって来た。けれどいつもとは違い、転移魔法で突然現れたことで、驚きすぎて心臓が飛び出るかと思った。


「あー、つっかれた。クソババア、本当ふざけんなよ」


 エルはソファに座るわたしの隣に腰を下ろすと、深い溜め息をついた。どうやらかなり忙しかったらしく、その美しい横顔には、疲れの色が浮かんでいる。


「お前は今日、何してた?」

「ユーインさんとシャノンさんが来てくれたのと、あとはずっと部屋でゆっくりしてたよ」

「ふーん」


 学園も大事をとって数日間休むよう言われており、大人しく部屋にいることしか出来ていない。時折、リネやクラスメイトの女の子たちがお見舞いに来てくれていた。


「そうだ、これ」


 そんな中、ふと彼が思い出したように取り出したのは、大きな布袋だった。その中には、信じられないほどのお金がぎっしりと詰まっている。


「こんな大金、どうしたの?」

「お前が俺を買った金。返しとく」


 俺は金持ちなんだ、なんて言ってエルは笑ったけれど、わたしは上手く笑うことが出来なかった。こうして精算することで、余計に彼が離れていくような気がしてしまう。


 そんなわたしの様子に気が付いたのか、彼は眉を顰めた。


「なんかお前、昨日から素っ気ないよな。助けに行くのが遅くなったせいか?」

「そ、そんなことないよ! ごめん」

「じゃあ何でだよ。……まさか歳上は好みじゃないとか、今更言うわけじゃないよな」

「えっ?」


 エルの焦ったような様子と、予想もしていなかった問いによって、わたしは思わず固まってしまうのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 面白さのあまり昨晩から寝ないで読み続けてしまいました。 続きが読みたくて悶えております。
[良い点] 昨日一気読みした身としては、最初のツンツン状態から好きを隠さないどころか好かれてないかもしれないと焦る姿への変貌に本当にニヤニヤがとまりません! 大好きです!
[良い点] この世で一番可愛いカップルちゃんですね。 エルのつんでれでれでれなかわいさはもちろん、ジゼルのかわいさも尋常ではありませんね。ジゼル素直すぎで愛情まっすぐに表現しすぎで愛しい!むねがくるし…
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