輝いて見えたのは、きっと 5
ジゼルが、姿を消したらしい。
「このイザンタ大森林の中、いえ、それどころか辺り一帯にも二人の姿はありませんでした」
「そんなはずは……」
探知魔法の得意な先生が辺り一帯を探しても、ジゼル、そしてシャノン・ルウェリンさんの姿は無かったという。
ジゼルはとても真面目な子だ。それは友人である私だけでなく、先生方も分かっているようで。彼女が黙って抜け出したのではなく、何らかの事故に巻き込まれたのではないかという判断を、すぐに下したようだった。
そして調べていくうちに、彼女達の魔力の痕跡を辿った結果、途中でぱったりと消えていたことも分かったらしい。
彼女と仲の良い私は一番に呼び出されており、事情説明をされた後はすぐに、バーネット様の元へと駆け出していた。
「おい、なに死にそうな顔して、」
「っジゼルが……居なくなったんです……!」
そう告げた瞬間、彼の瞳が大きく見開かれた。詳しく話せ、という彼の言葉を受け、先程見聞きした話を伝える。
ルウェリンさんと共に姿が見えなくなったこと、この森どころかその周りにも姿がないこと、そして二人の魔力の痕跡が突然途絶えたことを話せば、表情が一瞬にして強張った。
「……三つ編み、クラレンスを呼んでこい」
「えっ?」
「早くしろ、頼む」
「わ、分かりました!」
「俺はあいつらが消えた場所に、先に向かう」
そして彼の言う通り、私は急いでクラレンス様を呼びに向かった。ジゼルが失踪したこと、一緒に来て欲しいことを伝えれば、彼は困ったようにクライド様へと視線を向けた。
「僕も付いて行きますから、行きましょう」
「……すみません、ありがとうございます」
そうして、三人で急いでバーネット様の待つ場所へと向かえば、彼は目の前の何もない場所を見つめ、立っていた。
「エルヴィス様、一体何が……?」
「クラレンス、お前も見えるか?」
「これは……!」
バーネット様が見つめていた先へと視線を移したクラレンス様は、じっと目を凝らした後、狼狽えるような様子を見せた。けれど、私やクライド様には何も見えていない。
一体どういうことかと尋ねたクライド様に、彼は言った。
「……彼女は、Sクラスの魔物に拐われたようです」
「えっ?」
「異空間への繋ぎ目が、此処にあります」
これを作り出せる魔物というのは、一種類しかいないのだという。そしてその習性を聞いた私たちは、言葉を失った。
今彼女達がどんな目に遭っているのか、想像するだけで膝が震え、瞳からは涙が溢れてきてしまう。そんな私を支えてくれたクライド様もまた、かなり動揺している様子だった。
「ジ、ジゼルがいつも身に付けていた魔道具とかは、」
「Sクラスの魔物の前じゃ、もって数分でしょう」
クラレンス様のそんな言葉に、余計に泣きたくなった。どうか無事でいて欲しいと、震える両の手を組む。
そんな中バーネット様は、両耳に着けていたピアスを外した。同時にそれらは粉々に割れ、眩い光が彼を包む。
「クラレンス、お前は此処でこの穴が塞がらないよう、しっかり見張ってろ」
するとクラレンス様は慌てたように、彼の肩を掴んだ。
「俺が行きますから、エルヴィス様は此処にいてください」
「あいつが死にかけてんのに、俺に大人しく待ってろとでも言うのかよ」
「ええ、そうです! 一時的に魔力のみ増やしたところで、その身体では耐えきれないことくらい、貴方なら分かっているでしょう? 死にたいんですか!」
けれど、必死に止めようとするクラレンス様の手を振り払うと、バーネット様は小さく口角を上げて。
「ああ、死んだ方がマシだ」
そう、言い切った。そして「あいつは、俺を待ってる」と迷わず見えない何かに手を伸ばした、瞬間。
「エルヴィス様……!?」
「…………っ」
バーネット様の身体が突然、まばゆい黄金の光に包まれたのだ。あまりの眩しさに、思わず目を閉じる。けれど不思議と泣きたくなるくらい、優しくて温かい光だった。
──そして数秒後、私は自身の目を疑うことになる。
◇◇◇
「本当に、良かったです……!」
ぽろぽろと涙を流し続けるリネに抱きしめられながら、わたしはエルが助けに来てくれるまでの経緯を聞いていた。
そして、エルが命懸けでわたしを助けに来てくれようとしていたことに、ひどく胸を打たれた。
……あの後わたしは魔力切れですぐに気を失い、気が付いた時には寮の自室のベッドに横たわっていた。なんと1日以上眠っていたらしい。あんな目に遭っていながら、怪我ひとつないことが信じられない。全て、シャノンさんのお蔭だ。
彼女やエルは何やら後片付けがあるらしく、ずっと忙しくしているようだった、けれど。
「起きたのか」
目が覚めて10分程経った頃、いつものようにエルは窓からひょっこりと顔を出した。その姿は、最後に見た時と同様大人の男性のもので。エルだと分かっていても、なんだか落ち着かない気持ちになってしまう。
「それでは、私は失礼しますね。また明日、会いに来ます」
「あ、ありがとう」
気を遣うように、あっという間にリネは部屋を出て行く。
二人きりになると、エルはいつものようにわたしのすぐ隣に腰掛けて。やがて優しく抱き寄せられた。
「お前が死んだら、どうしようかと思った」
「うん、」
「……俺はもう、お前がいないと駄目かもしれない」
エルらしくない、ひどく弱々しい声だった。そして縋るような声に、言葉に。瞳からは、ぽろぽろと涙が溢れていく。
「っ助けに来てくれて、ありがとう」
「ああ」
「本当に本当に、嬉しかった。だいすき」
「知ってる」
それからはしばらく、まるで存在を確かめるかのようにきつくきつく、抱きしめられていたけれど。
やがて彼はそっと離れると、じっとわたしを見つめた。
「具合は」
「だ、大丈夫です」
「痛い所は」
「ありません……」
改めて見る慣れないその姿に、心臓が早鐘を打っていく。なんというか本当に、大人の男の人だ。それでも勿論、エルの面影はあるのだけれど、落ち着かない気持ちになる。
そもそも、いつの間にか歳上になっているだなんて、訳がわからない。一体彼の身に、何が起きているのだろう。
「つーか何だよ、その態度」
「だって、その……」
「俺は俺だから、どんな姿になっても気にしないし大切だって、前に言ってたくせに」
「あ、当たり前だよ! でも、慣れなくて」
わたしが過去に言った言葉を覚えていたことにも、驚いたけれど。とにかく今は、聞きたいことが多すぎる。
「それで、その姿は一体……?」
以前にも、彼はわたしよりも年下の姿から、同い年くらいに突然成長したのだ。それにしても、今回は成長し過ぎというかなんというか、あまりにも神々しすぎる気がする。
元々美少年だったけれど、色気みたいなものまで追加されていて、見ているだけでくらくらしてくる。中身はあのエルだと分かっていても、緊張してしまう。
「呪いが解けた」
「えっ?」
「これが、俺の本来の姿だ」
本来の、姿。つまり、彼は今まで子供の姿になっていただけで、本当は大人だったということになる。
正直、これまでの様子を思い出すと、とても年上だと思えない言動が多すぎるけれど、どうやら本当らしい。
「……ま、ようやく好き勝手に話せるようになったし、自己紹介でもしてやるか」
「自己紹介?」
「ああ」
そして戸惑いを隠せずにいるわたしに向かって、彼はいつもと変わらない、意地悪な笑みを浮かべて、言ったのだ。
「俺はエルヴィス・クレヴァリー。この国の大魔法使いだ」




