輝いて見えたのは、きっと 2
「……プ、プロポーズってね、結婚の申し込みのことだよ」
「んなこと知ってるに決まってんだろ、バカにしてんのか」
「えっ」
理解が追いつかず、エルが何か勘違いしているのではないかと思いそう伝えれば、思い切り額を指で弾かれた。
「だ、だって前は結婚なんて意味ないって、」
「今もそう思ってるけどな」
「じゃあ、なんで……?」
結婚についての話になると、彼はいつも「意味ない」「くだらない」なんて言っていた記憶がある。だからこそ不思議で、そう尋ねたのだけれど。
「お前となら、してもいいと思った」
「えっ?」
「それだけ」
エルはいつもの調子で、当たり前のようにそう言った。
「とにかく、くだらねえことはもう気にすんな」
わたしの頭に手を置き、エルは形の良い唇で弧を描く。
あまりにも、エルが自信満々にそう言い切るものだから。本当にもうあの家のことも何もかもを気にせずに、自由に生きていいのだろうかと期待してしまう。
そして何より、エルが優しすぎておかしい。そんな風に言われて、ときめかないはずがない。
「は? お前、なんで泣いてんの」
「ず、ずるい……」
いつの間にか、両目からはらはらと涙が零れていたわたしを見て、エルは驚いたように瞳を見開いた。
……正直、結婚だなんて今のわたしにはよく分からない。きっと、エルもよく分かっていないと思う。
けれど彼だって、わたしとずっと一緒にいたいと思ってくれたからこそ、結婚だなんて言い出してくれたに違いない。
そう思うと、嬉しさと好きだという気持ちがじわじわと込み上げてきて。溢れ切った感情が、涙となって溢れていく。
「泣くな、バカ」
「ごめん……」
「お前が泣いてると、落ち着かない」
エルの長く綺麗な指によって、涙を掬われる。そのひどく優しい手つきに、余計に涙が止まらない。
いつから彼はこんなに、わたしに甘くなったんだろう。
「も、もうやだ、エルが好きすぎる……」
「あっそ」
「ほんとに、だいすき」
「知ってる」
「……本当に、わたしとずっと一緒に、いてくれるの?」
「ああ。だからもう泣くな」
こんな幸せな時間が、ずっと続けばいいのにと思った。
◇◇◇
「わたし、エルと結婚するかもしれない」
「えっ」
翌日、移動教室の合間にリネにそのことを報告すると、彼女は余程驚いたらしく、手に持っていたペンケースや教科書を全て床に落としてしまった。
慌ててそれらを拾い、呆然としている彼女に手渡す。
「す、すみません……! 意識が天国に行っていました」
「てんごく……?」
やがて我に返ったらしいリネはぎゅっと手荷物を抱きしめると、キラキラとした瞳でわたしを見つめた。
「本当に、本当に素敵です……! けれど突然、結婚だなんて驚きました。今度こそ、想いを伝え合ったんですね!」
そんなリネの言葉に、今度はわたしが戸惑う番だった。
「……あれ、伝えあって、ない」
「えっ?」
よく考えれば、プロポーズのようなものをされたものの、エルから好きだとはっきり言葉にされたことはない。
好きかと尋ねれば、それを肯定するような返事は返ってくるけれど。冷静になってみると、なんだか変な話だった。
──どうしてエルは、好きだと言ってくれないんだろう。
もちろん強制するようなことではないし、エルに好かれている自信も、大切にされている自信もある。
けれど少しだけ寂しい気持ちになってしまう。恥ずかしがっているようには思えないし、何か理由があるのだろうか。
「お二人くらい想いあっていれば、言葉にしなくても伝わるからかもしれませんね」
リネもそう言ってくれたし、きっと深い意味はない。ただ単に、言葉にするのが好きじゃないのかもしれない。そう思ったわたしは、気にしないでおこうと自分に言い聞かせた。
そして今日からは放課後、先生と共に火魔法の練習に励むことになっている。
流石にあんな勢いの炎をうっかり出しては危険だと思われたらしく、コントロール出来るようになるまでは毎日特訓することになってしまった。
エルと過ごす時間が減ってしまうと思うと少し悲しいけれど、こればかりは仕方ない。毎日付き合ってくださる先生にも感謝をしなければ。
「いいですか? 貴女程の魔力量だと、魔力暴走を起こせば自身の身体にも影響が出てしまう可能性があります。ですから絶対に、限界を超えた魔力を使うのはやめてくださいね」
「影響、ですか?」
「はい。燃えます」
「えっ」
火魔法使いというのは、自身の魔法で出した炎で火傷をしたり、燃えたりすることはないと聞いていたのだ。
だからこそ、そんな恐ろしい話を聞いて震え上がったわたしは、より一層真剣に練習に励むのだった。




