目を閉じて、耳を塞いで 7
「お前、もう俺のこと好きだろ」
エルのそんな言葉の意味は、流石にもう分かっていた。
──今日、シャノンさんと一緒にいるエルを、彼女に触れているエルを見ると、何よりも嫌な気持ちになった。
エルがユーインさんやクラレンスと一緒にいたって、絶対にそんな気持ちにはならない。それがきっとわたし以外の女の子だったとしたら、同じ気持ちになってしまうのだろう。
少し前までは、エルは将来どんな女の子を好きになるんだろう、紹介してくれる日が楽しみだと本気で思っていた。
けれど今はいつか現れるかもしれないそんな女の子が、わたしよりもエルと長く一緒にいること、わたしより優先されることを想像するだけで、泣き出したいくらいに胸がぎゅっと締め付けられた。
ずっと、エルのことは大切な家族だと思っていた。出会った頃なんて、スレきってしまった弟のような彼を更生させなければ、なんて思っていたのに。
「……わたし、エルが好きだよ。もしもこれが恋愛の好きじゃないなら、一生誰かを好きになることはないと思う」
いつの間にかわたしは、そんな彼を誰よりも好きになってしまっていた。その頃の自分にこのことを話せば、面白くもない冗談だと笑い飛ばされてしまうに違いない。
「それとね、友達としても家族としても好き。わたしの中にある全部の好きが、エルに向いてると思う」
今だって口も態度も悪いけれど、本当は優しいことも、わたしを大切にしてくれていることも、誰よりも知っている。
「……わたし、こんなにエルのこと好きだったんだね」
それからは何度も、好きだと言葉にしているうちにしっくりときて。どんどん彼への気持ちを、実感していく。
そうしているうちに、不意に「もういい」と呟いたエルによって、わたしは抱き寄せられていた。
「……お前さ、恥ずかしくないわけ」
「えっ?」
「言いだした俺の方が恥ずかしいんだけど」
そう言ったエルの顔は見えないけれど、もしかして今彼は照れているのだろうか。
確かに好きだと言いすぎた感はあるけれど、今まで何度も何十回も伝えてきたのだ。全く恥ずかしくなんてない。
「全然。本当のことだもん」
「そもそもお前、あんなに俺のことはそういう好きにならない、とかなんとか言ってたくせに」
「……エル、その話根に持ちすぎじゃない?」
「は? お前が悪い」
本気で怒り出しそうなエルに、思わず笑ってしまう。
「エルって、いっつも偉そうだよね。あの時も俺以外を好きになるとか許さねえ、なんて言ってたし」
「当たり前だろ」
いつものように、エルはそう言ったけれど。やがてわたしの口からは「エルも?」という問いが溢れた。
「エルも、わたしのこと以外好きにならない?」
なんだかいつも、わたしばかりそんなことを言われ、不公平な気がして。そんな訳の分からない質問をしてしまった。
とはいえ、わたし以外、なんて言い方をしてしまったものの、そもそも彼に「好き」と言われたことすらないのだ。だからこそ、聞き方を間違えてしまったなと思っていたのに。
「ああ」
エルはいつもと変わらない様子で、まるで当たり前のことのように、そう言い切った。
「…………エルってわたしのこと、好きなの?」
「は? 嫌ってるようにでも見えてんのかよ」
「そういう訳じゃ、ないけど……」
彼に好かれていることにも、もちろん気が付いてはいた。
けれど一度だけ「わたしのこと大好きだね」という言葉に対して「そうかもな」と言われたことがあるだけで。こんなにもはっきりと、彼から好意を示されたのは初めてだった。
「う、うれしい、どうしよう」
「……あっそ」
「ねえ、それってどういう好き?」
何気なくそう尋ねると、エルは真剣な表情を浮かべて。ニつの碧眼で、まっすぐにわたしを見つめた。
「お前は、俺とこの先どうしたいわけ」
「えっ?」
そして、質問に対して質問で返されてしまった。
「もちろん、ずっと一緒にいたいと思ってるよ」
「お前が死ぬまで、ずっと?」
何故急に、そんなことを尋ねられたのかはわからない。
けれどそんな問いに迷わず頷けば、エルはわたしを抱きしめる腕に力を込めた。
「……分かった」
一体、何がわかったのだろう。けれどそれから、エルは何も答えてはくれなくて。結局、質問の答えも曖昧なまま、わたしはずっと抱きしめられ続けていた。
◇◇◇
「……エルともリネとも、離れちゃった」
あれから一週間が経った今日、くじ引きによって宿泊実習の班分けが行われていた。男女3人ずつの6人班だ。
王都から少し離れた森の中で行われるそれは、自然と触れ合う機会を作るのが目的らしい。
野外で自分達で料理をしたり、テントを張って寝泊りしたりするんだとか。とても楽しそうだ。
「なんでお前と同じ班なのよ、エルヴィスもいないし。そもそも外で泊まるとかなに? あり得ないんだけど」
そしてわたしはなんと、シャノンさんと同じ班だった。
けれど彼女はテントで寝泊りなんてありえない、とかなり怒っている様子で、先程からずっと文句ばかり言っている。それでも、参加をするつもりではあるらしい。
「お前、私の分まで働きなさいよ」
「がんばります……」
やがてそんな約束をさせられたわたしは、逃げるようにエルの元へとやってきた。エルはリネと同じ班らしい。
「同じ班が良かったね」
「そうだな」
つい「えっ」と言いそうになったのを、なんとか堪えた。なんだかあの日以来、エルの態度が更に変わったような気がする。最近の彼は怖いくらいに優しくて、素直なのだ。
そんなエルを見たリネからも「もしかして、お付き合いを始めたんですか?」なんて尋ねられたくらいで。
「あんま他のやつと仲良くすんなよ」
「わ、分かった」
そして前よりも、エルはやきもち焼きになった。そのせいでわたしは、落ち着かない日々を過ごしていたのだった。




