目を閉じて、耳を塞いで 6
「は? どう見たって、」
「ジゼルさんの成長に合わせるよう、私が魔法を書き換えておいたからですよ。以前『エルヴィスが素敵な学園生活を送れるように、プレゼント』と言ったでしょう?」
「バカかお前は」
エルはユーインさんを睨み付けると、深い溜息をついた。
「……それが本当なら、俺はもう───くらいなのか」
「ちょっと何を言っているのか分からないです」
「ふざけんな」
そんなやり取りを続ける二人は、本当に仲がいいなと思ってしまう。ユーインさんもエルのことがとても可愛いのだろう、いつもそれが伝わってくる。まるでお兄さんのようだ。
「本当に、あと少しで解けると思いますよ」
「……結局、条件はなんだったんだよ」
「ああ、そろそろ教えてもいいかもしれませんね」
にっこりと微笑んだユーインさんは、エルの元へとやって来ると、こっそりと耳打ちをして。
それと同時に、エルは見たこともない表情を浮かべた。戸惑ったような、困ったような。そして何より、少しだけ照れたような顔をして、彼は何故かわたしへと視線を向けた。
「おや、意外と驚かないんですね」
「……とにかく今は、ババアとお前に腹が立ってる」
「実は私は、マーゴット様が先に折れる結末を予想していたんですけどね。本当に、嬉しいです」
「あっそ」
エルはそう言って、ユーインさんにしっしっと追い払うような手つきをしている。呪いとやらが解ける条件は、一体なんだったんだろうと気になってしまう。
「……まあどちらにせよ、このままでは解かざるを得ない事態になっていたかもしれませんが」
困ったように呟いたユーインさんのそんな言葉に、エルはやっぱり「あっそ」と呟いた。
「まあ、この話もまだ不確定ですし。今後も学生生活を楽しんでくださいね。もうすぐ宿泊実習があるとか」
「うるさい、もう帰れ」
「ジゼルさんを大切にするんですよ」
「お前なんかに言われなくても、わかってる」
そうして、エルは二人を追い出してしまったのだった。
◇◇◇
「ねえエル、呪いが解ける方法、わかったの?」
「まあな」
「なんだったの?」
二人きりになった後、隣に座るエルにそう尋ねると「お前だけには言いたくない」なんて言われてしまった。
寂しい気もしつつ、言いたくないことを無理に聞くのも良くないと思い「わかった」と返事をしたのだけれど。
「は? 気にならねえのかよ」
「えっ? だって、エルが言いたくないって……」
「もう少し食い下がるべきだろ」
「ふふ、なにそれ。めんどうなエル」
なんだか先ほどから、エルは少しだけ様子が変だ。
「でも、もうすぐ解けるみたいで良かったね」
「ああ」
「解けたら何か変わるの?」
「変わるどころじゃないだろうな」
「えっ……?」
一体何が変わってしまうのだろうと、急に不安になってしまう。この生活や関係も、変わってしまうのだろうか。
そう、思っていたのだけれど。
「まず間違いなく、お前は俺を好きになる」
「えっ?」
「あとは泣いて喜ぶかもな」
「…………?」
どういう、意味だろう。そんなにもわたしにとって、嬉しい変化が起きるのだろうか。首を傾げているわたしを見て、何故かエルは自信ありげな笑みを浮かべていた。
「あ、そういえばさっき何で、みんな変な感じだったの?」
「変な感じ?」
「手をだす、って話の時」
わたしのそんな問いに、エルは思い出したように笑って。
そして、そんな彼からその言葉の本来の意味を聞いたわたしは、恥ずかしさで両手で顔を覆い、泣きたくなった。
「い、今すぐ訂正して回りたい……」
「なんで?」
「だって、間違い、」
「間違いじゃないだろ。手、出したし」
そう言われて初めて、あれも出されたうちに入るのだと理解した。更に、顔が熱くなっていく。
「な、なんでそんなに冷静でいられるの」
「さあ。お前は動揺しすぎ」
「だって、わ、わたしは初めてだったし」
「は?」
そう言うと、彼はわたしの両頬をぎゅむっと掴み、顔を近づけて。「わたしは、ってなんだよ。は、って」と言った。
ということはもしかして、彼も初めてだったのだろうか。緊張している様子なんてなかったし、なんというか手慣れているようにも見えてしまっていたのだ。そして勝手に、それを少しだけ寂しく思っていたりもしていたのに。
「あのな、俺はそもそも潔癖気味なんだ。他人に触れられるのだって好きじゃない」
「じゃあ、なんであんなことしたの」
「少しは考えろ、バカ」
潔癖気味だなんて話、エルの口からは初めて聞いた。
それにエルはいつも、わたしの食べかけだってなんだって当たり前のように口にしていたし、わたしが抱きついたりしても嫌がる素振りなんてなかったのだ。
「あっ、でも今日、シャノンさんの腕掴んでたし、」
「あれは流石の俺も少し焦ってたし、割と緊急事態だったんだよ。もしかしてお前、妬いてんの?」
「…………そ、そうかもしれない」
「じゃあ、もうしない」
そんな二人を思い出しただけでも、胸の奥がもやもやとしてしまう。本当に、わたしはどうしてしまったんだろう。
それに、当たり前のように「もうしない」と言ってくれたエルに、今度は心臓が苦しいくらいに締め付けられた。
嬉しいはずなのに、何故か泣きたくもなる。胸の鼓動が、怖いくらいに早くなっていく。 思わず胸元をぎゅっと押さえたわたしを見て、エルは口元に綺麗な弧を描き、言った。
「お前、もう俺のこと好きだろ」




