いつか終わりが来るのなら 5
「わあ、ジゼル様ってすごく細いんですね」
「本当?」
「はい。なのに出るべきところは出ていて、羨ましいです」
「そ、そうなんだ……! ありがとう」
学園祭まで、残り一ヶ月弱。そんな今日は放課後、演劇用の衣装やセットなどを作るため、クラスメイトのほとんどが教室に残り、作業をしていた。
エルは「眠い」なんて言い、さっさと帰ってしまったけれど。そして何故か、そんな彼を責める人は誰もいない。
わたしはというと、衣装作りの為に採寸をしてもらっていたけれど、こうして測ってもらうのは初めてだった。一応は貴族令嬢だというのに、オーダーメイドのドレスなど着たことがなく、いつもお安めの既製品だったからだ。
最近は結構食べているつもりだったけれど、まだ細い方らしい。貧乏時代のせいで、胃が小さめなのかもしれない。
「衣装のデザインはリネが頑張ってくれましたので、私も頑張って作りますね」
「うん、楽しみにしてるね」
そう言ってくれた彼女は、裁縫が得意なんだとか。皆、特技があって素敵だなと思う。周りがこんなにも頑張ってくれているのだ、わたしも頑張らなければと気合を入れた。
その後は、演劇に出演するメンバーで別の教室で合わせ練習を行い、気が付けばあっという間に夕方になっていた。
今日はあまりエルとお喋り出来なかったし、夕飯まで彼の元に遊びに行こうかな、なんて考えながら寮へ向かって歩いていると、廊下の角でばったりクラレンスと出くわした。
「お疲れ様! 作業はもう終わったの?」
「……ああ」
クラレンスは確か大道具担当だったはずだ。彼は相変わらず、わたしと目を合わせようともせず、素っ気無い態度で。
「ごめんね、わたし何かしたかな」
「…………?」
「また、嫌われちゃったみたいだから」
思わずそう尋ねれば、何故か彼は深いため息を吐き、長めの前髪を片手でくしゃりと掴んだ。
「嫌いな訳、ないだろう」
「本当に?」
「ああ、本当だ。その、不快にさせたなら済まなかった」
「ううん、良かった」
ほっとして思わず笑みが溢れると、彼は少しだけ困ったような表情ではあったものの、小さく口角を上げてくれた。
「あ、そうだ。今度ユーインさんに会ったら、お願いがあるから会いたいって伝えてくれないかな。いつもいきなり現れるから、こっちから連絡が取れなくて」
「ユーインに? 何の用なんだ」
「わたしの眠っている火魔法を、起こしてもらいたくて」
そう答えれば、クラレンスは少しだけ悩むような様子を見せた後、口を開いた。
「……俺が、やってやろうか」
「えっ?」
「それくらいなら俺にも出来る」
「ええっ、本当に?」
ユーインさんだけではなく、クラレンスまで出来るなんてとわたしは驚きを隠せない。神殿に勤めているような、すごい人にしか出来ないのだと思っていた。
けれどよく考えれば、わたしが知りうる限りでも二人は十分すごいのだ、不思議ではなかった。
「起こした後、ひどい眠気に襲われたり体調が悪くなったりすることもある。それらを考えた上で、いつがいい?」
「うーん、明日は週末で学校も休みだし、今日にでもお願いしたいくらい! 時間って結構かかるの?」
「いや、すぐに終わる」
今日は彼も時間があるらしく、折角だからとこの後すぐにお願いすることにしたのだった。
◇◇◇
「……もう終わり?」
「ああ」
そのまま眠っても大丈夫なように、わたしの部屋でお願いしたのだけれど、心臓辺りにクラレンスが数分間手を翳しただけで、あっという間に終わっていた。
けれど確かに、身体の奥に沈んでいた何かが引っ張り上げられていくような、そんな不思議な感覚がした。
「起こしたばかりなのに、よく馴染んでいるな。お前の親は魔法使いか?」
「えっ?」
「親が同じ属性持ちだと、馴染んでいることが多いんだ」
馴染む、という言葉の意味はよく分からなかったけれど、どうやら良いことらしい。父は魔法を使えないし、母から魔法を使えるという話を聞いたこともなかった。
「もう、これで火魔法が使えるの?」
「そのはずだ。小さな明かりをつけるようなイメージで、手のひらから火を出してみろ」
クラレンスはそう言うと、ぽわっと自身の手のひらから小さな炎を出して見せた。彼は火魔法使いなのだ。
今度攻撃魔法なんかも教えて貰えないかな、と思いつつ言われた通りにしてみたのだけれど。
「う、わわっ……!?」
突然、上に向けた手のひらから炎が噴き出し、天井にまで届きそうなその勢いに、思わず慌ててしまう。
そんなわたしを後ろから支えると、クラレンスはわたしのてのひらを、自身の手のひらで覆った。
「お前は魔力量が多いんだな。落ち着け、ゆっくりと炎を小さくするイメージをすればいい。俺も手伝うから」
ひどく、落ち着く声だった。重ねられた手のひらから、温かい何かが流れ込んでくる。
やがて炎は小さくなっていき、手のひらサイズになったことで、わたしはほっと安堵の溜め息をついた。
「わあ、本当に使えた! ありがとう、クラレンス!」
「少しずつ練習したほうがいい。光魔法と違って扱いを間違えれば、怪我をすることもある」
「うん! そうするね、本当にありがとう。今度お礼をするから、何かして欲しいことがあったら言ってね」
ぴったりすぐ後ろにいた彼を見上げれば、クラレンスは突然飛び退くようにして、わたしから離れた。
そしてそのまま「か、帰る!」と言い、窓ではなくドアから出て行ってしまった。大丈夫だろうか。
「……クラレンス、あったかかったな」
以前、牢屋の中でも思っていたけれど、火魔法使いは体温が高いというのは本当だったらしい。一方、エルはいくつも属性を持っているけれど、最近の彼は氷魔法を主に使っているせいか、体温は低めだった。
わたしも火魔法を使っているうちに、体温が高くなったりするのだろうか。そうしたら、人一倍寒がりなエルの手を温められるのに、なんて思っていたときだった。
「冷たくて悪かったな」
そんな声に振り向けば、窓には不機嫌そうな表情を浮かべたエルが腰掛けていた。
「びっくりした! いつからいたの?」
「お前らがベタベタしてる時から」
「べたべたなんて、してないよ」
エルは「してただろ、クソバカ」なんて言うと、ソファに座るわたしの隣へと来て、どかりと座った。
「わたしね、火魔法が使えるようになったんだよ」
「へえ、良かったな。クラレンスはすごいってか?」
「どうして、そんな嫌な言い方するの?」
嫌味な言い方をする彼にそう尋ねれば「お前のせいだ」と言われてしまった。最近、こんなやりとりも多い気がする。
「そもそも、俺はユーインに頼めって言っただろ」
「だってユーインさんはいつ会えるかわからないし、クラレンスじゃだめなの?」
「当たり前だろ」
どうしてクラレンスが駄目で、ユーインさんは良いのだろうか。エルのその基準がわからない。
「それと、二度と部屋に男を入れるな」
「えっ、エルも?」
「バカかお前は、俺はいいに決まってんだろ」
いきなりそんな事を言うなんて、どうしたんだろうと思っていると、それが顔に出てしまっていたらしい。
そんなわたしに、エルは咎めるような視線を向けた。
「じゃあお前は、俺が部屋に他の女を連れ込んだとしても、なんとも思わないわけ?」
「……え、」
もしもエルのあの部屋に、彼がわたしじゃない女の子を呼んで、二人で過ごしていたら。
そんなことを想像するだけで、何故か胸の奥が痛いくらいにぎゅっと締め付けられて、もやもやとしてしまう。
「……なんか、やだ」
「ほらみろ」
思わずそう呟けば「他人の嫌がることをすんのは駄目だって、いつも言ってるのはお前だろ?」なんて言って、エルはやっぱり意地悪く笑った。
けれど、確かに彼の言う通りかもしれない。自分でもどうして嫌なのかはわからないけれど、エルがこんな嫌な気持ちになってしまうのなら、彼の言う通りにすべきだろう。
そして先日の約束に続き、わたしは二度とエル以外の男性をこの部屋に入れない、という約束をしたのだった。




