いつか終わりがくるのなら 2
「わ、わたしが主役なんて無理です! 演技なんてやったこともないですし……」
「僕だってないですよ。大丈夫、一緒に頑張りましょう」
そう言ってクライド様はわたしの手を取ると、眩しすぎる笑顔を浮かべた。彼ならさらりと演技もこなしてしまいそうだけれど、わたしには全く自信がない。
新学期が始まって、一週間。先程行われたクラス内での話し合いの結果、学園祭の出し物は劇に決まった。思い合っているものの、国同士が対立している王子と姫が、色々な障害を乗り越えて幸せになるお話なんだとか。
そしてクラスのみんなの投票によって、主役である王子様役はクライド様に、その相手役となるお姫様役はわたしになってしまったのだ。どうしてこんなことに。
「とにかく、練習頑張ります……」
「僕でよければ、いつでも練習に付き合いますよ」
「ありがとうございます、本当にお願いします」
とにかく、決まってしまったものは仕方がない。やれるだけのことはやろうと、わたしは気合を入れた。
◇◇◇
「いかないで! あなたをあいしているんです」
「下手にも程があるだろ」
「……だよね」
それから二週間後。台本を片手にわたしは今日も、自室で演技の練習をしていたのだけれど。一番の見せ場でもある切ないシーンが、どうしても上手くいかないのだ。他は割と上手く出来ている気がするのに。
そんなわたしを見て、ソファに偉そうに腰掛けているエルは、鼻で笑っている。ちなみにエルは、是非劇に出て欲しいと言われていたものの「絶対に嫌だ」と突っぱね、結局魔法を使ってステージ上を演出する係になっていた。
「ジゼル、大丈夫ですよ。まだ時間はありますから」
「リネ、ありがとう……」
そして今日は、小さい頃から演劇をよく見ているというリネも、手伝いに来てくれている。監督係だ。
演劇経験のあるというクラスメイトの子には、とにかく役になり切ることだと言われたけれど、わたしのやるリリアナ姫の気持ちなんて、さっぱりわからない。
大切な家族や友人、何もかもを投げ出してもいいくらいに誰かを好きになるなんて、想像もつかなかった。それをリネに伝えれば「なるほど、わかりました」と彼女は頷いて。
「周りの方と、置き換えてみるのはどうでしょう。ジゼルが一番大切な方はどなたですか?」
「エルだよ」
即答すれば、エルには何故か「本当、恥ずかしい奴だな」と言われてしまった。わたしは全然恥ずかしくないのに。
「では、アレン王子をバーネット様だと思ってやってみませんか? バーネット様と離れ離れになることを想像してみれば、少しはリリアナ姫の気持ちになれるかと」
「エルと、離れ離れに……」
そんなことを少し想像してみただけで、心臓がぎゅっと締め付けられた。わたしにとって何よりも怖くて、辛い。
リリアナ姫も、こんな気持ちだったのだろうか。
「バーネット様、ジゼルの前のセリフを読んでみてくれませんか? 『もう、君とは会わない』だけでいいので」
「……1回だけだからな」
リネ監督の勢いに気圧され、エルも頷いてくれて。わたしは彼の隣に移動すると「では、お願いします」と告げた。
「もう、お前とは会わない」
なんだかセリフと違うけれど、余計にその言葉はぐさりとわたしの胸に突き刺さった。いつかエルにこんなことを言われたら、わたしは二度と立ち直れない気がする。
そんな気持ちを胸に、わたしはエルの透き通った瞳をしっかりと見つめ、口を開いた。
「行かないでください! ……貴方を、愛しているんです」
そして気が付けば、自分でも驚くくらいに切なげで、縋るような声が口から溢れていた。少しだけ、この時のリリアナ姫の気持ちが分かった気がする。
「ねえねえ、今の絶対良かったよね! ……エル?」
「こっち見んな」
「えっ」
「あっち行け」
「ええっ」
てっきり少しくらい褒めてもらえるかと思ったのに、何故かわたしから顔を背けるエルによって、ソファから押し出されてしまった。何か変だっただろうか。
「今この場にいられることを神に感謝します……ありがとうございます……幸せです……」
そして何故か、感動したように瞳を潤ませるリネ監督からもこれ以上ないOKが出て、安堵した。なんだかいける気がしてきたわたしは、より一層練習に励んだのだった。
◇◇◇
「どうしたの……?」
そんなある日の昼休み、食事を終えて教室へと戻ってくると教室の隅に小さな人だかりができていて。その中心に座る女子生徒は大きな目を真っ赤に腫らし、泣き続けていた。
心配になり慌てて駆け寄れば、泣いていたのはレベッカちゃんだった。彼女は明るくて可愛くておしゃれで、わたしも過去に色々とアドバイスをしてもらったことがある。
「レベッカ、恋人と別れたそうなんです」
「えっ……」
「もう二度と会わないって、言われたらしくて」
泣き続ける彼女の代わりに、近くにいた子達が説明してくれる。彼女からは以前、恋人の話も聞いたことがあった。
大切な幼馴染みで恋人になれて嬉しい、彼が大好きだと言っていたのに、どうして。
「……っ好きだなんて、言わなければよかった」
そうしたら、今も一緒にいられたかもしれないのに。
彼女のそんな言葉に、わたしはがつんと頭を殴られたような衝撃を受けていた。
誰かに好きだと伝えることは、何よりも素敵なことだと思っていた。だからこそ、それが別れに繋がることもあるなんて、わたしは思いもしなかったのだ。
「ごめんね。みんな、話を聞いてくれてありがとう。やっぱり、今日はもう帰るね」
そう言って、ふらふらと教室を出て行く彼女を皆で見送ったものの、心配で落ち着かない。
「あんなに仲良さそうだったのに……」
思わずそう呟けば、近くにいたミーシャちゃんは眉尻を下げ、困ったように微笑んだ。
「ジゼル様、恋なんていつかは終わるものですよ」
「そうなの……?」
「はい。永遠の愛なんて、御伽噺の中だけです」
恋にはいつか、終わりが来てしまう。その言葉もまた、わたしにとってかなりの衝撃であり、ショックでもあった。
「そもそも平民の私達なんて特に、こんな年齢で好き合ったって、うまく行くほうが稀よね」
「確かにうちのママも、初恋相手とは上手くいかなかったって言ってたなあ。パパは三番目に好きになった相手だって」
「お姉ちゃんも恋愛結婚したけど、すぐに浮気されて別れてたわ。最近は離婚率も上がっているんだってね」
そんなクラスメイト達の会話を聞きながら、わたしは本当に何も知らないのだと思い知っていた。同い年のはずのみんなが、わたしよりもずっと大人びて見える。
そして、誰かを好きになるのが怖いと、初めて思った。




