すべての初めてを君と 6
ユーインさんにお願いして、男子寮の前まで送り届けてもらったわたしは、早速指輪の使い方を教えてもらった。そして魔法でふわふわと飛ぶと、エルの部屋の窓を開けた。
エルが窓の鍵を閉めていないのは知っていたし、彼だっていつも勝手にわたしの部屋に入ってくるからお互い様だ。
窓からひょっこりと顔を出すと、エルがひどく辛そうな表情を浮かべ、ベッドに横たわっているのが見えた。熱があるのか顔は赤く、びっしょりと汗をかいている。
エルはすぐにわたしに気が付いたらしく、辛そうに細めていた両目を、少しだけ見開いた。
「……おまえ、なんで、いんの」
今日は眼帯は身に着けておらず、昨日隠されていたエルの青いはずの左の瞳は、深い黒色に染まっていた。これも、魔眼を使った後の影響なのだろうか。
少しだけ驚いてしまったものの、わたしはすぐにいつも通りの笑顔を浮かべ、ひょいと部屋の中に入った。
「ごめんね、エルが心配で来ちゃった」
「来んなって言っただろ、クソバカ」
拗ねたような声を出す彼に近寄りその額に触れてみると、ひどく熱い。冷やしたタオルを乗せた方がいいだろう。とりあえず、持っていたハンカチでそっと汗を拭った。
「ねえ、どうして何も言ってくれなかったの?」
「べつに、なんでもいいだろ」
「知らないところでエルが辛い思いをしてるの、嫌だよ」
真剣にそう伝えれば、エルはわたしから視線を逸らし、気まずそうな表情を浮かべて。
「…………かっこ悪いだろ、こんなの」
やがて、そんなことを消え入りそうな声で呟いた。
エルがそんなことを気にしていたなんて、とわたしは再び驚いてしまう。けれどすぐに、彼の体温の高い手を取った。
「そんなことない、エルはいつでもかっこいいよ。誰よりもかっこいい。本当に本当にかっこいいよ!」
必死に否定をすれば「ほんとうるさい、おまえ、やだ」と言ってエルは寝返りを打ち、わたしに背を向けた。
うるさいと言われてしまい、病人の前で大声を出してしまったことを反省する。騒がしくしてごめんね、と謝った後、その背中に小さな声で話しかけた。
「エル、助けに来てくれて本当にありがとう。さっき、ユーインさんからお礼を沢山もらったんだよ。元気になったら一緒に、美味しいもの食べに行こうね」
「…………ん」
それからすぐ彼は深い眠りに落ち、わたしは看病するための道具を取りに、急いで自室へと戻ったのだった。
◇◇◇
それから、2日が経った。昨日まで水分しか取れなかったエルもだいぶ具合が良くなったようで。真っ黒だった瞳の色もほぼ青色に戻っていて、わたしはひどく安堵していた。
そろそろ食事をと思い、彼が眠った隙に女子寮へと戻ったわたしは、共有スペースのキッチンに立っている。何か食べやすいものをと考えた結果、スープを作ることにしたのだ。
「よし、できた……!」
料理は初めてしたけれど、ちょうどキッチンにいたクラスメイトに教えてもらい、何とか完成することができた。そうして大きな鍋を抱え、ふらふらと男子寮へ向かう。
エルの部屋へと戻れば、彼は既に目を覚ましており、身体を起こして壁にもたれかかっていた。顔色もだいぶ良い。
鍋を抱えて入ってきたわたしを見て、エルは眉を顰めた。
「あのね、エルの為にスープを作ってみたの」
「……お前が?」
「うん。料理をするのは初めてだったけど、お家が食堂の子に教えてもらいながら作ったから、大丈夫だと思う」
包丁を初めて持ったわたしは、途中何度も指を切ってしまったものの、その都度魔法で治していた。やはり便利だ。
エルの部屋にふたつだけある食器を借り、それにスープを盛り付ける。自分で作っておきながら何だけれど、ものすごい量だ。一体何人分あるのだろうか。
「気合い入れて作りすぎちゃったんだけど、残していいからね。さっき男子寮の前でクラスメイトの子達に会って、余ったら食べるって言ってくれたし」
鍋を持って歩いている不審人物のわたしに、彼らは声を掛けてくれて「ぜひ食べたい」と言ってくれたのだ。
「……全部食う」
「えっ? でも、本当にたくさんあるし」
「うざい、同じこと何度も言わせんな」
そんなにお腹が空いていたのだろうか。「分かった」と返事をすると、わたしは慌ててスプーンでスープをひと口すくい、彼の口元へと運んだ。
「はい、あーん」
「…………は?」
するとエルは、何故か信じられないものを見るような目でわたしを見た。
「具合の悪い時はいつも、お母さんがこうしてくれたの」
「バカ言うな、無理に決まってんだろ」
「どうして? もしかして本当は食べたくない?」
少しだけ悲しくなりながらそう尋ねれば、エルは戸惑うような、躊躇うような様子を見せたけれど。
やがて小さく口を開けてくれ、そこにスプーンを滑り込ませる。なんだか雛鳥みたいで可愛い。
けれど直後、彼はなぜか片手で顔を覆った。
「…………本当、俺もどうかしてる」
そう呟くと、エルはわたしの手から引ったくるようにスープの入った器を取った。
「自分で食える」
さっきの姿があまりにも可愛かったから、少しだけ残念だけれど、食べてくれるだけで嬉しい。それからエルはあっという間に器の中身を平らげ、二回もおかわりをしてくれた。
「エル、たくさん食べてくれてありがとう」
「……悪くなかった」
「本当? 嬉しい!」
エルにとっての「悪くない」は「良い」だと、わたしはよく知っている。自分の作ったものを誰かに食べてもらうことが、こんなにも嬉しいことだなんて知らなかった。
「残りは後で食うから、置いておけよ」
「うん! ありがとう」
わたしは鍋の蓋を閉めると、再びベッドに横になったエルのすぐ近くに腰掛ける。なんだか幸せな気分だ。
「練習して、お菓子も作れるようになりたいな」
「あっそ」
「でもお菓子って、料理より難しいんだって。出来るかな」
「知らん。まあ、正直に不味いって言ってやるのは俺くらいだから、他の奴には食わせるなよ」
「た、確かに……! わかった、そうするね」
そうして再び「寝る」と瞳を閉じたエルが、早く良くなりますようにと祈りながら、柔らかな銀髪をそっと撫でた。




