すべての初めてを君と 2
メガネ回です。
「よし、こんな感じでいいかな」
初仕事の日、つまりメガネくんと誘拐される当日。わたしは朝から気合を入れて、身支度をしていた。鏡に映る自分の姿は、どこからどう見ても貴族令嬢だ。
そんなわたしを、何故か朝から部屋に遊びにきていたエルは、ひどく不機嫌な表情を浮かべ見つめていた。
「頑張ってお金、稼いでくるからね。ちゃんとお給料をいただいたら、エルにも美味しいお菓子買ってくるから!」
「いらん」
「ええっ」
あのエルがお菓子をいらないなんて、珍しい。なんだか不吉なことが起こりそうだとすら思ってしまう。
「おい、準備は終わったか?」
「はーい、今行きます!」
窓越しにメガネくんに声を掛けられ、慌てて立ち上がる。少しだけ緊張するけれど、しっかりと頑張らなければ。
「おい」
そんなわたしに対し、エルはしばらく何か言いたげにしていたけれど、やがて「何でもない」「クソバカ」と呟いた。
変なエル、と思いながらも「行ってきます! お菓子ばっかり食べないでご飯も食べてね!」とだけ言うと、わたしは自室を後にしたのだった。
◇◇◇
「最近、この街の付近で特に人攫いが増えているらしい。何日かかるかはわからないが、とにかく拐われるのを待つぞ」
「わかりました!」
「婚約者のふりをしつつ、バカなふりをしろよ」
「はい、頑張ります!」
それから数時間後。わたし達は王都近くの街中を、二人並んで歩いていた。わたし達くらいの年齢の少年少女は、他国で高く売れるんだとか。なんとも恐ろしい話だ。
これ以上、不幸な子供達を生み出さないためにも、頑張らなければとわたしは気合を入れ直した。
「婚約者ならやっぱり、腕とか組んだほうがいいですか?」
「バ、バカを言うな! この痴女め!」
「ええ……」
婚約者のふりをしろと言われたから提案してみたのに、痴女呼ばわりとは酷い話である。
とは言え、いくらバカなふりをしていたって、そう簡単に目をつけられ誘拐されるとは思えない。メガネくんの言っていた通り、わたしも長期戦を覚悟していたのだけれど。
「ビックリするほど、すぐに捕まりましたね」
「ああ」
それから2時間後。私達は早速捕まり両手両足を縛られ、馬車の荷台に転がされている。驚くほど鮮やかな犯行に、誘拐犯達がどれだけ手慣れているかを実感した。
荷台には、わたし達以外にも数人乗せられており、皆ひどく怯えた顔をしている。当たり前の反応だろう。心配になり声を掛けようとしたけれど「気持ちはわかるが、アジトに着くまでは余計なことはするな」とメガネくんに言われ、わたしはひたすらに大人しくしていた。
不意に馬車は止まり、やがて布の隙間から黒ずくめの男が顔を出した。その手には魔道具らしい棒がある。
どうやら例の魔道具所持チェックのようだ。わたしもあのネックレスが取り上げられないよう、外してきてある。だからこそ、引っかかることはないと思っていたのだけれど。
なんと棒はわたし達の目の前まで来た途端、眩く光った。どこからどう見ても引っ掛かっている。一体どうして、と冷や汗が止まらない。
「おいお前、魔道具を持ってるな」
「えっ」
すると、そう言って睨まれたメガネくんは「あ」という声を漏らす。そしてわたしも、気が付いてしまった。
「メガネの魔道具なんて、変なもん着けやがって。危険性は無さそうだが、一応回収するからな」
メガネくん、うっかりしすぎにも程がある。これで目を付けられたらどうするんだ。けれど、彼にとってメガネは最早身体の一部くらいの認識があったのかもしれないと思うと、仕方ないような気もしてくる。
そして、誘拐犯が乱暴にメガネくんのメガネを取った。
「…………え、」
それと同時に、わたしの口からは間の抜けた声が漏れていた。なんと初めて見たメガネくんの素顔は、息を呑むほどの美少年だったのだ。けれど婚約者役であるわたしが驚いていてはおかしいと思い、慌てて口を噤む。
彼の瞳は甘い蜂蜜のような金色をしていて、どこかで見たことのあるような、ひどく綺麗な顔立ちをしていた。
「へえ、こっちのお嬢ちゃんだけじゃなく、こいつも高く売れそうだな。ラッキー」
男はいやらしく笑うと、再び荷台から姿を消した。
それと同時に、吐き気すらするような浮遊感に襲われ、次の瞬間、わたしは意識を手放していた。
◇◇◇
「……おい、起きろ」
「う、」
ゆっくりと目を開ければ、すぐ目の前には見慣れない美少年の顔があって。メガネくんだと理解するのに、かなりの時間を要した。無駄にキラキラとしていて、落ち着かない。
「……ここは、」
「どうやら気を失っている間に、奴らのアジトへと連れて来られたらしい。予定通りだ」
身体を起こし辺りを見回すと、どうやらここは地下牢か何からしい。同じ牢の中には、わたし達以外にも同じく拐われてきたらしい、大勢の少年少女がいた。
その上、牢はいくつもあるらしく、どうやらかなりの数の人間が捕われているようだった。皆泣き続けていて、こんなことをしている人間への怒りがふつふつと込み上げてくる。
予定ではメガネくんがここからこっそりと抜け出し、すぐに味方を呼び、一気に包囲して捕まえる作戦になっていた。メガネくんはかなりの手練らしく、あのエルですらメガネくんの強さを認め、褒めていたから安心だろう。
「じゃあ、これから脱出をするんですよね」
「……実は、予定外のこともあったんだ」
「えっ?」
メガネくんはひどく気まずそうな、申し訳なさそうな表情を浮かべている。なんだか嫌な予感しかしない。
「先程、気絶している間に魔力を奪われたらしい。魔力を吸収する魔石など、この大陸中でも片手で数えられるくらいしか存在しない。まさかこんな奴らが持っていたとは……」
「えっ」
「普通の人間ならば数週間かかるところを、俺は2日程で回復することができるんだが……つまり、その間はここで過ごすことになりそうだ」
「ええっ」
まさかすぎる展開に、驚きを隠せない。とにかく捕まりさえすれば、すぐに脱出できるという話だったのだ。そもそも魔力を吸われたような感覚もなかった。いつの間に。
「……本当にすまない、これは俺達側のミスだ。今は謝ることしかできないが、ここにいる間、お前に危険が及ばないよう全力を尽くすと誓う」
「あっ、はい。大丈夫です」
こんなにもしおらしいメガネくんは、なんだか落ち着かない。元々、貧民街にいた時にはもっと酷い環境で寝泊りしていたのだ。それに彼らだって、これから売り飛ばすであろう商品を傷付けることなどしないはずだ。
「俺に出来ることなら、何でもするから言ってくれ」
「えっ……じゃ、じゃあ此処で寝泊まりする分、お給料を少しだけ上げてもらうことってできます……?」
「そんなことでいいのか? 約束しよう」
「やった! ありがとうございます、頑張ります!」
「……本当に変な奴だな、お前」
そしてわたしはこの固く冷たい牢屋の中で、メガネくんと2日間を過ごすことになってしまったのだった。




