ふたりだけの 6
わたしを守る為の、力。予想もしていなかったユーインさんの言葉に、戸惑ってしまう。
そして何より、エルが「一人じゃない」と言ったことに、わたしは驚きを隠せなかった。
「ほ、本当に、エルがそう言ったんですか……?」
「はい」
ユーインさんは迷う事なく、笑顔で頷いた。
……初めて会った時には殺すなんて物騒なことを言い、自分の得にならないことなんて、何一つする必要がないと思っていたあのエルが、わたしの為に人に頼み事をしたのだ。
その上、一人じゃないとまで言ってくれた。
じわりと涙腺が緩み、涙が滲んでいく。そんなわたしを見て、ユーインさんは柔らかく微笑んだ。
「エルヴィスは貴女が思っている以上に、貴女のことを大切に思っていますよ。ご存知の通り、素直じゃないだけで」
……なんとなく、気が付いてはいた。エルも少しくらい、わたしのことを大切に思ってくれているのでは、と。
けれどこうして他の人の口から聞くと、泣きたくなるくらいに実感が湧いてきて、嬉しさで胸が締め付けられる。
「ああ、そうだ。ちなみにですが」
ユーインさんはそう言うと、わたしが身に着けているネックレスを指差した。神殿で頂いたものだ。
「そのネックレスは基本、対魔法用なんです。物理攻撃にはあまり強くないので、注意してくださいね」
「そうなんですか?」
「はい。エルヴィスといれば大丈夫だとは思いますが、世の中危険は沢山ありますし」
そういえば結局、何故あんな場所に魔物が出たのかについては、分からないままだった。
「……思ったよりも、状況は良くないかもしれないので」
真剣な表情で呟いた、ユーインさんのその言葉の意味は分からない。それでも何故か、少しだけ胸の奥がざわついた。
「それでは私は、もう少しだけお仕事があるので。また」
「はい、お気を付けて」
そうして、ユーインさんは音もなく姿を消した。
再び部屋に一人になったわたしは、今度こそ寝ようと改めてベッドの中に潜り込んだ、けれど。
エルがわたしのことを大切に思ってくれているのだと思うと、嬉しくて気恥ずかしくて、落ち着かなくて。じたばたとし続けていたわたしは翌日、寝不足に悩まされたのだった。
◇◇◇
「……だるい、面倒くさい」
「どうせやらなきゃいけないんだから、頑張ろう」
それから、あっという間に数日が過ぎた。明日、王都にある学園の寮に戻ることになっている。
ちなみに今は三人で机に向かい、夏休みの宿題である問題集を必死に解いていた。とはいえエルだけは、真っ白な問題集を前に頬杖をつき、ペンをくるくると回している。
「ねえリネ、ここわかる?」
「……実はそこ、私も分からなかったんです」
「エルならわかるよね? ここ教えて欲しいな」
「知らん」
お願いしてみたものの、そう言われる気はしていた。リネも分からないようだし、どうしようと思っていたけれど。
「あ、でもクライド様が夏休みの間、勉強会しようって言ってくれてたよね。その時にまとめて聞けばいいか」
「貸せ、バカ」
するとエルは、問題集を引ったくり「こんなのも分からねえのかよ」なんて言いながらも、突然教えてくれ始めた。その上、前回よりも分かりやすい。
「あー、なるほど! 流石エル」
「別に」
「ふふ、お二人は本当に仲が良いですね」
そんなわたし達のやりとりを見ていたらしいリネは、やけに幸せそうに微笑んでいる。
「美男美女のお二人を、こうして近くで眺めているだけで私は本当に幸せです……夏休みの後半は私も寮に戻るので、そうしたらまた、遊んでくださいね」
「もちろん!」
まだまだ夏休みは、あと一ヶ月ほど残っている。残りはどうやって過ごそうかなあ、と考えていた時だった。
「そういえば、今月末には流星群が見られるそうですよ。お二人で見に行っては如何ですか?」
「そうなの? 見てみたいな」
「男女で見ると、永遠に結ばれるっていうお話もあるんですよ。とてもロマンチックですよね」
「永遠に、結ばれる……」
確かにそれはとても、ロマンチックだけれど。
「わたしとエルで見たら、まずいのでは……?」
「バカかお前は。んなもん迷信に決まってんだろ」
「それでも、万が一ってこともあるし」
エルと見たいけれど困ったなあ、なんて悩んでいるわたしに、リネは首を傾げながら言った。
「どうして困るんですか? 血も繋がっていないんです。結婚だって出来ますし、良いと思いますよ」
「えっ? だって、わたしとエルだよ」
「お二人はこんなにもお似合いなんです。恋愛感情が芽生えても、おかしくはないです。むしろ素敵です……!」
「れ、恋愛感情……」
リネはそんなことを、本気で言っているようだった。むしろ熱が入っているようにも感じる。
わたしとエルが、お似合い。結婚。恋愛感情。そんなことなど、考えてみたこともなかったけれど。
「……確かに、エルと結婚するのが一番幸せかも」
「は?」
「結婚すれば、ずっと一緒に居られるし。何より、本当の家族になれるもんね。恋愛感情とかはあれだけど、もしもこのまま、エルに好きな人が出来なかったら結婚したいな」
わたし自身、誰かを好きになるなんて想像もつかない。
それにエルの子供なら絶対に可愛いよね、なんて言うと、何故か二人の目が驚いたように見開かれた。
「お前、意味分かって言ってんの?」
「意味……?」
エルは頬杖をついたまま、探るような視線を向けてくる。よくわからずに戸惑っていると、リネが口を開いた。
「すみません、ジゼル。変なことを聞いても?」
「うん。なあに?」
「先日、弟達と遊んでくださっている時に、いつか子供が欲しいと言っていましたよね。ちなみに子供って、どうしたら出来るか知っていますか?」
「……そう言えば、知らない」
結婚すれば出来ると思っていたけれど、よく考えれば結婚をしていない伯爵と母の間にわたしは産まれている。
母からは伯爵に口説かれてわたしが出来た、とだけ聞いているけれど、仕組みはよくわからない。
「……そんなことだろうと思った。お前、本当やだ」
「バーネット様、こういうお話は普通、母親から教えられるものなんです。ジゼルは早くにお母様を亡くされたと聞いていますし、仕方ないかと……」
そんな会話をしながら、二人は何とも言えない表情でわたしを見てくる。どうやら皆、知っていることらしい。
「ジゼル、今夜少しだけ時間をください」
「うん……?」
その日の夜。リネのお母様から全ての説明を受けたわたしは、顔から火が吹き出るのではというくらいの羞恥に襲われていた。穴があったら入り続けたい。
そして何故か『恋愛感情が芽生えても、おかしくはない』というリネの言葉が、しばらく頭から離れなかった。




