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家から逃げ出したい私が、うっかり憧れの大魔法使い様を買ってしまったら  作者: 琴子
第三章

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ふたりだけの 4



「げほ、ごほっ」


 エルの予想外の言葉を受け、思わず咳き込んでしまったわたしに、リネは慌てて水の入ったグラスを手渡してくれた。


 水を飲みなんとか落ち着いたわたしは、うるうるとした悲しげな瞳を向けてくる双子達に向き直る。


「じぜるお姉ちゃん、そうなの……?」

「う、うん。もちろん二人のことは好きだけど、あのお兄ちゃんのことは特別、好きなんだ」


 エルの言っていることは間違ってはいない。わたしが一番好きなのは、間違いなく彼なのだ。


 とは言え、双子達が言っている「すき」と、エルが言っている「好き」は、別物だろうけれど。


「じゃあふたりは、けっこんするの?」

「ええっ! それは違うよ」

「どうして?」

「ええと、わたし達は家族みたいなもので……」

「みたいってなに?」

「うーんと……」


「ほら二人とも、そろそろママのところに戻りなさい。おやつのケーキが焼ける頃だと思うわ」

「はあい」


 止まらない質問に戸惑っていると、リネが助け舟を出してくれて。彼女は二人を連れて、部屋を出て行った。


 二人きりになり、わたしはエルの隣に座ると、すすすと彼に近づく。エルは「何だよ」とジト目でこちらを見ている。


「ねえねえ、もしかしてさっきのって焼きもち?」

「は? バカ言うな」

「だよね」

「………当たり前だろ」


 まさかあんな小さい子供相手に、焼きもちをやいたり張り合うわけがない。きっと彼なりの冗談か何かなのだろう。


「エルがあんなこと言うと思わなかったから、びっくり」

「文句あんのかよ」

「ううん、本当のことだもん。わたしがエルのことを大好きなのが、ちゃんと伝わってて嬉しい」

「あれだけ毎日バカみたいに言ってたら、わかる」

「そっか」


 なんだか嬉しくなってつい、にやにやとしていると「変な顔」だなんて言われてしまった。


「それにしても結婚かあ……やっぱり想像つかないや」

「意味ないだろ、そんなもん」


 この国では、貴族令嬢は18歳になると結婚することが多い。伯爵夫妻もきっと、わたしが魔法学園を卒業すればすぐにでも、あの変態侯爵に嫁がせようと考えているのだろう。


「わたしはとにかく、あの家から逃げれたらいいや。どこかに嫁いで、エルと一緒に居られなくなるのは嫌だもん」


 嫌がらせはされていようとも、貧民街にいたわたしを引き取り衣食住を与えてくれたのだ。元々は政略結婚だって、受け入れるつもりでいた。あの侯爵だけは無理だったけれど。


 それでも不思議と今は、知らない誰かと結婚する未来なんて、全く想像出来なくなっていた。


「これからもエルとずっと、一緒にいられたらいいな」

「……勝手にしろ」


 エルはそう言うと、何故かクッキーを一枚、わたしの口にぐいと押し込んだのだった。




◇◇◇




 お昼を食べた後「だるい、面倒くさい、暑い」と言うエルを連れ、三人で近くの森へと遊びに来ていた。


 可愛らしいウサギやリスがたくさん居て、リネに貰ったおやつをあげると、警戒しながらもひょこひょこと近づいてきて、食べてくれる。可愛いが爆発しそうだ。


 日頃からこの辺りの人が餌やおやつをあげているから、この辺りの動物は人懐っこいのだという。


 やがて慣れてきてくれたのか抱っこも出来るようになり、わたしはずっと可愛らしいウサギを撫で続けている。


「かわいい……本当にかわいい……!」

「そんなジゼルが一番可愛いですよ」

「またまた〜」

「本当です」


 エルは芝生にごろりと寝転がり、気怠げにそんなわたしを見つめている。リネはと言うと、突然スケッチブックを取り出して何やら絵を描き始めた。


 ウサギの絵を描いているのかと思いきや、まさかのわたしがメインだった。本当にそれでいいのだろうか。


 そうして、穏やかな時間を過ごしていた時だった。


 突然、物凄い勢いで抱っこしていたウサギが逃げ出してしまって。それと同時に、近くにいた動物達も皆一斉に、何かに怯えたように逃げ出してしまう。


 どうしてだろう、と不思議に思っていた時だった。


「おいバカ、前見ろ」

「っえ、」


 そんなエルの声に顔を上げたわたしは、数メートル先に自身の何倍も大きな何かがいることに気が付いた。それは鋭い赤い二つの瞳で、わたしを捉えている。


 ……なに、あれ。


 座り込んだまま呆然と固まるわたしを、すぐにエルはぐいと腕を引き、立ち上がらせてくれた。


「も、もしかして、ま、魔物……?」

「どっからどう見てもな。お前がバカみたいに声に出して読んでた図鑑の中にいただろ」

「……炎猪」

「ああ」


 初めて見る魔物に、恐怖と驚きで心臓がうるさいくらいに早鐘を打っている。想像していた何倍も大きくて禍々しい。


 そして図鑑の通りであれば、炎猪は強い部類に入る魔物なはずだ。名前の通り、火を吹くのだという。


「っど、どうして、こんなところに魔物が……こんな場所に出るなんて、聞いたことがありません……」


 わたし達の後ろにいるリネも、ひどく怯えている様子だった。森の中といえど、ここは都市部なのだ。こんな場所に魔物が現れるなんて、有り得ない。


 どう考えても、助けを呼ぶ余裕も時間もなさそうだ。


 そんな中、一人平然としているエルは手のひらを炎猪に向けると、なんとそのまま氷魔法で攻撃をした。けれど、あまり効いている様子はない。


 むしろ今ので怒ったらしい炎猪が、今にもこちらへと突進してこようと、太く大きな足で地面を蹴り始めている。


「うわ、こんな雑魚一匹、一発で仕留められねえのかよ。本当にカスみたいな魔力だな」


 やはり焦る様子ひとつないエルは、自身の手のひらを見つめながら呑気にそう呟くと、溜め息を吐いた。


 ……あれ? もしかして今、とてもピンチなのでは?



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― 新着の感想 ―
[良い点] なにこれ、キュンキュンするんだけど。どうしてくれるの
[良い点] >「わたし達は家族みたいなもので」 ジゼルちゃん、それは"夫婦"という家族だよ(笑) と、ひとりニンマリしてしまったワタクシ 氷魔法で炎猪を刺激してしまったエル でも余裕! これは何か…
[一言] 「………当たり前だろ」 三 点 リ ー ダ ー × 2
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