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歴史探偵アケチ  作者: 橘晴紀
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ミルク①

 小林はベイルートで時間が空いた時、奥まった席で勉強をしている。K大に入学したのも決して順風満帆だったわけではなく、苦労をして学力を伸ばし今に至っている。それは入学後も同じで日々忙しい中、暇さえあれば勉学に勤しんできた。

 日本の大学は比較的狭き門に広き出口といい、欧米ではその逆だという。しかし、そうだからといって、入学して単位だけ取っていればいいというものではなく、

真偽のほどはともかく、京子曰く小林は未来のノーベル賞候補だという。

 いずれにしても、ただでさえ明智の助手やウェイターとして動き回っている身なので、時間が空いた昼間と干渉されない夜は勉強に邁進している。

「キャッ!何するんですか?」

 それは桃香の声だった。

今は特等席に一組みの客しかいないので小林はそちらに向かった。

「どうかしましたか?」

客席には若い男がふたりいて、桃香がふたりを睨んでいる。

「なんや!お前には関係ない!あっち行け」

 如何にも柄の悪い風体の男が小林に凄んだ。

「でも、いま声がしたもので」

「当たり前や!コイツとしゃべってるんやからな!アホか?お前!」

 なお一層凄む短髪の男に、向かいに座る長髪の男が言った。

「ここ~、メイド喫茶ちゃうんか?なんで野郎がいてんねん?」

 それに桃香が答えた。

「いいえ。違います。ここは普通の喫茶店です」

「ほんなら、なんでこんな値段高いねん?メイド喫茶ちゃうんやったら、何やここは?おさわり喫茶か?」

 そう言って長髪の男は桃香の尻を撫でた。

「やめて下さい!」

 男を睨む桃香は続けて言った。

「価格は普通です。むしろ安いくらいです。マスター厳選の自慢のコーヒーですから」

「そんなもん知るか!メックなんか百円や。ストバより高いやんけ!そやったら、触るくらいええやろ?なぁ?」

 そう言って向いの男に同意を求め、ふたりで笑った。

「それは失礼じゃありませんか!」

 小林は堂々と言い放った。

「おい!この店は客に説教たれるんか?」

 長髪の男は立って、小林の胸座を掴んだ。

「お客様。申し訳ありません」

 桃香が謝ると、男は小林から手を放し今度は桃香に言った。

「姉ちゃん。そんな謝り方あるか?」

「えっ?」

「そやから、人に説教たれて、気分悪くしたんはそっちやろ?それが一言謝って、はい終わり?なんじゃ、そら!」

「どうすれば納得されるのですか?」

 小林は握り拳で動こうとしたが、それを桃香が止めた。変わって短髪の男が言った。

「まぁ、ええやんけ。そのくらいにしとけ。お姉さん怖がってはるわ!」

 そう言って男は立ち上がり、桃香の腕を掴んで動き出した。

「桃香さんをどうする気ですか?」

「これから遊びに行くんや!この子がどうしたらええか、聞いたやろ?俺らと一緒に来たら納得したる」

「何言ってるんですか!ダメですよ!」

 小林の抗議に長髪の男が握り拳で牽制した。

 手を引かれた桃香が言った。

「小林くん。ここお願いね」

「ちょっと桃香さん、正気ですか?」

「大丈夫!外の方が話し易いから…」

 長髪の男が小林の行く手を阻んで今度は殴るポーズをして扉を閉めた。小林は店内をウロウロして落ち着くよう自らに言い聞かせた。

「マスター。どうしましょう?」

 小林の問いにマスターは頷くだけだった。

「やっぱり、ダメだ!マスター、あとお願いします」

 そう言って小林は外に出た。だが、すでに桃香たちの姿はなく、小林は橋の方へ向った。

「しまった~」

 小林はベイルートの角を曲がり、鴨川を覗いた。すると、下の河原に桃香とふたりの男がいた。しかし、男たちの様子が少しおかしい。何やら、ふたりとも腹を押さえて膝をついている。

「桃香さん。大丈夫ですか?」

 上から声を掛けた小林に一瞬、躊躇した桃香が返事した。

「う、うん。大丈夫」

 すると次の瞬間。

「で、どうするんや?アンタら!」

「いや…その~」

 その光景は明らかに桃香が攻めているもので、それに答えられない男たちであった。

小林には正直、何が起こっているのか分からなかった。

「そやけん、こっち来いって」

 桃香に言われ、相変わらず腹を押さえながら男たちは近づいてきた。

「アンタら、こんな格好で女やけん、なめとったやろ?私はええわ!小林くんとマスターに謝り!それとも、まだ足りんのか?」

 そう言って桃香が構えると男たちは小林に近づき声を揃えた。

「ごめんなさい。許してください」

 男たちは頭を目一杯下げて小林に謝った。

「いやぁ、もういいですよ」

 あまりにも丁重に謝罪されたので、小林はかえって恐縮した。顔を上げた男たちを見て小林は桃香の制裁がどれほどのものか知った。同時に今まで見てきた桃香と百八十度違う姿に驚き、かつ今後の対応が気になった。

 桃香は男たちに店へ戻ってマスターへの謝罪を要求し、彼らも当然快く引き受けたが、小林が後で変わりにしておくからと、ふたりを帰した。ふたりの男は何度も桃香と小林に頭を下げながら、橋を渡って去った。

 桃香と小林は鴨川を見下ろす道路の石垣に腰掛けて押し黙っていた。暫くして桃香が俯いたままゆっくり話し出した。

「ビックリしたでしょう?」

「ええ。まぁ。でも正直ホっとしました」

「どうして?」

「ウェイトレスとして働いている桃香さんも素敵ですけど、さっきのような桃香さんもとても素敵でした。メイド服以外の桃香さんを知れてよかったです」

「そんな…女なのに、野蛮だよ。それに暴力はイケナイって分かっているのに、あんなことしちゃって…」

 桃香は自らの拳を握って唇を噛みしめた。

「仕方ないですよ。あの場合は…僕は勇気がないからできません」

「ああいうのは勇気っていわないよ。本当の勇気は自分がどんな状況でも誰かを守るってことだと思う。小林くんはできないって言ったけど、それでもさっきアイツらと戦おうとした。それに最後は彼らを許した。そういうのが勇気だと思うんだ」

「そうですかねぇ。ところで桃香さんはどちらの出身なのですか?」

「愛媛県の宇和島。出てた?方言」

 桃香は恥ずかしそうに聞いた。小林はそれに気遣い小さく頷いた。

「興奮すると出るみたい。恥ずかしいな」

「そんなことないですよ。僕なんか京都へ来てまだ間もないのに忘れちゃいました」

「出身どこなの?」

「千葉県の九十九里です。東京にも住んでいたものですから、別に隠しているわけじゃないのですけど、初対面で先生には見抜かれました」

「そうだね。業平様の前では嘘をつけない。別につく必要はないのだけど」

「桃香さんは先生と長いのですか?」

 小林はそう言ったあと自分でもマズイと思った。聞き方はもちろん、中途半端な気持ちのままで質問した言葉が触れてはいけない内容だと思ったからだ。

 しかし、それとは裏腹に桃香の顔は紅潮して小林が考えるほどではなさそうであった。

「そうだね。私がここへ来たのは三年前…」

 そう桃香は語り始めた。三年前の春まだ浅いある日。

 桃香は今と同じように、喫茶ベイルート前の道路の石垣に腰掛け夜の鴨川を眺めていた。うな垂れたその姿は誰が見ても落ち込んでいるように見える。

「彼女~、独りで何してんの?暇なんやろう?俺らと遊ばへん?どっか行こう!なぁ、彼女って~」

 ふたりの若い男が桃香に近づいてきた。ひとりは金髪でもうひとりはスキンヘッド。ふたり共いわゆる特攻服を着ている。見たからに怪しげな男たちであった。

 男たちは交代で桃香に声を掛けたが、一向に反応しないので桃香の腕を掴んで無理やり立たせた。

「何すんの!」

 そう言い放った桃香は男たちを睨みつけ手で払い、石段を降りて河原に出た。残された男たち、金髪の方が言った。

「見たか?マサ。アイツ、むっちゃ上玉やな!乳もデカイし、姦そうや!」

「おう!姦ろう。我慢できひんから車に連れ込んだらすぐ姦ろう」

 飢えた狼の如く、ふたりの野獣はまるで獲物に近づくように桃香の後を追った。そんな事とは露ほども知らない桃香は石を何個か拾い、川に投げて考え事をしていた。

「お姉さん。どこから来たん?送ろうか?」

 今度はスキンヘッドの男が声を掛けたが、反応がないので後ろから桃香の体を羽交い絞めにした。しかし、桃香は両腕で素早く払いのけ、次の瞬間男に回し蹴りを喰らわした。腹部を押さえながら男は金髪男に合図した。

 金髪男は声を張り上げながら桃香に近づいてきた。

「おい!このアマ、調子のんなよ!人が下手に出とんのに」

 そう言って男は桃香に殴りかかってきた。桃香はそれを左手首で払いのけ、右ストレートパンチを男の顔面に喰らわした。金髪男は一瞬怯んだが、隣のスキンヘッドの復活をみて桃香に飛びかかった。しかし結果は同じでふたりとも石ころの布団に横たわった。

「まだやるんか!」

 桃香の構えを見て、男たちはいそいそと退散した。

「何や今日はツイとらん」

 桃香はまるで不幸を数えるように石を何個か川に投げて憂いた。その後、桃香は川縁から離れて石段に向かった。上を見上げると、そこには誰かが立っていた。桃香は下りてくると思い、少し下がって待った。

 暗がりで顔は見えないが大柄な男であった。しかし次の瞬間、石段の上から聞き覚えのある声と口調で身の危険を感じた。

「アニキ。そいつです」

 声の主は先程消えた男たちの内のどちらかであった。「アニキ」と呼ばれた大柄な男が暗がりでも桃香に見える距離に顔を近づけた。桃香は腕を振るう間もなく、その男に顎を掴まれた。そして男は言った。

「何や、お前らこんなメスガキにやられたんか?情けない。仮にも京爆でアタマ張ってたんやろう!何しとんじゃ!」


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