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歴史探偵アケチ  作者: 橘晴紀
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君を探して③

 小林は依頼者ふたりに連絡を取ったあと、もうひとつ言いつけられていた用事のため、昨日も行った同立大の木村を訪ねた。

「悪いね。どうも古典は苦手でね。一応、商売柄そこも範疇に入っているのだけど、学生に任せっきりでダメだな。もう少し待ってくれないか?いま懸命に学生たちが頑張ってくれているから」

 そう言って頭を掻く木村はここ同立大の准教授で歴史学者である。

「これ、ありがとうございました」

 小林は「源氏物語」の本を木村に返した。

「どうだった?だいたい把握できたかな?その本は割と優しく訳されているから、初心者にも理解できたはずだよ。実は僕もそれで勉強した口だよ」

「なかなかドロドロした話ですね。源氏物語がこんな話だったなんて思わなかったですよ。今回は葵と夕顔でよかったのですけど、源氏が須磨に行くところまで読みました」

「そうか。だったらその本は君に譲るよ。気長に読めばいい。まぁ、『須磨がえり』まで行けたら、初読でもたいしたものだよ」

「須磨がえり?何ですかそれは?」

「源氏物語を読む人にとっての関所みたいなところだね。大げさに言えば目的と信念がないと中々その先に進めないってとこかな」

 木村はコーヒーを入れながら小林に聞いた。

「君はK大で何を専攻しているのかな?」

「生物科学です」

「へぇ、その君があの男の助手ねぇ?アイツらしいな!君も大変じゃないのか?」

「木村先生はウチの先生をよく御存じなのですか?」

「そうだな、長いね。腐れ縁ってやつかな?君も知っての通り、ああいうヤツだから喧嘩も多いんだが…仕事柄、古臭いやつでね。今では珍しい昭和の匂いがするヤツだよ。でも何故か憎めない男だ」

 小林はそう語る木村に親近感を覚えた。

「ウチの先生はいつから歴史探偵をされているのでしょうか?」

「アイツは元々アーキテクトを目指していた。大学も建築科だった。しかし、父親が突然、事故で亡くなって、それから今のような探偵になった」

 小林は明智の新たな一面に触れて、彼が自分も含めて、学生に対してある種厳しいまでの態度で接していることが少しは理解できた。

 その頃、明智はというと。市内某所の寺にいた。

「やっぱり二日酔いのあとはこれに限る。利休の器には何か仕掛けがあるのか?」

「明智先生。もう少し小さな声で言うてくだされ。どこで誰が聞いているか、わからしまへん。この名器でこぶ茶を入れるのも先生やから、してますんや」

「どういうわけか、これじゃないとダメなんだ。他で試しても効果がない。こぶ茶にも仕掛けがないとすると、器かここの場所いずれかに秘密があるのだろう。出来れば、この器を割って調べたいとこだが」

 そう言って明智は飲み干した器で投げるポーズをすると、住職が慌てて器を奪った。

「明智先生。堪忍しておくれやす。国宝級の器に何て事を…まぁ、最もこれを発見してくれたのも先生やし、表に出されん一品ですから…先生には感謝してます。そやけど…」

 必死に住職が語っている途中で明智は割り込んだ。

「だから、坊主は欲深いって言うんだ」

明智の言葉が的を射ていたので、住職は一緒に笑った。

「じゃあ帰るわ。急で悪いな。明日頼む」

「いいえ。他ならぬ明智先生のお頼みですから」

 住職は合掌して明智を見送った。

続いて明智は待ち合わせ場所の映画村前に立っていた。すると後ろから声を掛けられた。

「アノ~、スイマセン」

 振り返ると、外国人カップルの観光客であった。

「ムービースタジオハココデスカ?」

 軽く返事をすると、男の方がガイドブックのページをめくり、先程と同じことを聞いた。

 明智はページに写っている写真を見て笑い、ふたりに向かってゆっくり言った。

「この写真の場所は大阪のユニバーサル・スタジオ。ここは京都の映画村」

 明智の言葉を理解した男は首を捻りながら言った。

「ゴインキョハココダトイイマシタ」

 詳しく聞くと、近くの旅館に宿泊していたが、出発前に入り口にいた隠居に、ここの場所だと教えられたらしい。

「隠居なんて、最近日本人でもあまり使わない言葉だ。そんな年寄りなら、映画といえばここしかない。ところで、アンタらはどこから来たんだ?」

「フランスデス」

「そうか。それだけ日本語が話せるなら、何度も来ているのだろう?」

「ハイ。ニッポンダイスキネ。モウ七カイメ。ニッポンブンカニキョウミアル」

「だったら、ここに入れ!」

 そう言って明智は映画村を指した。

「日本文化を知りたいなら、ここは打って受けの場所だ。侍、ちょんまげ、芸者。ここにはそれらが全て揃っている」

 明智が語る間、ふたりは首を縦に何度も振って頷いた。そこに待ち人が現れたので明智は名刺を取り出しふたりに言った。

「滞在中、分からないことがあったら、ここに電話しろ」

 そう言って去った明智をふたりの外国人カップルは手を振り見送った。

 夏の日暮れは遅い。冬には暗くなっている時間でも、まだまだ太陽は輝いている。小林は木村から預かった大きな封筒を手にして、複雑な気持ちで歩いていると前方が何やら騒がしい。そこは金物屋の前で、店先をバスタオル一枚で出てきた女性が男性に何か投げて叫んでいる。それはおたまや鍋のフタで、投げるのは金物屋に下宿している大学生の沙織。受けているのは明智であった。小林は近づいて聞いた。

「どうしたのですか?沙織さん」

 その声に左手でバスタオルを押さえて、右手にはおたまを握る沙織が我にかえった。

「あ~、小林くん。先生に見られたのよ」

「何を?」

「裸!全部!」

「え~!」

 驚く小林にすかさず突っ込む明智。

「驚くことないだろ?そんなに暴れたら、またペロって捲れて小林くんにも見えるぞ」

「もう!先生!別に見せたくて見せたんじゃありません!」

「ほう!結構な色つやしてたのに」

「先生のバカ~!」

 店先ということもあり、小林がふたりを中に入れると、外に散らばった金物をもうひとりの下宿人、アンジーが拾い集めて言った。

「アケチ。いやらしいね。そんなに沙織の裸見たかったか?胸は沙織よりミーの方が大きいね。ミーならいつでも見せるね」

 この状況で言われても誰も突っ込みようがなかった。

 落ち着いた沙織は着替えて戻ってきた。

「先生、ごめんなさい。何か取り乱しちゃって…」

先程とは別人のように大人しく謝る沙織に明智は頷いた。アンジーの慣れない手つきで入れられたお茶を啜る明智と小林はイスから立った。

 沙織は遠慮して小林に言った。

「誤解ないように言っとくけど、先生に何かされたわけじゃなくて、お風呂上がりにたまたま先生がここにいたからビックリして、巻いていたバスタオルが取れただけ…」

「どうして僕にそんな事言うのですか?」

「私…先生が好きだから」

「えっ?」

 小林は沙織の唐突な告白に驚きと、尚も何故自分にそれを言うのかが分からなかった。

「小林くんに先生の事、誤解してほしくなくて…」

 小林は明智を見ると、いつものようにタバコを吹かし、涼しい顔をしている。

 すると、今度はアンジーが言った。

「沙織ダメね!ワタシもアケチ、アイシテル。ワタシのもの」

 胸を揺らしてそう言うアンジーを小林に押しつけて、明智は沙織と店の奥に消えた。しばらくして明智が戻ってきたので、小林は封筒を渡してふたりで六歴探の前についた。太陽を背にして明智は言った。

「小林くん。明日、俺は早くに出るから君は昼までミルクの手伝いをしてやれ!昼からは忙しいぞ。なんせ急仕上げだからな!昼過ぎには戻るから詳しい打ち合わせはその時に」

 眩しさのため目を細めて小林は躊躇いながら明智に聞いた。

「先生。今朝のように桃香さんの所によく泊まるのですか?」

「ああ」

「そうですか…」

 明智の返事は極めて短く、それでいて分かり易かった。小林がそのあと何も言わないので明智は階段を上った。小林はクルっと体を反転させて、眩しさからと自分の気持ちから逃れるように、ベイルートには戻らず自室に帰った。

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