表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歴史探偵アケチ  作者: 橘晴紀
26/28

幻の刀②

 翌朝、陽がまだ昇らない暗い中、喫茶ベイルートは灯りを煌々とつけ何かを待っていた。営業時間前なので客はおろかマスターの姿もない。店内では普段、制服に身を包む桃香と小林も私服でいる。服は売るほど持っているという京子が何故か参加している。

 いつもと変わらないのは年中、黒のスーツに黒ネクタイ姿の明智だけである。昨日、六歴探に来るように言われた紗佳は焦りのため、まだ寝ていた明智を起こした。

 窓の外に見える溶けた雪が反射し出した頃、店内に静かな鈴の音が響いた。開いた扉の前には朋絵が立っていて、皆は否が応でも入り口に注目した。

「あのぉ、こちらでよろしいのですね…」

 朋絵は皆が自分を注視しているのと、紗佳がいることに驚き、語尾が小さくなって不安気に声を発した。

 すぐさま小林が朋絵に近づいて頷き、彼が六歴探の扉に貼った朋絵宛てのメモを受け取った。

 小林に促され朋絵は紗佳の前に座った。

「おはよう」

「おはよう。どうして紗佳がここに?」

「それは…明智さんがここへ来るように…」

「明智さんが?どうして?」

 そこへ奥から明智が桐の箱を持ってきた。

「ひとりより大勢のほうがいい」

 明智の言葉に朋絵は首を捻った。

「あなたは今日、盛衰記、いいえ、木曾義仲と巴御前の物語に続きを付け加え完成させようと、ここへ来たのでしょう?」

 立ち上がった朋絵はその言葉に困惑した。店内の紗佳、京子、桃香、小林も驚いた。そして、明智は桐の箱を朋絵に渡して、ふたりが座る隣のテーブル席について言った。

「完成にはこの刀が不可欠ですね?」

「はい…」

 朋絵の返事によって彼女と明智以外の者は続きが聞きたい為に体が前のめりになった。明智は朋絵と紗佳の邪魔にならないよう火柱を上げた。ふたりは顔を見合わせて驚いた。明智は桃香に皆の分のコーヒーを頼んだ。

「ねぇ、桃ちゃん。何のことか全然わからないけど面白くなってきたね。京子にも教えてよ!」

「一条先輩。声が大きいですよ。桃香さんは忙しいので僕が説明します」

 それから小林は手短に、明智が長野から帰って今朝までの話を京子に語った。一方、朋絵と紗佳の話は終わったようで、それを見計らって明智は店を出た。

 それに続くように朋絵と紗佳も店を出た。

「あのふたりは仲良いのかな?」

 京子が呟いた。それに小林は尋ねた。

「どうして、そう思うのですか?」

「だって、夏にここへ来た長良さんと村上さんの時とよく似た状況じゃない?あの時は源氏物語だったけど、今回は平家物語や源平についてでしょ?それにその内のひとりに兄がいて、その人を友達が好きになるっていうのも同じじゃん。みんなキレイな人ばかり。なんか、ヘイちゃんが呼び寄せたって感じ」

「たまたまだよ!ヒメちゃん。確かに業平様の周りにはキレイな人が集まるけど…」

 ふくれる桃香に京子は追い打ちを掛けた。

「桃ちゃんも気が気でないね。本当にヘイちゃんは在原業平の生まれ変わりじゃない?」

「ヒメちゃん、在原業平を知っているの?」

「もちろん!これでもK大の文学部だからね。まぁ、専攻はフランス文学だけどね」

「そうかぁ!業平様は在原業平の生まれ変わりって言われているの?」

「ううん。京子が勝手に言っているだけ。小学生の時、初めてヘイちゃんに会って難しい名前だから中々覚えられなくて、そのまま『ギョウヘイ』って言ってよく怒られた。そこからヘイちゃんって呼ぶようになって、その後在原業平を習って、ヘイちゃんは彼の生まれ変わりだって思うようになったの」

「強ち、外れているとはいえませんよ。生まれ変わりかどうかは別にして、在原業平は背が高く、平安きっての二枚目で文武両道の上に歌を嗜む。当時、物思いに耽ることは風流とされたといい、先生もよく考え込んでいることがあります。唯一違うとすれば在原業平は天皇家の血筋だということです」

 小林の言葉に京子は真剣な顔をして言った。

「違うと言い切れる?」

 小林は京子と桃香を見た。桃香が首を捻ったので、もう一度京子を見ると、さっきと同じ顔なので不安になってきた。

「まさか…先生は皇室と関係が…」

「そんな訳ないじゃん!もう小林くん本気にしちゃって…面白い!」

 小林にしてみれば、いつも同様からかわれているはずなのに、何かしっくりこないのは否めない。それは京子の態度がいつもと少し違っていたからだ。

「ねぇ、ヒメちゃん。今度、その頃の話を聞かせてくれない?」

「うん。いいよ!じゃあ、次の飲み会のテーマは…名付けて『京子とヘイちゃんの出逢い』これでどう?桃ちゃん」

 立ちあがって手を上げ、そう宣言する京子に桃香は喜んで拍手をした。そんなふたりを頼もしく見ていた小林の視界に、明智と朋絵、紗佳の三人が歩いていくのが特等席の窓越しに見えた。小林は奥の席に三人の姿を確認しに行った。すると、三人は河原に出る階段を下りているところであった。小林は叫んだ。

「僕たちも行きましょう」

 京子と桃香は何事か分からぬまま、小林の後について店を出た。所々に雪が残ってはいるものの、風がないので寒さが和らいでいる。河原に降りた明智、朋絵、紗佳は川を眺めている。小林、桃香、京子もゆっくり階段を降りた。皆が防寒着を着る中、明智ひとりはいつもの格好ながら寒い様子を見せない。

 明智たちから少し離れて小林たちも川面に近づいた。京子と桃香は肩を寄せ合っている。朋絵は桐の箱を紗佳に渡して中から出した紫色の袋を眺めた。息をのんだ朋絵はゆっくり紐を解いて短刀を取り出した。皆の目線は朋絵の手にする刀に集中した。

 余程のマニアでない限り滅多にお目にかかれない代物である。女性が河原でそれを手にしているのも不思議な光景である。鞘を抜いた朋絵はしばらく刃を見つめ、左の人差し指を刃先に当てた。そして、右手に持った刀をゆっくり押した。朋絵の目の前にいる紗佳は驚いて声を上げ、持っていた紫色の袋を落とした。

 京子と桃香は慌てて朋絵の側に駆け寄り、ふたりともハンカチを取り出した。灰色の石と雪の白に混じる赤い血は微量ながら際立って、その場の女性陣と小林は驚き

を超えた朋絵の行動に目を疑った。暫く時間が止まった河原にそれが戻ってきたのは長くかかった。

 ハンカチを朋絵の指に巻く京子とハンカチで刃を拭う桃香。紗佳が朋絵から刀を奪って明智に渡した。

「朋絵。何のマネよ!これは!初対面の人たちにこんなに迷惑掛けて!アンタの言う物語の続きって、こんな茶番だったの?」

 紗佳の言葉はそれまで静かであった冬風を呼び寄せた。言われた朋絵は元より、他の者の動きを止めるほどの一言であった。朋絵は京子と桃香に頭を下げた。

 桃香と京子は小林のいる元の位置に戻った。

 刀を手にした明智は煙を吐いて言った。

「朋絵さん。これをどうするおつもりですか?」

 朋絵はハンカチの巻かれた左人差し指を押さえながら答えた。

「これだけの人がいたら、できないです」

「埋めようとでも思ったのですか?」

「…はい。よく、お解りになられましたね」

「だから、せめてあなたの血で贖おうとしたのですか?」

「はい。おっしゃる通りです」

 この場は明智と朋絵にしか理解できる者がいなかった。そのため、紗佳は明智と朋絵の顔を何度も見て、小林、京子、桃香もお互いの顔を交互に見ることしかできなかった。それらの疑問を紗佳が代表で問うた。

 それに朋絵が答えた。

「明智さんには刀を預かってもらっていたのだけど、それは誰かがこの刀を狙っていたからなの。今日ここへ来たのは刀を受け取ってこの地に戻すため」

「どうして、そんな事を?」

「巴御前は木曾義仲からこの短刀を託されて、自分の身と共に大切に守ってきた。その後のハッキリとした経緯はよく分からないけど、私の先祖が代々伝えてきた話ではこの刀が巴御前の物であるということ。たとえ、これが偽物であっても私はそう信じている。だから、この地に刀を返そうと思ったの。義仲の魂の残ったここへ…」

「でも、それは八坂の塔か大津の義仲寺じゃないの?」

「そうだけど、ふたつとも観光地でちゃんと管理されているところだから、刀を埋めることなんてできない」

「じゃあ、ここはなに?」

「義仲が部下と共に処刑されたところ。つまり晒し首にされた場所なの」

 朋絵の言葉に小林、京子、桃香の三人は足元を見て背筋を伸ばした。紗佳は驚きを顔に出さずにいる。

「義仲は一一八四年一月二十日に大津で討死した。その辺りに今の義仲寺が建っている。それから頼朝の命により、二十六日にここ六条河原、七条という記述もあるけど、この辺りで首を晒された。古来より中世までここ六条河原は処刑場だったの。よほど歴史に詳しい人でないと今日一月二十六日のことは知らないわ。さすが明智さんね」

 そう言った朋絵の言葉で一同は明智を見たが、彼は背を向けて煙を吐いていた。朋絵は話を続けた。

「大津で討ち取った義仲の首をここに持ってきて晒した。処刑が終わって、義仲の首は八坂の塔へ、体は義仲寺へと葬られた。でも、ここに紗佳がいるとは思わなかった」

「あなたを探しにきたのよ。折角話し合えたと思った矢先に居なくなるから心配になって昨日、明智さんを訪ねたの。そしたら、今日あなたがここに来るっていうから…それなのに何よこれは!」

 いつの間にか話し込む朋絵と紗佳に距離をとって、明智の横に小林たちがいた。

「無理なようね」

 朋絵は髪をかきあげながら呟いた。

「人がいなくてもダメだよ。刀をどうするつもりだったの?」

 紗佳にそう聞かれた朋絵は辺りを見渡して、石垣を指さした。

「例えば、あの辺とかに…埋めるとか…」

 曖昧な返答に紗佳は言い放った。

「決めていたわけじゃなかったのね?偉そうなことを言って…何それ?」

 痛いとこをつかれた朋絵に言葉はなかった。

 そこへ明智がふたりに近づき朋絵に言った。

「迷っていたのでしょう?」

 僅かに頷く朋絵と明智を見る紗佳。紗佳に問われた明智は刀をふたりの前に出し言った。

「兼男さんが朋絵さんに生前言っていたのは刀の公開であった。それは同時に刀の保護にもなる。命を賭して守ろうとした兼男さんの想いに何とか報いたいと想っているのでしょう」

「だって、私のわがままで…いつまでも私が意地を張っていたから、兄は命を落とした。全部、私のせいなのに…それなのに私はまだ、こんな事に拘って、兄の想いを踏みにじろうとしている」

 風が止んだ六条河原には朋絵の哀哭だけが響いていた。朋絵の肩を抱いて紗佳が言った。

「自分を責めないで朋絵。悪いのは私だよ。兼男さんに八坂の塔に行くように言ったのは私だから…そんな事を言わなかったら…いいえ、その前に直也に刀の話をしなかったら、兼男さんはあんな事にならなかった」

 朋絵と紗佳はお互いの肩に額をつけ泣いた。

 台風や大雪など天候が激しくなった翌日、大抵青空が広がる。雲ひとつない古都の空は風なき寒さである。

 幾分落ち着きを取り戻した朋絵と紗佳は向かい合って俯いている。明智は東山を眺めている。

 その様子を見守る小林、京子、桃香。

 静まり返った河原に明智が言葉を投げた。

「失礼ですが紗佳さん。兼男さんと別れた原因を把握されていますか?」

「ちょっと!ヘイちゃん、何言ってるの!」

 明智の言葉の意味を理解できない紗佳以上に京子の言葉は皆を納得させた。

「他に女性ができたと…思います」

 自信なさげに紗佳は小さく答えた。

「目撃したことでもあったのですか?」

「いい加減にしなよ!ヘイちゃん」

 京子が前に出るのを小林が制止した。

 紗佳は首を横に振った。

「やはり!ご存じないようですね?」

 顔を上げた紗佳は明智を見つめた。

「兼男さんはあなたと別れる二年前、つまり四年前頃から、よくひとりで遠くに出掛けて行かれていたのはご存じですね?」

「はい。仕事が忙しくなって出張が多くなり会えない日が多くなりました。何度も聞いたのですが、いつもはぐらかされていて、他に女性がいるものだと思っていました。そこから段々、溝が深くなっていって、結局別れることになりました」

「兼男さんが行っていたのは鳥取県で、ご想像通り仕事ではなかった。しかし、女性に会うためではなかった。それよりも兼男さんは紗佳さんを本当に愛していた」

 一同は明智の言葉に思った以上驚いた。そして、明智は語りだした。四年前、兼男は鳥取県のある刀鍛冶の所へ頻繁に通っていた。休日はほとんど鳥取行きに費やし、それが結果紗佳との別れの原因にもなった。

 それは刀製作依頼のためであった。何度も通う兼男に刀鍛冶は引退して後を継ぐものがいない事から、ずっと断っていたが兼男の熱意に押されて製作に取り掛かった。そこまで二年の月日を要し、兼男の熱心な態度に感激した刀鍛冶は次第と彼を気に入り、自分の孫娘を嫁に出したいとまで思った。兼男が通う度、今までとは逆に刀鍛冶の方が縁談話を頼むようになったという。

 それでも兼男は別れてしまったが、東京にいる紗佳を思っていて、許されるなら刀製作が完了した後、ヨリを戻したいと願い、縁談話には決して乗らなかったという。話を聞き終えた紗佳はうな垂れて呟いた。

「だから…あの時…」

 紗佳と同じく放心状態の朋絵は顔を上げて、言葉の意味を問うた。

「兼男さんと最後に話したあの夜、彼に話があると言われたの。それに皆で行ったスキーの時も話したいと言われたけど、その時私は話を聞かなかった」

 紗佳は朋絵の肩に額をつけた。静まり返った河原には六人の男女がいる。年齢職業、出身地、着ているものから手にしているものまでバラバラである。しかし、全員に共通していることは最早この世にいない一人の男の話を共有しているということ。男の死に自責の念を抱く妹と元恋人。一方は男の死の直前まで折り合わなかったことを悔み、また一方は別れの原因と男の本当の想いを知らされた。どちらも時はすでに遅い。

 そういった朋絵と紗佳の想いとは違い、傍観者たる小林、京子、桃香は当事者以上に疑問が多く、聞くタイミングを計っていた。三人の中では最も相応しい人物が尋ねた。

「ねぇ、ヘイちゃん。少し混乱しているのだけど、兼男さんは刀の製作を京都の骨董屋さんに頼んだんじゃないの?鳥取で製作依頼したモノとは別なの?」

「そうだ」

「じゃあ、全部で三本あったってこと?」

「そういうことだ」

「わかんない!」

「じゃあ、そこで大人しく聞いていろ!」

 明智は再び、寄り添う朋絵と紗佳のもとへ近づいた。気が動転している紗佳はそれどころではないが、朋絵は多くの疑問を早く知りたかったので、明智が来るなり質問した。

「どういうことか詳しく聞かせて下さい」

「その前に、ひとつあなたに伝えておきたいことがあります」

 朋絵は僅かに首を動かした。

「先日お宅に伺った時、写真返却と線香をあげるためだけだと言いましたが、実はそれよりもっと大きな理由があったのです」

 そう言った明智は次に小林へ向って言った。

「兼男さんは留守番電話に何とメッセージを残していた?」

「はい。確か、朋絵さんと九時に八坂神社で待ち合わせているとおっしゃてました」

「えっ?違いますよ。メールで九時半に行くと送って、兄からも返信がありました。だから時間通りに八坂神社に行きました。じゃあ、兄は間違えたのですね」

「いいえ、そうではありません。お兄さんは三十分早く来て、私にあることを伝えたかったからそうしたのです」

 明智の答えに一番驚いたのは小林であった。そんな事は明智から一言も聞いてなかったからだ。小林にしてみれば、助手であるにも関わらず、話してもらえなかったことはショックであり、もし聞かされていれば兼男と会ったあと彼が殺害されたことから、明智を疑っていたかもしれないということも考えられる。しかし、明智がそんな男でないことも知っている。だから、小林は一瞬でもそう思った自分を賤しく思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ