ツアー①
年明けまで一週間を切ったクリスマスの日、明智は小林を伴って三条大橋の袂にいた。旅行会社に勤めるベイルート常連客の国松から頼まれた歴史ツアーの案内のためである。ここは東海道五十三次の西の起点であり、『東海道中膝栗毛』の弥次喜多像があり、幕末に起きた、近くにある池田屋で志士と新撰組の乱闘の際についた刀傷が、今も橋の欄干に残っているところでもある。
明智は国松の会社で企画されたツアーが京都で行われる際、オブザーバーとして参加し尚且つ報酬も頂くという、六歴探にとって重要な資金源となっている。
車を停めてきた国松が戻って来てスケジュールの確認をおこなった。
「本日はよろしくお願いします。まもなく、一行がこちらに到着します。午前中に伏見観光を終えて、ちょうどお昼なので昼食を取っていただきます。もちろん、おふたりにも
召しあがっていただきます。参加者は全部で十名。長官にはいつものように解説をお願いしますね」
「ああ。この間も言った通り、オレは今日で最後だ。次から小林くんに任せる」
「わかりました。長官ともう一緒に周れないのは残念です。でも、打ち合わせで事務所にはお伺いしますので、これからも宜しくお願いします」
ふたりの会話も耳に入らない小林は、明智に渡された本を読むのに集中していた。それは今日ツアーで周る坂本龍馬に関する本であった。一夜漬けで勉強するのは慣れているが昨日、家に帰ってから桃香の部屋で彼女と京子に遅くまで付き合わされた。
昨日の八坂神社での出来事を知らない京子はいつも通りに楽しい酒で満足していた。一方、やけ酒の桃香と未成年の小林には全くそうではない酒宴であった。
「小林くん、小林くん。大丈夫ですか?」
「は、はい?なんですか?国松さん」
「いえ、聞こえてへんかったみたいやから…。本日はよろしくお願いします」
「あ、こちらこそよろしくお願いします。でも、大丈夫なのですかね?僕は歴史については全く素人なので…」
「大丈夫です。今日は長官の横で見ていたらいいですよ。それにお客様はいい人が多いです。黙っていても、ガッポガポ!」
そう言って国松は胸ポケットにお金を入れる仕草を何度もして笑った。
「ベイルートの常連はあこぎなヤツが多い」
明智の言葉に苦笑う国松。本を閉じ鴨川を見つめる小林の横で、ニタニタとした顔の国松が明智に言った。
「長官。今晩、お礼方々祇園にご招待しますので是非お越しください。今回はなんと、あの涼音さんを御座敷に呼んであります。僕は初めてです。ドキドキしますわ!」
小林は聞こえないふりをしているが、明智の答えが気になって仕方なかった。
昨日、八坂神社で見た涼音にも興味があった。
「すまないロズウェル。今夜は用があるから無理だ」
「え~!そうですか。残念やなぁ。うちの社長も楽しみにしていたのですが…。それではまたの機会に…」
程なくして一行が到着しツアーが始まった。参加者十名のほとんどは観光客で老夫婦、若い女性の二人組、中年男性と若い女性の組み、一人で参加の男性、最後に関西弁の中年女性三人組というメンバーである。
出発前に国松が参加者に挨拶をした。
「本日は弊社洛中トラベルをご利用いただきましてありがとうございます。わたくしは担当の国松です。どうぞよろしくお願いいたします」
次に国松は参加者が手にしている行程表の裏表紙に、印刷されている六歴探と共に明智と小林を紹介した。
「今回のツアー『龍馬と食べ歩く京都』で、分からないことや質問があれば、遠慮なくこちらの明智さんに聞いてください」
国松の説明が終わると、拍手が沸き起こり、明智と小林は照れた。国松はついでに六歴探の宣伝と、明智について簡単な紹介をした。明智は半ば冷やかされるカタチで紹介されたので、国松の尻を膝蹴りした。
すると参加者の中年女性三人組のひとりが大きな声で言った。
「見て~!川北さん、清水さん。あの人、男前で背~高いなぁ!わたしタイプやわ。あの人やったら山福治雅の龍馬に負けへんで」
「園田さんはホンマ目ざといなぁ」
そう言って三人で大笑いして、他の参加者は取り残されたかたちになった。しかしそこは経験豊富な国松のフォローで難なくツアーが開始された。
国松を先頭に一行のしんがりを行く明智は小林を呼びとめた。
「小林くん」
明智は人差し指と中指を出して小林にタバコを催促した。それは小林が京子に今日一日明智が容易に喫煙しないようキツく言われて、預かっていたからだ。
「ダメですよ、先生。まだ始まったばかりじゃないですか!それに歩行喫煙は禁止です」
「まるでキミはミヤコだな!一日あんなオバハン連中と一緒だと思うと気が滅入る」
「先生にしては珍しいですね」
「ああ。どうもナニワのオバハンは苦手だ。出さないなら帰るぞ!」
この時ばかりは立場が逆で、駄々をこねる子供と親の関係になっていた。
「わかりました。ただしひとつ条件があります」
「言うなぁ!小林くん」
小林は先程までとは違って目つきが変わった明智に恐る恐る言った。
「すいません。調子に乗りました」
「構わんよ!なんだ?」
「先生は涼音さんをよくご存じなのですか?」
「涼音?」
明智は小林からタバコを奪い取って火柱を上げたが吸うのをやめた。
「いや~、さっき国松さんも言ってましたし、よくその名前を聞くもんで…」
明智は何も答えず先を行く一行の後を追った。取り残された小林はタバコ一式をカバンに仕舞い一行に駆け寄った。三条大橋を出発した一行は龍馬の隠れ家であった材木商のギャラリーに立ち寄りその後、龍馬と中岡慎太郎が暗殺された近江屋跡に到着した。
現在ここはコンビニである。四条河原町の商店街にあるここは人通りが多く、通行人の邪魔にならないよう店の前に集まり国松が簡単な歴史説明をした。
「皆様、ここは早く出発したいと思います。ご存じ、龍馬と慎太郎が襲撃された場所でありますが、当時ここは醤油屋でそれにちなんでおそらく龍馬も食べたであろう醤油餅を特別にご用意致しました。因みにお持ちのお茶はこちらのコンビニオーナーのご厚意で提供していただきました。何か他にお買い求めの品がありましたら、どうぞご利用ください」
宣伝と営業に余念のない国松に明智と小林は苦笑いした。参加者はコンビニ前にある石碑を写真に撮ったり、店内で買い物したりとしている中、明智は小林と外で待っていた。
「どうぞ!先生」
小林が明智にタバコを手渡した。
「いいのか?」
「はい。すいません。僕はどうも人の気持ちになって考えるのが下手でダメです。小さな生物は得意なのですが…」
「研究はうまくいっているのか?」
「それなりには…でも、まだまだ僕はヒナですから…」
そこへツアーに参加している若い女性二人組が来て明智に尋ねた。
「龍馬はここですぐ亡くなって、中岡慎太郎はここから逃げて二日後に亡くなったそうですが、どうして犯人は追いかけなかったのでしょうか?慎太郎もかなり重傷だったはずなのではないでしょうか?それに逃げられるほどなら事件の詳細を語ったはずでしょうに、何故それほど伝わってこないのでしょうか?」
「お二人ともお詳しいですね?歴史は好きですか?」
「はい。よく二人で歴史巡りをしています」
「そうですか。定説が必ずしも真実を伝えているとは限りません。特にこのような時代の転換点ともいえる時期の場合は」
「じゃあ、違うのですか?」
「それは解りません。ただ、歴史を知る上で重要なことはそれを後世に伝える時、誰かが何かの意図を持って事実を捻じ曲げる事も多いということ。それは古くから権力者が用いた手段です。歴史は勝者がつくるもの。幕末の勝者といえば明治政府。龍馬は今でこそ英雄だが、当時それほどポピュラーではなかった。戦後になってから司馬遼太郎の功績が大きい。ここ近江屋の事件も怪しい点が多い。そのひとつが今あなた達の言った中岡の件。
盟友のようにいわれている龍馬と中岡はそれほど仲がよくなかったという。新しい時代を目指していたという点では同志だが、それ以外は意見が合わない事も多かった。刺し違えてもいいというほど。そうなると、今まで伝えられてきた話も全部信用できない」
明智の話を聞く質問したふたりの若い女性と小林。
そこにちょうどコンビニから出てきた中年女性三人組の一人が大きな声で言った。
「見て~、あの子らもう男前に色目使ってんでぇ!いややなぁ!若いだけやんかぁ!」
それに同調したふたりの中年女性も一緒になって若い女性たちの悪口を言い始めた。明らかに嫌悪感が顔に出た若い女性ふたり。明智は二本目のタバコに火をつけようとしたが、小林が首を横に振った。
全員が表に集まり嫌な雰囲気を察知した国松が微妙なノリで皆を誘い、次の目的地へと向った。一行は近くの鳥料理屋の前に着いて、国松の説明を受けた。
そこは龍馬が好物の軍鶏鍋に入れる肉を買うため、当時可愛がっていた菊屋峯吉を使いにやった店である。
その間に龍馬と中岡は襲撃された。そこでも明智に質問する若い女性たちに、中年女性たちは冷やかな目で文句を言った。そのあと昼食を取るために一行は、産寧坂にある龍馬が常宿にしていた料理屋に入った。
明智と小林は集合時間までに戻ると約束して、そこから歩いて数分の八坂の塔に向った。ふたりは中原兼男が殺害された場所に立ち、手を合わせた。
周りを見渡す明智に小林が尋ねた。
「どうして兼男は八坂神社からここへ来たのでしょうか?朋絵と一緒にきたのでしょうか?そうなると犯人は朋絵かもしれませんね?」
尚も周りを確認する明智に小林は続けた。
「まさか朋絵は持ち出した刀で兄を刺したのでしょうか?」
「それはないだろう。例え殺したい相手でも必死に守ろうとした刀で人を殺めることはしないはず。しかも兼男は実の兄だ」
「じゃあ、予め別の刃物を用意していたのでしょうか?」
「小林くん、考えてみろ。兄から刀を守るためいなくなった朋絵が他の刀を持って、自分から兄に会いたいと連絡した後、待ち合わせ場所を変更か移動して、揉めたあと兄を刺し殺すと思えるか?」
「いいえ…だとすると、一体誰が?」
「犯人は少なくとも兼男が朋絵と刀を追っている事を知っている人物で、同時に中原家の刀の価値を知っている」
話を続けようとした明智は小林から目を反らし、遠くに目が行き何か探している。
「どうかしましたか?先生」
「いいや、なんでもない。小林くん。ツアー客の中に見覚えのある顔はなかったか?」
「え~…」
小林はしばらく考えた。
「特にないですね。先生は知っている人がいたのですか?」
「カップルの男女のうち男の方をベイルートで見たことがある。いつもはスーツ姿にサングラスだが間違いない。ミルクに聞いたら、去年の夏以降、週に二、三回来るらしい」
「あ~、その人なら覚えていますよ。いつも窓側の席に座って、怪しい感じはしていました。いつも真っ黒なスーツで…」
そう言った小林は目の前の明智が同じ色のスーツを着ているのに気づいた。
「いや!別に黒のスーツ姿の人がみんな怪しいという訳ではありませんよ…」
焦る小林は暮れの寒さにも関わらず、額の汗をハンカチで拭きとった。
「今日はラフな格好だがあの男だ。小林くん。アイツに注意しておいてくれ」
「はい。一体何の目的でツアーに参加しているのでしょうかね?まさか、あの男が兼男を殺した犯人なのでしょうか?一緒にいる女も仲間?いや~、そうだったら態々こんな人目の多いツアーに参加しますかね?それに、夏頃に兼男は関係ないしなぁ…」
悩む小林に明智は言った。
「ベイルートの客だから、ロズウェルに誘われたという事もある。それは確認すればすぐに解ることだ。言えることはあの男、オレたちか歴史に相当興味があるってことだ。キミは先に戻って、ロズウェルに確認を取ってくれ」
「はい。わかりました」
小林は小走りでツアーに戻り、明智は八坂の塔の敷地内に入った。




