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歴史探偵アケチ  作者: 橘晴紀
18/28

釈放①

 夜行バスで長野に向かい、翌日夜には京都に戻った小林は疲れていたが、昼間に明智が釈放されたと連絡をもらっていたので、一刻も早く帰路に着きたかった。

 小林は橋を渡りヒメビル二階に灯りが燈っているのを確認すると、階段を駆け上がった。

「ただいま!」

 元気よく言葉を発したが誰もいない。小林が事務所を出ようとしたその時、部屋半分をカーテンで仕切られた奥の倉庫兼作業場で声がした。

「アレ?いま何か聞こえなかった?」

「いいや!」

 それは明智と京子の声だった。

 小林が近づき声を掛けようとすると。

「ねぇ、ヘイちゃん痛いよ!もっと優しくして。壊れちゃう!」

「ん?ん、ミヤコ、キツイぞ!」

 見えないだけに勝手な想像が膨らみ、時折聞こえる京子の吐息も相まって、小林は聞いてはならない、もっと言えば居てはいけないと思い、その場を離れようとした。しかし、そんな時に限って思考と真逆な方向に進み、持っていたカバンを落としてしまった。

 ちょうどふたりの会話が途切れたところだったので、落としたあとすぐカーテンが開き、明智が冷たく言った。

「なにやってんだ?そんなところで」

「いや!声が聞こえて…来たのですが、お取り込み中だったみたいで…その~」

 しどろもどろな小林に京子が言った。

「おかえり。小林くん」

「あっ!ただいま…せ、先生。どうしたんですか?その格好」

 明智は真っ白なスーツに真っ赤なネクタイ。京子はピンクのドレスで胸元を押さえている。そうしないと後ろのファスナーが締まっていないので脱げ落ちるからだ。

「そうでしたか?」

「なに?小林くん」

「い、いや、何でもないです。それよりも」

「あ~、これね?徹夜した割には失敗だったみたい。折角、桃ちゃんにも手伝ってもらったのに…残念!」

「先生はなぜ、いつもの黒のスーツじゃないのですか?」

小林の問いに、答えない明智に代わって京子が言った。

「これはヘイちゃんに罰を与えているの」

「罰?」

「うん。警察に連行されて、みんなに迷惑を掛けたから。だから、京子のドレスに合うこの衣装でいてもらうの。これから…」

「バカヤロウ!お前がちょっと着てくれっていうから、そうしただけだろ!」

 それから小林は明智と京子を宥めるのに結構な時間を要した。落ち着いたふたりは各々、明智が事務所に置いてあるバーボンを飲み、京子は再び作業場で衣装の手直しをしている。

「こちらヒナ。ピンクスワン応答願います」

 小林が六歴探にも備えられている無線機で桃香を呼び出した。それは京子に頼まれたもので、無線機の使い方、暗号などは明智から教わって慣れないながらも使用したが、桃香の返事はない。

「桃香さんも部屋に無線機を置いているのですね?出ない時はそのあと、どうなるのですか?携帯電話みたいに着信履歴とかあるのですか?」

「これはランプが点滅して、数秒置きに着信音が鳴るタイプだ」

 暫くして無線機が鳴った。

「こちらピンクスワン。応答願います」

「え~っと、孔雀が羽を広げた。アオサギに来られたし。…オーバー」

「ラジャー!」

 ぎこちない小林とは対照的に桃香は慣れた口調で答えた。程なく桃香は濡れたままの髪を束ねて事務所に来て、奥の作業場に入った。

「それで?」

「はい。実は城田紗佳、京都にいたみたいですよ」

「どういうことだ?」

「彼女の母親が言うには一昨日突然、京都に行くと言って出掛けたと」

「そうか。他には?」

「特に手掛かりになるようなものはなかったです」

 腕組みをして考える明智はバーボンを注いで、タバコに火を付けた。

「普段、彼女は何をしている?」

「はい。地元長野でデザイン関係の会社に勤めているそうです。大学進学で上京し、二年前まで東京で暮らしていたそうです」

「中原朋絵は戻っていたか?」

「いいえ、わかりません。中原兄妹の家にも行ったのですが、誰もいませんでした」

「そういえば、母親は兼男の身元確認でこっちに来ていた」

「ザッとそんなところですかね?」

 小林は自分で書き留めたノートを見ながら報告した。明智は何やら後ろで気配を感じたので振り返ると、京子と桃香がカーテンの隙間から顔を覗かせていた。

「なんだ!オマエら」

「えへへ!」

 ふたりは微笑んだ。

「ヘイちゃん。いい?」

「なにが?」

「その~、京子たちも話を聞いても…」

「服作りをしているんだろ?」

「そうなんだけど…なんか疲れたし…それに面白そうだから…ねっ?桃ちゃん」

 そう強請る京子は桃香に同意を求めた。

「本来、部外者は…」

 明智はそう言いかけたが、手にしたバーボンの空ビンを振って桃香に言った。

「じゃあ、ミルク。これを軍曹から貰ってきてくれ!」

「はい。業平様。私もお付き合いさせてもらっていいですか?」

「いいけど、ミルクは飲みすぎるとすぐに服を脱ぐからな!」

 明智は空ビンで桃香の胸元を指した。

「えっ!そうなんですか?」

 誰よりも早く小林は食いついた。それを見て三人は大爆笑した。

「やはり小林くんはミルクのこのネタには余念がない」

「か、からかわないで下さい。先生はともかく、先輩と桃香さんまで…」

 拗ねる小林を余所に桃香は笑いながら事務所を出た。散々明智と京子に遊ばれて、完全に剥れた小林。それに気遣って京子が言った。

「ヘイちゃん。小林くんにちゃんとお礼と警察での経緯を説明した?わざわざ長野まで行って調べてくれたのよ!」

「あ~、まだだ!」

「なにタバコ吹かしてカッコつけてるのよ」

 京子に諭されてタバコの火を消す明智。

「一昨日深夜、中原兼男は八坂の塔の前で何者かに刃物で刺され死んだ。近くを通りかかった人が、兼男と誰かが言い争っていたのを聞いたという」

「それにしても、どうして先生が?」

「兼男が持っていたここの名刺だろう」

「そんな!たったそれだけで?」

「ヘイちゃんはいろいろと警察には目を付けられているからね?」

「そうなんですか?」

 嫌味のつもりで言った京子とそれを真に受ける小林。しかし、明智には効かない。

「先生。八坂神社で中原兼男と朋絵に会ったのですか?」

 小林は恐る恐る聞いた。明智は返事をせずライターのフタを何度も開閉するだけだった。小林は桃香から明智が嘘をついているのを聞いていたが、それを言う訳にはいかない。しかし、京子は簡単にひっくり返した。

「じゃあ、警察には何て言ったの?」

「ここで寝ていた」

「なんで?ヘイちゃん、いなかったじゃん」

「どうしてだ?」

「だって、その晩は桃ちゃんとここで徹夜してたから」

「そうか」

 そこにちょうど戻ってきた桃香が苦笑いをした。

 小林はこの場が耐えられなかった。

 しかし、京子は容赦をしない。

「京子は聞かれなかったけど桃ちゃんは?」

 桃香は首を横に振るだけであった。

「そういうのって裏取りって言うんじゃないの?どうして帰れたの?」

「ある人がアリバイ証人になってくれた」

「誰?ねぇ、まさかヘイちゃんのコレ?」

 そう言って京子は笑いながら小指を立てた。そう聞かれても眉ひとつ動かない明智。元気のない桃香に小林は焦りながらも、彼女に頷いた。自分に任せろと言わんばかりに。微妙な空気のまま、桃香はボトルのフタを開け明智のグラスにバーボンを注いだ。

 次に自らのグラスに注いで、それを一気に飲み干した。喉を押さえる桃香に大丈夫かと、聞く京子、驚く小林。桃香が再びグラスに注ごうとしたその時、ドアが開いた。

「よかった~!長官、無事やったんですね?これで明後日も心配ないわ~」

 入ってきたのはスーツ姿の男であった。

「これは皆さんお揃いで。京子さん、お父様にはいつもお世話になっています。よろしくお伝えください」

「わかった」

「おお!これは…制服以外の桃香さんを見れてよかった。お風呂上がりですね?とてもセクシーや!」

 男の厭らしい目つきに桃香は半歩下がりながら付け加えた。

「国松さん。奥さんに言いつけますよ」

「これはすんません。小林くん、こんばんは」

「こんばんは。国松さん」

 一通り挨拶を終えた国松に明智が言った。

「どこで警察のことを聞いた?」

「それはもう、これで知りました」

 そう言って国松は明智に携帯電話を見せた。

 それを読んで明智は言った。

「なんだ、これは?」

「ツイスターですよ。ここら辺を知っている人が読んだらすぐわかりますよ」

「見せて、見せて!」

 京子が明智から携帯電話を奪い取った。

『いつも行くコスプレショップの前のサテンで逮捕劇!男が連行された!貴重な体験』

 読み終えた京子は桃香に見せ、続けて小林も読んだ。

「しかし、誰が書いたのかな?ウチのお客さんかな?顔写真がアニメのキャラになって

いるね」

「先輩。たぶん、あの時にいたお客さんですよ。たまに見かける、ピンク髪の女の子のキャラクターが書かれてあるバッグを持っている人です」

「…だったら、マドミちゃんかな?」

「クニクニ、なんでヘイちゃんだと思ったの?」

「いや~、それは…」

 頭を掻く国松に明智は睨んだ。

「今日、ランチを食べに来ましたから…そうですよね?桃香さん」

「オマエは仕事のことが心配なんだろ?」

「いや~、それもそうですけど、やっぱり長官に何かあったら僕は帰れないですから」

「わかった。もう帰れ!」

 明智は手で国松を追い払う仕草をした。

「それではこのへんで…明後日、お願いしますよ!長官。いつもの時間にお迎えに上がります」

 そう言って国松はドアノブを回すと、明智が言った。

「ロズウェル。オレは次が最後だ」

「えっ?そんな…」

「後は小林くんに引き継ぐ」

「そうですか…詳しい事はまた後日伺います。それでは、おやすみなさい」

 国松のおかげで微妙な空気はいつの間にか取り払われていて、それまで何もなかったように皆は和やかになった。

「国松さんは変わった人ですね?それにしても、なぜ先生を長官と?」

「は~い。じゃあ、それは京子が説明する」

 手を上げた京子は立ち上がった。

「時は宇宙暦〇〇七八年、数万年に及ぶ星間戦争で故郷の星を破壊された我々は新たな移住先を求め、長らく宇宙を彷徨った。ガーネットスター系第三二番惑星の指導者であった私、クニーは数か所の候補地から、地球という青い惑星にあるロズウェルという場所を目指していた。しかし、トラブルに巻き込まれ私だけがこの京都六条の地に降り立った。そこで私を救ってくれたのが明智業平地球防衛軍司令長官であった」

 低い声色で京子は説明を終えた。反応のない小林に京子は不満げに聞いた。

「解らなかった?」

「ふっ!言っていることは解りますけど、どう考えてもアニメの見過ぎですよ!先輩も国松さんも」

「そうかなぁ?ああ見えても、クニクニは妻子持ちなのよ」

「何のフォローにもなってませんよ。要するに国松さんはSFマニアってことですね?」

「そういう小林くんはクマムシオタクだよね?」

「そ、そんなぁ!僕は研究しているだけで、オタクじゃないですよ」

 そう言って小林は眉をしかめて考えた。

「よく考えてみれば、ここに集まる人は何か拘りを持った人が多いですね?国松さんしかり、先輩と桃香さんはアニメ、コスプレ。宗我さんは軍事マニア。先生は何だろう?」

 頷き納得する京子と桃香。小林に話を振られても酒を飲むだけで返事をしない明智に代わり京子が言った。

「ヘイちゃんは歴史と推理オタクだよ」

 静かに夜は更け、いつの間にかソファーで眠ってしまった京子と桃香には毛布が掛けられていた。机を前にイスに腰掛けた明智と小林は事件を振り返った。

「先生。兼男は誰に殺されたのでしょう?」

「さぁな!解っているのは現場に凶器がなかったということだけだ」

「つまり、刺した者が持ち去ったということですね?」

「それと、兼男の関係者、妹の朋絵、その友人城田紗佳が共に京都にいたということだ。まぁ、最もふたりが本当にいたかどうかは解らないが」

「もしふたりが京都にいたとすると、事件に関係しているのですかね?」

「恐らくな」

「ケンカとか強盗の線は?誰かと言い争っていたといいますし…」

「ケンカだったら争った形跡ぐらいある。強盗だったら、カバンや財布を持ち去っているだろう」

「そうですね。先生、この後どうするのですか?依頼人が亡くなってしまいましたし…」

「終了だ。オレは少し気になる事があるから調べる。キミには苦労を掛けたな」

「そんな、僕も知りたいですよ」

「いや!これは殺人事件だ。これ以上、キミを巻き込むことはできない」

「先生。お願いします。僕にも手伝わせて下さい。アレ?そう言えば…」

小林は手帳を取り出した。

『苦労かけるので上洛します。新しい浄水器つけます』

「先生見て下さい。この文は意味が通じないという以外に、何か引っかかっていたのですよ。いま先生が僕を労ってくださって思ったのですが、これから苦労をかけるとはあまり言わないでしょう?いくら城田紗佳が親友でも…。かけた後ならまだしも。それに責任感の強い朋絵のような人なら尚更」

「キミの言う通り『苦労』を使うなら過去が多い。これからそう思うなら『迷惑かける』と使う。教師の朋絵がそんな言い方はしないだろう。身内ならともかく」

「そうですね。それと、何故こんな時に浄水器の話をするのでしょうね?」

 明智は窓を開けて空気を入れ替えた。しかし、底冷えのする京の冬は風が肌に刺さるように冷たい。ほんの僅かな時間でも寝ている京子と桃香を起こしかねない。

 明智は一瞬だけ顔を出して橋の方を見た。窓を閉めると、再びガラス越しに橋を見た。

「小林くん。中原朋絵と城田紗佳に共通するものは?」

「え~っと…。友人で歴史好き、ですかね」

「そうだ。キミは苦労という単語で他に何が思いつく?」

「そうですね…あんまり聞かないですけど、名前の九郎ぐらいですかね」

「歴史好きにとって九郎という名前はこれだ。九郎判官義経」

「あっ!源義経ですね?」

「そうだ。もうひとつのキーワード『新しい浄水器つけます』ここでは『浄水器』というのがポイントだ」

「じゃあ、九郎と同じように浄水器も他の単語を探せばいいんですね?」

 小林は天井を見上げ考えた。明智はタバコを取り出したが、京子と桃香の寝顔を見てポケットに仕舞いこんだ。

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