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歴史探偵アケチ  作者: 橘晴紀
16/28

上洛②

「参考までにひとつ聞かせて下さい。妹さんは何故そこまでしたと思いますか?」

「ただ単に先祖から受け継いだ物を守るだけではないかもしれません。父は家を継ぎましたが、先祖から受け継いだ物は独断で処分等ができず、必ず親戚一同話し合いの上で決められます。だから、今回の事もそれに従って動いています。以前、伯父から聞いたことがあります。父が生前、妹に何か拭き込んだと。家を継ぐ気のない私の代わりに、おそらく父は妹に何か託したのだと思います。仮に私が後を継いでも、そう言う事は妹の方が向

いているとは感じていました。たとえそうでも本当は私が家を継ぐべきなのですが、どうも性に合わない。でも、私は心配なのです。いくら妹の方が向いているとはいえ、彼女も年頃の娘です。普通に結婚して幸せになってほしい。いくらこのご時勢でも、その気になれば婿養子だって取れます。まして、私たちのような田舎で伝統を重んじる家は、絶家する事があってはならない。私は家を守るためにも刀の処分をしようとしているのです」

 中原兼男は力を使い果たしたようにソファーにもたれた。明智は立ち上がって中原兼男に握手を求めた。

「出来る限りご期待に添えるようにします」

「ありがとうございます。ところで平安神宮に行くルートを教えていただけませんか?」

「失礼ですが、観光ですか?」

「いいえ。先日、ご迷惑を掛けた鑑定士の方が平安神宮近くで骨董店をされているので、そちらにご挨拶に伺おうかと思いまして」

「そうですか。小林くん。中原さんにお教えして」

 そう言って明智は奥に行き窓を開けた。小林は中原兼男に地図を見せルートを案内してその後、彼の東京、長野の住所その他、必要事項など、調査書に記入して階下まで見送った。明智が窓の外を眺めていると、ベイルートからサングラスを掛けた男が出てきて、橋を渡る中原兼男の後ろを歩いて行った。

 事務所に戻ってきた小林に明智は言った。

「小林くん。さっきのメモを見せてくれるか?」

「はい。これは何か暗号みたいですね?」

『苦労かけるので上洛します。新しい浄水器つけます』

 メモを見ながら明智は言った。

「小林くん。これを読んで何か気になったことは?」

「いや~!さっぱり解らないですね?ただひとつ『上洛』だけは解りますが…」

「そうだ。目的地はここ京都。苦労かける…と、新しい…は意味が繋がっていない。間違いなく親友へのメッセージだな」

「そうですね。でも、朋絵の親友は知らないと言っていたらしいですね。あと、何故責任感の強い朋絵が母親に何も言わず出て行ったのか?」

 小林は調査書を見ながら答えた。

「小林くん。本当に、朋絵は母親に何も告げず出たと思うか?」

「どういうことでしょうか?」

「それはあくまでも兼男の言い分だ」

「そうですけど…じゃあ、彼が嘘をついているのでしょうか?」

「そういう意味じゃない。兼男はちゃんと母親に確かめたのかということだ。ひょっとしたら、朋絵が母親に言っていたのかもしれない。『兄に聞かれても言わないでほしい』それとも、母親自ら兼男に黙っているか。それらとも違うかもしれない。どちらにしても依頼人の言い分だけで判断しては真実が見えない。よく覚えておくといい」

「はい。わかりました」

「キミはそれをまとめておいてくれ。済んだらベイルートに戻っていい」

「先生は?」

「腹が減った。ミルクに何か作ってもらう」

「あの~、先生」

「なんだ?」

「暇な時、桃香さんと僕に歴史の授業をしてくれませんか?でも…お忙しいですよね?」

 言ったあとマズイと思ったのか、小林は語尾が小さくなった。

「オレはいつでもヒマだ!」

 そう言って明智は事務所を出た。明智は桃香特製のスペシャルランチを頬張っていた。このランチは桃香が明智だけのために考案したもので、他の皆は羨ましがっている。特に向いのハイミーで働いていて、桃香に想いを寄せる小西勝。

「なぁ、ミルク。さっき出て行ったサングラスの男、よく来るのか?」

「えっ?黒のスーツとネクタイの人ですよね?確かあの人は去年の夏頃から週二、三回お見えになっていますね。座席はいつも同じあそこですよ」

 桃香が指差したところは奥の道路側、ハイミーに面する席だった。いつも明智が座っている入り口近くの同じ列の後方にあたる。

「何か感じたことはあるか?」

「そうですね…時折、外を見ていますね。眺めているというよりは何か確認しているような気がします。あの人がどうかしました?」

「いや、たいしたことはない。ただあの男、夏に長良香たちが居た時にも見た」

「そうですか。そういえば、あの方たちはどうされているのでしょう?元気にされているのでしょうか?一度、東京に行って長良さんたちの芝居を見たいですね」

「そうだな」

 桃香は生返事の明智に遠慮しながら言った。

「業平様。お願いがあるのですが…」

「うん?なんだ?」

「いつか、お時間がある時に私を紫式部のお墓に連れて行ってくれませんか?」

「あ~、いいよ。どうしたんだ?急に」

「最近、小林くんから借りた源氏物語を読み終えたのです。それで一度、彼女のお墓に

行ってみたいと思ったものですから…」

「そうか。じゃあ今度行こう」

 桃香は明智の笑みに、何倍も多くの笑顔を返した。

 間もなく小林が戻って来た。

「先生。城田紗佳は朋絵から送られたメールの内容を本当に知らなかったのですかね?

 それとも兼男に知らないと嘘をついたのか?もし後者ならその理由が気になりますね?」

「ほう!早速、さっき言った事を実践しているようだな?」

 そう言うと明智は桃香を呼んだ。

「小林くんにミルク特製ミルクを出してあげてくれ!」

「えっ!業平様…」

「・・・」

 言われた桃香よりも小林の方が、驚き戸惑った。そして、明智は笑いながら言った。

「いつまでもデレデレするな!」

「し、していませんよ!」

「冗談はさておき、朋絵はふたりにしか解らない暗号を送って、どうしたかったのか。ただ連絡するためなら、何も暗号化する必要はない。朋絵はいずれ紗佳から他の誰かに伝わるのを前提にして、ふたりだけにしか解らない文を送った。誰に?」

「兄の兼男ですね?朋絵は兄に知られたくないけど、親友には伝えたい。と言う事はやっぱり、城田紗佳は兼男に嘘をついている。そういうことになりますね?先生」

「その先を考えるのが今のキミの仕事だ」

 そう言って明智は店を出て行った。 

 そこに桃香が飲み物を運んできた。

「どうぞ、小林くん」

「桃香さん。これって…」

「ミルクよ」

「えっ?…」

「北海道牛乳百パーセント。美味しいよ」

「そ、そうですよね…」

 午後三時を過ぎた喫茶ベイルートは、一番静かな時間である。客が普段それほど多いとはいえないこの店でも、モーニング、ランチタイムとなればそれなりに客はいる。例によって小林は一番奥の席で勉強に勤しんでいた。桃香は午後六時から「バー・ベイルート」に変身する店の仕込みをしている。

『カランコロン』

 冬の冷たい空気と乾いた音が共演した。

「おはようございます」

「あれ?宗我さん。早いですね。…そっかぁ!今日は十八日か!」

 桃香が言った、この宗我はバー・ベイルートの雇われ店長である。年齢は四十代、身長百八十センチを優に超える筋肉質で一分刈に髭を蓄えた男である。

「宗我さん。お疲れ様です。この時間にお会いするのは初めてですね」

「そうですね、お疲れ様です。小林くん。勉強は捗っていますか?」

「はい。皆さんに協力してもらっているお陰で何とかやっています。ところで今日、十八日には何かあるのですか?」

「小林くんと十八日のこの時間に会うの、初めてでしたか?」

「そうですね。こちらに来てから約五カ月、いつもは大学に行っていますから」

 宗我は体に似合わずテキパキとした動きで用意をしながら小林と会話をしている。

「石田さん。閣下はもう行かれましたか?」

「ええ。さっき出ましたよ」

 宗我は冷蔵庫からステーキを出してフライパンで焼きだした。時折、時計を確認しながら焼き色を見て段取りしている。小林はカウンターを覗いた。

「宗我さん。そのお肉を食べるのですか?」

「いえいえ。これは閣下が召しあがるのですよ」

「確か、閣下とは先生のことですよね?どうしてそう呼ぶのですか?」

「あのお方は自分の恩人なのです。今度ゆっくりお話しましょう」

「はい。是非」

 忙しくしている宗我の邪魔にならないよう小林は桃香に尋ねた。

「今日は何かの日なのですか?」

「ええ。業平様にとって十八日は特別な日みたいなの。毎月、この日にはそこの河原でお肉とお酒を前に川を見つめているわ」

 小林は肉を焼き終えた宗我に言った。

「宗我さん。僕にも何かお手伝いさせてください」

「あ~、そうですか?それではワインクーラーに氷を入れて、冷蔵庫からワインを出してもらえますか?一本だけ箱に入っているワインがありますから、それを出してください」

「わかりました」

 用意を終えた宗我と小林は素早く店を出た。宗我は盆の上にステーキを乗せた皿を置き、小林はワインクーラーとグラスを持って河原に向かった。

「宗我さん。先生はさっきご飯を食べていましたよ」

「これは閣下にとって特別ですから」

 そう言って宗我は、皿の上に被せられた半円型のクロッシュを数回撫でた。宗我と小林は河原の石段を下りた。河原の中ほどで明智がアウトドア用テーブルの前に立ちタバコを吸っていた。

「いつも悪いな!軍曹」

「とんでもございません。今日は一段と寒いですね。風邪にお気を付け下さい」

 宗我は皿をテーブルの上に置いた。小林がワインクーラーの置き場所を宗我に目で確認すると、彼は頷きワインを取り出して明智に言った。

「閣下。マデイラの良質なものが手に入りました。どうぞ、お召し上がり下さい」

 宗我は手際よくワインオープナーでコルクを抜いた。明智はタバコの火を消し、グラスを傾け香りを楽しんだ後飲み干し、次に均等にカットされた柔らかい肉を口に運んだ。冬の冷たい風が吹き、小林の目の前に煙が漂ってきた。それはタバコのものではなく、テーブルの下に置かれた線香の束が独特な香りと共に放つものであった。明智は鴨川とその前にそびえる東山を眺め、物思いに耽った。宗我が明智の邪魔にならないよう無言で頭を下げ、その場を後にした。小林も同じくそうして、宗我の後についた。ふたりは石段を上がり河原を見下ろすと、明智が線香の束を咥えたタバコに近づけてい

るところであった。

「先生はどなたかをあの場所で亡くされたのでしょうか?」

「理由は分かりませんが毎月十八日にこうやって牛肉とワインであのようにされています。閣下にとってあそこは特別な場所なのでしょう。自分もあそこで閣下に出会いました」

 明智の一通りの儀式が終わると、宗我と小林は再び河原に降りて、後片付けを手伝った。

 同じ頃、中原兼男はある骨董店を訪ねていた。店の主人と話をしていると、携帯電話が鳴ったので店を出て確認した。それは妹、朋絵からのメールであった。

 中原兼男はすぐさま電話を掛けたが電源が切られていて通じない。もう一度メールを確認して暫く考えた。

 そして、中原兼男は名刺を見ながら電話を掛けた。

「…発信音の後にお名前とご用件をお願いします」

「もしもし、先程お伺いしました中原です。妹から連絡がありまして今晩、会う事になりました。妹はまだ京都に着いてないようで、午後九時に八坂神社で待ち合わせをしています。先生のご都合が宜しければ…ピー!」

 伝言を残したあと、中原兼男はどこかにメールを送り、携帯電話をポケットに仕舞い腕時計を見た。店内に戻った中原兼男は店主に尋ねた。

「八坂神社付近で静かに話せるお店をご存じないですか?食事もできる所であれば…」

「そうどすなぁ…祇園は近いどすけど、あそこは賑やかやさかい…先斗町のほうまで足延ばしはったらよろしいわ」

 そう言って店主は地図を取りに、店の奥に入って行った。

 それより約一時間前。比叡山延暦寺。そこは平安時代に最澄が開いた天台宗の本山である。京都の北東に位置し、鬼門の方角であることから後に平安京に遷都した桓武天皇により、都を守る寺院として手厚く保護された。時代が下って平安も末期を迎えた頃、平清盛ら武士が台頭し世も混乱を極めた。それらに対抗するため延暦寺でも僧たちが自衛のため自ら武器を手にして闘った。

 規模は次第に大きくなり、僧といえども武士に引けを取らない勢力になった。比叡山の東麓、琵琶湖西岸の道は北陸から都に入るのに最短であり、多くの武将が都を

目指し通った。その道と比叡山西麓に広がる都を見下ろす比叡山の重要性は広く知れ渡り、そこを押さえる事が都を治めるのに欠かせなくなった。

 数多の武将や朝廷までも延暦寺と手を結んで利用し、支配下に入れようとした。平家を追い出した木曾義仲。その後、鎌倉幕府を開いた源頼朝。室町時代の将軍、足利義教は初めて延暦寺を手中に収めようと企み、戦国時代に入って織田信長は僧諸共焼き払うという暴挙に出た。その後を継いだ豊臣秀吉は逆に信長の命を受けた折、延暦寺の者を逃がしたと伝えられている。

 後の徳川家康が江戸幕府を開いた時、江戸城の北東に当たる上野、寛永寺を京と比叡山を模して、東叡山と称した。中原朋絵は延暦寺参詣を終え、ケーブルカーで麓の坂本に着いた。比叡山を背にして、左に日吉大社がある。ここは比叡山焼き討ちの際、同じく被害を受けた所で、後に天下を取った秀吉が保護をした。

 眼下には琵琶湖が広がり、右方の湖岸に面して明智光秀が築城した坂本城跡がある。

 中原朋絵は延暦寺で買った絵はがきに旅の思い出を記入して、ポストに投函した。これは朋絵の旅先での習慣であり、歴史巡りの記録である。

「さぁ、どうしよう」

 中原朋絵はひとり日が暮れた琵琶湖を眺めながら呟いた。

「もう!返せよ!美咲」

「イヤだぁ!これ、美咲のだもん!」

 それは幼い兄妹で、同じケーブルカーで降りてきた。車内では仲良くお菓子を分け合っていたのに、今は妹が兄に取られまいと必死に逃げ回っている。しかしそれは意地悪ではなく、遊んでいるといったほうがいい。

 そんな光景を微笑ましく見ていた中原朋絵は、目の前の二人と自分たち兄妹を重ねていた。幼い頃よりわがままな自分を兄は優しく見守ってくれて、いつも庇ってくれた。

「お兄ちゃん…」

 朋絵は思わず手に持つ旅行カバンを見て呟いた。 

 そして徐に携帯電話を取り出した。

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